§012 バカ王子
僕、アーデルヴァルト・フォン・エディンビアラは、軍の会議室にいた。
相対するは、ウィズリーゼの後任として僕が引き抜いた国家軍師ゴルシ・フザゲル。
「いや~、ゴルシ殿は話が早くて助かる。ポンコツのウィズリーゼとは大違いだ」
「もったいなきお言葉ですよ、殿下。私は殿下の素晴らしき才覚に付き従っているだけにございます」
ゴルシは金で動く使い勝手のいい人物だ。
今回も作戦が成功した暁には立身出世を約束したら、ほいほいと私の忠臣となってくれた。
彼を迎え入れてからは僕の仕事も捗る捗る。
正直、何かと噛みついてくるウィズリーゼは目の上のたんこぶでしかなかった。
常に合理的で、正論を述べる彼女。
僕の意見にも物怖じすることなく反論してくるし、それでいて言ってることがもっともだから、僕のメンツは丸つぶれだ。
だから、僕は適当な理由をつけてウィズリーゼを国家軍師から罷免し、ついでに婚約まで破棄してやったのだ。
僕は機会を覗っていたのだ。
あの邪魔な女を排斥し、僕が軍を牛耳るこの時を。
僕は今回のサマルトリア戦で武勲を上げる。
それも完璧な形で。
なぜここまで自信を持てるかというと、僕がサマルトリア戦で講じる作戦は、元々はウィズリーゼが考えた作戦を僕が更に完璧な形に昇華させたものだからだ。
僕はウィズリーゼの知謀だけは認めている。
その作戦を継承できているのだから鬼に金棒だ。
まあ、あの作戦会議の場にいたウィズリーゼの息のかかったやつは全員クビにしたし、よもやこの作戦をウィズリーゼが考えたとは誰も思わないだろうがな。
そして、サマルトリア戦で完璧な勝利を収めれば、今まで僕のことを馬鹿にしていた奴らも認めざるを得ないはずだ。
僕こそが次期王位に相応しいということを。
そんなことを考えていると、ゴルシが僕に声をかけてきた。
「して、殿下。今回はどのような要件で私を呼ばれたのでしょうか? 現在、殿下の考案された圧倒的武力によりサマルトリア軍を蹂躙する作戦の準備を進めているところなのですが」
「ああ、貴殿にはまだ伝えてなかったな」
そう言って僕はニヤリと笑う。
「実は更にいい作戦を思い付いたので――今回のサマルトリア戦の作戦を大幅に変更することにしようと思う」
「はい?」
***
――とその頃、王城のとある一室では、別の作戦会議が行われていた。
『ということでウィズ~、今回のサマルトリア戦の整理をしてみようか! まず、ウィズはサマルトリアはどこから攻めてくると考えてる?』
「はい。私がサマルトリアの軍師でしたら、攻める場所は確実にここです」
私と向かい合うようにエディンビアラの地図に視線を落としていたウィズがある一点を指さす。
「要塞都市・『マリングラード』。エディンビアラ王国で最大の流域面積を誇るミシリッチ川、それが流れ込むアゼル―湾と、険しい岩肌を露出したレイムヤブルム山。川、海、山に囲まれ、さながら自然要塞の様相を成している地方都市です」
『ふぅ~ん、ウィズはなぜそこが狙われると思ったのかな?』
「マリングラードは、サマルトリアと隣接する地点にあり、ここを突破されればそのまま王国領への侵攻を許してしまう重要な軍事拠点の一つです。また、マリングラードは自然要塞に加えて強固な防壁で都市全体が覆われているのも特徴ですので、守る上では非常に堅牢といえますが、いざ、奪取された場合には、奪還が一筋縄ではいかなくなる諸刃の剣としての性質を持っています」
『そうだね。私でも確実にそこを攻める』
まあ、マリングラードが狙われる理由は概ねウィズの言うとおりなんだけど、それに加えて、後々ウォールナッツ帝国がエディンビアラを攻める際に、船を停泊することができる侵攻拠点にもできるんだよね。
『さてさて、サマルトリアがマリングラードを攻めるのを前提として、じゃあウィズは敵がどう攻めてくると思う?』
「はい。まず、貿易路を封鎖してマリングラードを孤立させます。いわゆる兵糧攻めというやつです。マリングラードの周辺には村や町がありませんので、兵力が全てマリングラードに集まることを前提に長期戦に持ち込みます」
『ウィズは本当に聡明だね。マリングラードに至る貿易路は一本だけ。そして、重要なのはマリングラードに物資を運ぶには王国で最大の流域面積を誇るミシリッチ川を横断しなければならないこと。もし、橋を落とされたり、川が増水したりすれば瞬く間にマリングラードは孤立するよね。そのタイミングでマリングラードに一斉攻撃されたら、さすがにマリングラードに駐屯している兵士だけではもたないだろうな』
「そのとおりです。サマルトリア軍は約五千、対するマリングラードの駐屯兵は約千ですので、駐屯兵だけでサマルトリア軍を相手にするのは不可能です。そこで私はエディンビアラ軍五千をマリングラードに送り、そのうち二千をミシリッチ川周辺の防衛に当たらせ、貿易路の断絶を防止する未然策を講じることによって、サマルトリアに侵攻の隙を与えない作戦を提示したのですが……」
『バカ王子にコスパが悪いと否定されてしまったと』
「はい。アーデル様は『戦争をしないために出兵させて何の意味がある』と……。そして、アーデル様は、エディンビアラ軍一万をマリングラードに駐屯させた後、サマルトリア軍に敢えて貿易路を絶たせ、袋の鼠にした上で、サマルトリア軍を蹂躙する作戦を提示されたのです」
『まあ、バカ王子の考えそうなことだよね。ウィズの作戦と比べると派手だし、圧倒的な武勲を上げて王位継承戦に名乗りを上げられるから。ウィズはこの点どう見る?』
「アーデル様の作戦は失敗します。確かに兵力、軍事力ともに我が国の方が上ですので、負けることまではないと言えますが辛勝でしょう。具体的には七千二百程度の兵を失うことになります」
へぇ~。ウィズはこの段階で損失兵数の計算までできるんだ。
さすがは数学的な面において圧倒的な才能を持つウィズ。
『どうしてうまくいかないと思うの? 兵法の基本として2倍の敵を相手にするには、2乗の強さが必要であると言われている。エディンビアラ軍一万、サマルトリア軍五千なら、エディンビアラ軍は圧勝しそうなものだけど』
「マリングラードでは出兵できる兵数が制限されるからです。マリングラードは堅牢な要塞都市です。高い防壁に囲われ、川、海、山に囲われていることから防御に特化した都市と言っても過言ではありません。でも、逆に言えば、マリングラードはこちらから攻めるには不向きなのです。門が狭く作られていることから、門から出る際には隊列を2列縦隊に変更せざるを得ません。兵の行軍スピードは秒速1.1メートルです。そして、武器を持つことから前後の間隔を2.2メートルと考えると、駐屯地から一万の部隊を出兵させるだけで、1時間23分の時間を要します。この点で既に数の利は消滅しているといえます」
そうか、そうか。そこまでわかった上であの作戦を。
ただ戦争をしたくないという理由ではなく、現実的な損失を計算し尽くした上での提案。
ここまでの理由をあのバカ王子に伝えられていれば或いは……という感じか。
「でも、サマルトリア戦は負けるんですよね? つまり、私の計算にズレが生じると……」
ウィズは神妙な面持ちで私を見つめる。
『うん。ウィズの計算は相手がサマルトリア単体だったらという前提があるからね。その前提が崩れている時点で、残念ながら、エディンビアラ軍は、全軍壊滅、バカ王子も死ぬ』
「や、やはりそれでしたら、無理をしてでも私の作戦に切り替えた方がよろしいのではないかと。私、もう一度、アーデル様に掛け合いますので……どうにかして……」
しかし、私はその発言に首を振る。
『バカ王子も愚かだけど、バカじゃないんだよね。さっきちょっとバカ王子の作戦室を覗いてきたんだけど、作戦はウィズが提案したものを踏まえたものに変更されてたよ。せっかくウィズが考えたのにそれをパクるとか本当に性格悪いよね。とりあえず一発殴っておいたから』
そう言って私は冗談交じりに笑いかけるが、ウィズの浮かない表情は変わらず。
「アーデル様がそのようなことを。クルミはそれでも尚、エディンビアラは負けるとおっしゃるのですか?」
私は一度瞑目するが、覚悟を決めて頷く。
「……負けるよ。だって相手はあのドミノなんだから。ウィズの作戦はね、良くも悪くも美しすぎるんだよ。真っ直ぐで正攻法。悪く言えば教科書どおり。サマルトリア軍はね、貿易路を絶つのを防がれることを見込んで、更に別の作戦も重畳的に展開してくる。そうなるとね、やっぱりエディンビアラ軍は全滅するんだ」
「……私の作戦で、エディンビアラ軍が全滅……。そんな……」
『ま、そのために私がいるんだけどね。大丈夫、そんな顔しないの。結果として、エディンビアラの兵はほとんど死なないようにするから』
私は頬をむぎゅっとやるように、ウィズの顔に手を添える。
『この作戦にはウィズの助けが必要なんだ。だから、ウィズは私をサポートして』
「私の助けですか?」
『うん。ウィズは前に氷魔法が使えるって言ってたよね? それを使って相手の度肝を抜いてやるつもり』
「氷魔法ですか? 前にも言いましたが、私のは生活魔法程度のもので、攻撃魔法としての用途はありませんよ?」
『それで十分。じゃあこれから私の考えるサマルトリア戦の作戦を話すからね。これから忙しくなるよ』
こうして私達の作戦会議は夜遅くまで続いたのだった。
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