§006 士官学校

『もぉ~こんなに早起きしてどこ行くの。まだ眠いよ~』


 私はまだ眠い目を擦りながら、ウィズの後ろをついていく。

 別に起きようとしたわけじゃないのに、私の身体は引きずられるようにウィズに帯同していた。

 昨日までは決してこんなことはなかったのだから、おそらく昨日の何かしらのタイミングから、私はウィズにしたのだと思う。


 ウィズと一緒にいられるのは願ったり叶ったりだけど、さすがに朝6時起床は元ゲーマーの私にはなかなか堪える。


「昨日も言いましたよ、クルミ様。今日は士官学校がある日だって」


『また『クルミ様』に戻ってる~! 昨日は最後に『クルミ』って呼んでくれたのに』


「士官学校の話は覚えてないのに、そういうところは目ざといのですね」


『士官学校の話なんかしたっけ?』


 そう言えば寝る前にそんな話を聞いた気がしなくもない。

 この身体でもしっかりと眠気はあるようで、うつらうつらしながら聞いていたから正直記憶が曖昧だ。


 そう思って、改めてウィズに視線を向けると、ウィズは紺色の制服に身を包んでいた。

 制服を着て登校しているところを見ると、『士官学校』とは、私が思い浮かべる学校とそう大差はないのだろう。


『でもよくこんな状況で学校に行こうと思うよね。私なんて前の日に嫌なことがあったら、次の日は確実に学校を休んでたよ』


 私は少し戯けて舌をペロリと出してみる。

 一方のウィズは呆れたような視線を私に送ってくる。


「学校があるのですから、行くのは当然でしょう。ちなみに私は学校を一度も休んだことはありませんよ」


『ウィズは本当に真面目だね~。士官学校ってどういうことするの?』


「士官学校は、文字通り、士官を養成する学校ですので、基本的に軍務に関することを学びます。私が通っている学校は、専攻ごとに学科が分かれていますので、軍官を目指すものは、主に剣術や馬術を、文官を目指すものは政治や軍略を学びます。私は『軍師学科』に所属していますので、基本的には、講義で兵法の基礎を学んだり、演習で戦争のシミュレーションをしたりしてますね」


『ふぇ~、めっちゃ難しそうなことしてるじゃん』


「何をおっしゃってるんですか。今日からはクルミ様も一緒に授業を受けるんですよ?」


『え? 私? いやいや無理無理。だって私、幽霊だよ。皆には見えないから授業なんか受けれないって』


「皆様からは見えないかもしれませんが、クルミ様が授業を聞くことはできるでしょう? 私を世界最強の軍師にしてくださるなら、この世界の軍略を学んでおいて損はありませんよ。それとも私だけ授業を受けて、クルミ様はその間ずっと寝ているつもりですか?」


『うぅ、ウィズって見かけによらず結構ズバズバ言うよね。おとなしそうなのに、芯が強いというかなんというか……私の繊細な心は、実は結構ダメージを負ってるよ』


「私は曲がったことが嫌いなのです。ね、クルミ様。授業受けましょう?」


『曲がりくねった私には痛い言葉だ。わかったよ。受けるよ。私は学校は嫌いだったけど、軍略を学ぶのは嫌いじゃないし、ウィズを世界最強の軍師に育て上げるなら、ウィズの言うとおり、この世界の軍略を学んでおいた方が有利だしね』


「決まりですね。ちなみに今日は終日、『兵棋演習』の授業なのですが、クルミ様は兵棋演習は御存知ですか?」


『うぅ~ん、実際にやったことはないけど、何となくはわかるよ。盤上を戦場に見立てて領土や駒を取り合う盤上遊戯でしょ? ウィズは確かその大会を3連覇してるんだっけ。それってめちゃくちゃすごいことなんでしょう?』


「えぇ。兵棋演習だけは私の誇りですので」


 その言葉は私が想像していたよりも重く、ウィズの兵棋演習にかける想いの強さが伝わってくる気がした。


『何か訳ありだったり?』


 その私の問いかけに一瞬逡巡したような表情を見せたウィズだったが、意を決したのか、言葉を選ぶように、ゆっくりと話し出す。


「実は兵棋演習を考案したのは私の母なのです」


『うへぇ~、ウィズの母君もすごい人だったんだ』


「母は数年前まで我が国の首席国家軍師をしていました。母は大変多忙な方で、私も会話という会話をした記憶はほとんどありません。そんな母との唯一のつながりが兵棋演習でした。母は、私を国家軍師の名門であるエーレンベルク公爵家の令嬢として恥じぬ人間に育てようと、週に一回、私と兵棋演習をしてくださいました。私は嬉しかった。兵棋演習を通して、母の考え方を知り、母の心を知れるのが、この上なく至高だった」


『…………今、ウィズの母君は?』


「3年前に亡くなりました。敗戦の責を取って処刑されました……」


『……処刑。ごめん、変なこと聞いちゃって』


「いいんです。母が亡くなったのは変えることのできない事実ですので。それに、母の意思は私が引き継ぎましたから」


『母君の意思?』


「ええ。詳しく語るには至りませんが、私は『兵棋演習』では決して負けるわけにはいかないのです。それが私のプライドであり、私の唯一の心の支えでもあるのですから」


 ウィズはそこまで私に話して大きく深呼吸すると、全てを切り替えるように小首を傾げて微笑んだ。


「とまあ、少し重い話をしてしまいましたが、簡単に言えば、私は兵棋演習ではということです。もしクルミ様が兵棋演習を御存知だったらそのときは手合わせをお願いしたいなと思っていましたが、それは叶わなそうですので、今日は私の対局をじっくりご覧になってください」


『そうだね。今の話だと、私がウィズに勝つのは厳しそうだし、今日はウィズの対局でしっかり勉強させてもらうよ。それで私もルールを覚えて、いつかウィズと一緒に兵棋演習をやってみたいな。ほら、私とウィズの知略を合わせて、対戦相手をボコボコにするの。一人よりも二人の方がいいアイデアも出ると思うし、きっと一緒にやった方が楽しいよ」


「……一緒に? 対戦相手ではなく?」


 その言葉に少しきょとんとした表情を見せるウィズ。


『あれ、私なんか変なこと言った?』


「い、いえ、兵棋演習は一人でやる競技なので、一緒にやるということを考えたことがなかったもので」


『ふふ。ウィズはやっぱり堅いな~。もう少し柔軟に考えてみよう。ウィズのお母様は『兵棋演習は一人でやるゲーム』ってルールを決めてた? 決めてないなら、それは私達の自由だよ。私のいた世界に『三人寄れば文殊の知恵』って諺があるんだ』


「……三人寄れば文殊の知恵?」


『凡人でも三人集まって相談すれば、すばらしい知恵が出るって意味だよ。まあ、私達は天才だから三人じゃなくて二人でもいけちゃうだろうけどね。ってことで、これからは何でも一人で抱え込もうとせずに、誰かに相談していこうね。ま、その相談相手の一番手が私だったら、私はすっごい嬉しいけどさ』


 そう言って私はウィズに笑いかける。

 そんな私を見たウィズも小さく微笑んだ。


「そうですね。前向きに考えてみようと思います」


『あ、そこは素直に頷くところだよ~』


「何事にも深謀遠慮です。短慮は身を滅ぼしますからね。軍師たるもの当然の考えです」


『言うね~ウィズ。それでこそ将来の最強軍師。こんな話してたら、なんだか私も士官学校が楽しみになっちゃった。早く行こう行こう』


 そう言って私は走り出し……いや空を飛び出す。


「あ、クルミ様。待ってください」


『ほら、追いついてごら~ん』


 こうしてウィズと一緒にいると心がぽかぽかする。

 少しずつだけどウィズと打ち解けられてきている証拠なのだろう。

 全てを失い、絶望と孤独を味わった私だけど、今は少しだけ明日に希望が持てそうな気がする。


 そして、私は願うのだ。

 こうしてウィズといつまでも共に歩んでいけることを。

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