元妖狐のオンライン占い

猫田パナ

第1話 少数派な人生


 私はいつでも肩を縮め、背中を丸めている。

 ひどい猫背なの?

 そうですよ。

 だけどそれは姿勢だけの問題ではない。そういう姿をしているということは、内面も常に縮こまっているということ。



「この度はご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした」


 大抵、電話の最後に私がそう言う頃には、お客様は笑って許してくださっている。

「いえいえ、親身になってご対応してくださったので、助かりましたよ。こちらこそありがとうございました」

 柔らかな声音を最後に電話が切れる。ふぅ、と息を吐く。


「八木橋(やぎはし)さん、また電話とってもらっちゃってすみません。でもクレーム対応がお上手なので、本当に助かりますー」


 若い女性社員が手を合わせ、感激した様子でそう声をかけてきた。


「いえいえ、全然……。私こういうの、慣れているので」


 私がそう答えると、同じフロアにいる男性社員たちが噂話を始める。


「ほんとに八木橋さんってクレーム対応うまいよなー。相手がどんなに激怒してても、最後には話を丸くおさめるんだから」

「謝り方に心がこもってるんだよな。俺だってあんな対応されたらなんでも許しちゃうよ」

「なんでもってなんだよ。お前本当になんでも許すんだろうなあ?」


 そんな話をしながらククク、と肩を震わせ笑っている。こういうふうに自分が話題の的になっているような状況は居心地が悪い。私に注目しないでほしい。


 だけど話題に出してもらえるだけ、ありがたいのかもしれない。存在感がない上に無視までされちゃったら私、余計に幽霊みたいになっちゃうし。


「八木橋さん真面目に勤務されてるし、正社員じゃないのもったいないですよね」


 女性社員にそう言われ、私はいつも通りの言葉を返す。


「ありがとうございます……。でも私、身体が弱いので長時間の勤務は無理ですから。このままパートでいるつもりです」

「だけど八木橋さん、正直パートで一人暮らしって大変じゃないんすか?」


 男性社員からそう突っ込まれ、いたたまれない気持ちになった私は言葉を濁しながら愛想笑いを返すと立ち上がり、お手洗いへと向かう。




 お手洗いの大きな鏡に映る自分の姿をボーっと眺める。

 青白い肌、やせた手足、陰気な表情。


 八木橋雪美(やぎはし・ゆきみ)三十七歳独身。昔勤めていた信用金庫は吸収合併でなくなり、その後いくつかの職場を転々として、今はこの衛生用品を取り扱う会社の事務所でパート勤務をしている。

 主な仕事内容は電話応対と備品の発注と、各種書類の作成。パートのお給料だけでは贅沢はできないけれど、元々倹約家だからつつましやかな生活自体は苦ではなく、過去の貯金もあってなんとか生活は成り立っている。だけど私みたいな生活、きっと世間では幸せな生活とは言わないんだろうなあとは思っている。


 子供の頃から身体は弱く、特に小学生の頃は入退院を繰り返していた。大人になってからは少し身体も丈夫になったと思っていたのだけれど、信用金庫を辞めた頃に精神を病んでしまい、それ以降は心身ともに体調を崩しやすくなってしまった。


「ああ、そういえば」


 ふと、思い出す。

 あの子が言っていたなあ。

 私のこと、ヤギみたいだって。


「雪美ちゃんって苗字もヤギだけど、色が白くて足が細いから、なんだか見た目も白ヤギみたいだね」


 私に負けないくらいに青白い顔で、いつも笑顔で、優しくて。

 よく熱を出して苦しそうに息をしていた。

「鞠子(まりこ)ちゃん、だったっけ」

 昔同じ病室に長いこと入院していた、同い年の女の子。

「なつかしいな」

 蛇口から出る冷たい水で手を流しながら、彼女を思い出す。


 鞠子ちゃんに白ヤギちゃんって呼ばれるの、嬉しかった。

 ちっちゃいけど明るい鞠子ちゃんはまるでアルプスの少女ハイジみたいだったし、私はそれにくっついて歩く白ヤギみたいでお似合いだった。




 私はどうして謝るのが上手なのか。

 きっとそれは、生まれてこのかた少数派な人生を送ってきたからだろう。


 子供の頃、私が体調を崩すのは日常茶飯事で、その度つらい思いをした。どうして私はこんな身体に生まれたのかと泣きながら神様にたずねてみる夜もあった。もちろん、神様はなにも答えてくれなかったけれど。

 学校を休むことも多く、その度近所の子がプリントを持ってきてくれたり、ノートのコピーを持ってきてくれたりした。学校行事に出られないことも多くて、私だけ普通の子とは違っているんだなと感じていた。学校へ登校しても、いつもなるべく目立たないよう縮こまっていた。

 思い返せば私は自分に自信を持てたことがほとんどない。


 どうして「普通」になれないのかな。

 そう悩んでいたころもあったけれど、年を重ねるごとに心は冷え固まっていった。

 私はいつでも「普通」になじめない。

 肩身の狭い思いをして、孤独に暮らしていくより他ない。そしてそんな自分に劣等感を抱いている。

 だからきっと、私のクレーム対応はうまくいくのだろう。

 いつもなにかに謝っている。

 ごめんなさい。「普通」じゃなくて、ごめんなさい。


 長年一人暮らししている自宅マンションに帰り、作り置きしておいたおかずをタッパーから少量取り出し、冷凍ごはんをレンジでチンする。


「いただきます」


 テレビをつける。とってもにぎやかで、耳障りで、すぐに消してしまった。

 今日の私とあのバラエティー番組とじゃ、周波数が合わない。

 周波数が合わない。この世界と私とじゃ周波数が合わない。

 周波数周波数周波数周波数……。

 胃が重たくて、ご飯もろくに食べられない。


「はぁ……。なんか今日はいつもに増して駄目だな」

 私は食事を中断し、スマホで様々な言葉を黙々と検索する。


【生き辛さ 軽減】

【楽しく生きる方法】

【幸せ 見つけ方】

【生きる ヒント】


 そしてこの【生きる ヒント】の検索結果に、ある占いサイトがひっかかったのだ。


「オンライン占いサロン?」


 サイトには様々な占い師の紹介がされており「今すぐアプリをダウンロード」と書かれた真っ赤なボタンがチカチカしながら光り輝いている。


「へえ、オンラインのビデオ通話で占いしてくれるんだ」


 ちょっと興味が湧いてきた。私の今後の人生、どう歩むべきなのか、占ってもらおうかしら。もう自分ではどうしようもないから、いっそ未来を占い師に託すのもいいかもしれない。

 だけどやっぱり料金がお高いなあ、と占い師ごとの料金表をじっと睨み付ける。

 やってはみたいけど、お金の余裕ないし。だけどちょっとお試ししてみたいかも。

 誰かお安い料金の先生がいれば……。と思いながら見ていくと、料金表の一番下に目が釘付けになった。


「一時間、三千円? 新井幸庵(あらい・こうあん)先生……」


 他の先生と比べると半額以下の安さだ。どうやら幸庵先生は占い師を始めたばかりの先生らしく、期間限定でお得な料金で占っていただけるようだ。


 先生からのメッセージ欄に「カウンセリングを重視しております」と書かれているのが好印象だし、なにより先生のお写真がとても素敵だ。ミステリアスな白い長髪に、切れ長の目、整ったお美しいお顔立ち。


「やってみようかな……」


 さっそく、アプリをダウンロードのボタンをタップする。


「こんなのを頼るとか、私大丈夫かな」


 そう独り言を漏らしつつも気分は高揚し、自然と口元がにやけてしまう。

 ああ、こういうわくわくする気持ち、久しぶりかも。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る