デビアン

 セントと出会って四日目の朝。セントがここを去ってもう四日目の朝。彼女は、王様と話してこようかな、なんて言い残してここを去ってしまった。引き止める言葉も権利も持たない私は、会えて、そして話せて良かったと伝えるに留まった。あんなにいい人を困らせたくなかったから。


 食事の席に添えられた手紙には、セントが姿を消してしまったことと、父が考えを改めたことが書かれていた。要約すると、理知的で才覚のあるものを夫として据えるべきという旨が記されていた。近く、他国からの参加も可能な大規模な学力テストなるものが行われるらしい。全ての分野に精通した天才と呼べるものこそ、私の夫に相応しい、と。

 父が考えを改めてくれたのは嬉しいけど、世継ぎを産ませたいという考えが根本から変わらなかったのは、きっと残念なことだと思う。


 ――よく考えたら、強さとは賢さかもしれない


 手紙の最後にはそんな一文が添えられていた。よく考えたらってなんだ、今までよく考えてなかったのか。いやよく考えてなかったよね、普通に考えて。




 それからしばらくして、私の部屋のドアは、再び私ではない誰かの手によって開かれることとなる。例のごとく、窓の外を眺めていた私は、闖入者の存在に驚き、同時にまともな人間であることを願った。魔女のような帽子を被っているので、顔は見えなかったけど、声を聞いた私は絶句した。


「はじめまして。あなたがお姫様? さすが、顔面のパーツの配置が黄金比に近いね」

「出会って2秒だけど既に出てって欲しい」


 セントは分かる。脳筋だし。

 この人なに? 帽子を取ってこちらをジッと見つめる目付きは、およそ人に向けるものではない。研究対象とか、そういうものを見る目に思える。あとこの子、どう見ても女の子なんだけど。帽子にしまわれていた青い髪が広がる。どこかキツい印象を受けるのは、切れ長な目だからだろうか。


「あぁ、私はデビアン。西の都の研究員なんだけど」


 ここで適切な回答は、私も自己紹介すること。分かってる。でもできそうにない。何故かというと、私達が出会うことに意味について、いの一番に問わなければならないからだ。


「……このテストって、何の為にあったか分かってます?」


 セントはね、百歩譲っていいの。まさか女の人がそんなに強いとは思わないだろうし、父も勘違いしちゃうかもって、自分に言い聞かせ終わったから。だけど、デビアンと名乗った彼女は、どこからどう見ても女性だ。帽子で顔がよく見えなかったとしても、逆に男性と間違う要素がどこにもない。

 動揺する私を見ても、デビアンは淡々としている。そして、これほど簡単な問い掛けはないという顔で述べた。


「もちろん、賢い世継ぎをフェドラに産ませたいんでしょ。知ってるよ」

「じゃあ、どうして……?」

「世界中の頭脳自慢が競うテストだよ? 私の知性を試したかったの。世継ぎのことなんてどうでもいいかな」

「出た出た人間性ゼロ頭脳全振りキャラ」


 最低すぎる。なんで世継ぎのことどうでもいいのにテストに参加してんの。父がどんなおふれを出したかは分からないけど、そっちがメインだって分かるでしょ。深いため息をつきながら、彼女を部屋に入れるか逡巡する。入っても用事ないし。すぐ出てってもらうことになるし。

 このまま帰ってもらおう、そう決めるのとほぼ同時に、彼女は私の目を見て言った。


「まさかと思うけど、子供のこと。諦めてる?」

「……は?」


 迷ったけど、結局デビアンを部屋に招いて私の正面に座らせた。だって子供のこと、どうにかできるみたいな口ぶりだったから。セントと違って、彼女はスコーンには目もくれずに語り出した。


「まぁ私の知性を持ってすれば、世継ぎを作ることくらいできるよ」

「えっ……?」


 その言葉を期待していたというのに、実際に告げられると思考が停止した。どういうことか分からない。子作りにおける性別の壁って知性で超えられるの? 知性最強では? 頭の中を埋め尽くすハテナに翻弄されながらも、私は一つの結論を導き出した。つまりはそういうことだと思う。


「それってまさか、薬を飲んでアレを生やして……?」

「姫がしたいならそれでもいいけど、そんなことするより赤ちゃん造った方が手っ取り早くない?」

「マッドにも程があるわ」


 期待した私が愚かだった。そうだった、この人、人間性捨ててるんだった。っていうかこの流れ、セントの時もあったけど、私がむっつりすけべみたいですごくイヤ。

 気まずい空気に押し殺されそうになっていると、デビアンは「まぁ子供のことはどうとでもなるわ」と言って、立ち上がった。私の部屋にある調度品に関心があるらしい。私のお気に入りのティーポッドを手に取ると、ブランド名をズバリ言い当てた。紅茶が趣味なら、マニアックなそのブランドを耳にしたことくらいはあるかもしれない。王室が贔屓にしているブランドとはまた別のもので、完全に私の趣味である。


「……紅茶とか、好きなの?」

「興味ないけど。一般常識でしょ、こんなの」


 一般常識であってたまるか。これが一般常識になるくらい広まっていたら、きっと私は美的センスがややおかしい姫扱いを受けずに済んだのに。

 それから彼女は、私の部屋の目につくものから話を広げて、色々な話をしてくれた。好きで部屋に置いている私よりも、デビアンの方が造詣が深いことばかりで、人間性を捨てて天才になるって伊達じゃないと思ったりもした。


「デビアンのこと、最初はクソ人間だと思ってたけど、話してたらすごく楽しいかも」

「王族にクソ人間って言われるって、逆に誉れだよ」


 彼女は言葉の通り、何故か嬉しそうにしている。私が淹れてあげた紅茶に口をつけて、「善し悪しがまるで分からない」と失礼な発言をすると、決心するように顔を窓の方に向けた。


「外見えるの、ここだけ?」

「うん。元は砦だったから、外の様子を見るための小窓がたくさんあったらしいけど。改装の時に潰されちゃったみたい」

「なるほど。セキュリティ面を考えると合理的な判断だね。でも、窓一個って、寂しくない?」

「……」


 どう答えるべきか分からなかった私は、デビアンの問いを持て余してしまった。自分でも表情が曇っているのが分かる。まだ何も答えてないのに、彼女は「なるほどね」と言って、紅茶を一気に飲み干した。そして立ち上がる。


「フェドラ。また来るよ」

「え、また来るの?」

「イヤそうな顔しないでよ」


 彼女がここに来て、まだ数時間だけど、私には分かる。デビアンは相手の喜ぶことよりも、自分のしたいことを優先する人だ。興味の赴くままに様々なものを見聞きして、すぐにそれを自分の知識として取り込んでしまう。だから、彼女がまた来ると言ったなら、また来るのだろう。私の嫌そうな顔なんて、きっと気にしない。


「じゃ。またね」

「えぇ」


 ドアまで見送ると、デビアンは名残惜しさを一切感じさせずに、部屋を出て行った。彼女に感傷のようなものは求めていない。いつか再会するときのことを考えて、私はすぐ側にあったティーポットを見つめていた。



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