入り口の本屋さん
凰 百花
第1話 その本屋
会社から駅に向かう帰り道、ふと路地裏にある本屋が目に入った。
(こんなところに、本屋なんてあったっけか)
昨今は店じまいをする本屋を見かけることはあるが、新しい本屋だろうかと足を止めた。
なんとなくその本屋のある路地に入った。店構えは新しい本屋ではなさそうだが、ここに本屋があった記憶がない。
購入しようと思っていたビジネス書関係が2、3冊、頭を過ぎった。もともと駅ビルにある本屋で買っていこうかと思っていたのだが、もしかしたらこの新しく見つけた本屋にもあるかもしれない。
それならば少し覗いていこうかと店に入った。
明るい店内は、思ったほど狭くはなかった。
入口付近の正面には雑誌などの書棚が有り、右手には児童書コーナーと、料理の本や実用書の類のコーナーのようだ。
左手には小説などの書棚だろうか。新刊が平積みにされて、手書きのポップが彩りを添えている。
ポップ読むの、ちょっと好きなんだよな、なんて思いながら、奥の方にビジネス書関連の書棚が見えたので、奥の書棚の方へと足を向けた。
ビジネス書のコーナーまで行くと、その左手奥に一回り小さな部屋があるようだ。書棚が並んでいるのが見えるが、少し雰囲気が違う。
なぜかその部屋に惹かれて入ってみると
(ここは、古本のコーナーか?)
その書棚にあるのは、古い本ばかりだった。
小説、漫画、専門書、絵本、それぞれ簡単に分類はしてあるようだが、その一角だけ、古色蒼然としていた。
偶然だろうか、そこにある本はいずれも昔自分が持っていた本のような気がした。
親に捨てられた本、引っ越しのときに古本屋に売った本、人にあげた本、様々な出来事でもう手元には残っていない本達のような気がした。
その中に『きまぐれロボット』という絵本を見つけた。小学校の低学年の時だったろうか、ホームルームの時に担任の先生が絵本を読んでくれた。
読んでもらった中でとてもその話が気に入って、探して買った本だ。随分探し回って、買った時はすでに中学生になっていた。それでも気に入った本だったのだ。
そういえば、引っ越すときに手放してしまった。捨てる気はなかったのに、何処かに紛れ込んだのか無くなってしまった本だ。
(懐かしいな)
その本を手にして、ページを捲る。物語だけでなく、様々なことが思い出される。
(ああ、本当に、懐かしい)
子供の頃になりたかったもの、やりたかったこと、行きたかった場所、そうした懐かしい思いも湧き上がってくる。
この本を買って帰ろう、そして子供の頃に夢見たことを…。
その時、胸ポケットに入れたスマホが揺れた。
はっとして、本を置き、スマホを確認すると仕事に関するメールが届いていた。
(あれ、何してたんだろう)
そこから出ると、ビジネス書のコーナーに戻った。欲しいと思っていた本が運良くあったのでそれを手にして、購入した。
「あーあ、ざんねん」
本屋を出たときに後ろからそんな声がした。えっ、と思って本屋の方を振り向いてみるとそこに本屋はなかった。
手には確かに先程買った本が残っていた。
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