§002 意識だけ転生

 気が付くと、私は見覚えのない街にいた。

 いや、見覚えはある場所だった。

 ただ、行ったことがないだけで。


 煉瓦造りの建物が立ち並ぶ街並み。

 吟遊詩人が謡い、親子連れが遊ぶ広大な公園。

 その最奥には街を飲み込むほどに大きく、荘厳華美な建物である王城。


 それらは見間違えることもない。

 私が睡眠時間を削ってやりこんだKCOの世界の街並みだったのだから。


『え、なにこれ。これってもしかして異世界に転生しちゃった感じ?』


 私は無駄に異世界やゲームに関する造詣が深かったこともあり、すぐに状況を把握できた。

 把握はできたが、さすがに動揺は隠しきれずに、まずは自身の身体に目を向ける。


 すると、自身の置かれている状況が、私の知る異世界転生とはことに気付いた。


 何を隠そう、制服姿の私の身体は半透明に透けており、乳白色に発光していたのだ。


『え、なんで私の身体透けちゃってるの?! まさかここは天国?』


 私はもうなりふり構っていられず、どうにか自身の置かれている状況を確かめようと、街ゆく人に声をかけてみる。


『すみません。ここってもしかしてKCOの世界ですか?』


「…………」


 しかし、どういうわけか、街ゆく人は私の問いかけに答えず、何事もなかったかのように悠然と通り過ぎていく。


『もう、なんなのかな~! こんなに見た目麗しい女子高生が話しかけてるのに! 普通シカトしちゃう?』


 と言いかけたところで、私の脳裏に最悪な予想が過る。


『……もしかして私の声、聞こえていない?』


 いやいやさすがにそんなことないよね!

 私は嫌な汗が額から流れるのを無視して、先ほどのおじさんに再度声をかける。


『おじさん! ちょっと待ってよ!』


 そして、今度は無理矢理にでもおじさんを制止させようと、腕首を掴もうとする。

 しかし、私の手はおじさんの腕をそのまま通り過ぎ、勢いのままに身体まるごとすり抜けてしまった。


『え、何これ。私、触ることもできないの?』


 私は辺りを見回し、ちょうど近くにあったお店の扉を開けようとする。

 しかし、想像どおりと言うべきか、私の手はドアノブをするりと透過してしまった。


 いや……確かに扉をすり抜けられるなら、ドアノブを回す必要はないけど……。

 でも……。


『これじゃまるで幽霊じゃん!』


 そこからは半ばヤケクソになって、人が通りかかる度にタックルをかますという作業を続けること数時間。


 これでやっと理解した。


 


 まず、私は物に一切触れることができなかった。不思議と地面などは透過することはないのだが、人はもちろん、置いてある物の全てを触ることも動かすこともできなかったのだ。


 次に、この世界の人には私が見えていない。当然、私の声も聞こえていないわけで、私がどんなに耳元で叫ぼうとも、顔の目の前であっかんべえをしようとも反応してくれる人はいなかった。


 最後に、どういう理由かわからないが、私は空を飛ぶことができた。

 飛ぶというよりは、浮遊するに近いのかもしれないけど、少し念じれば、私の身体は宙に浮き、思うがままに移動することができた。


 まあ、これらの検証結果を平易に言い換えれば、私は『幽霊』に近い存在として、この世界に転生してしまったようだ。


 この世界に私は干渉することができず、この世界も私に干渉することができない。

 幸いなことに、お腹がすいたり、尿意を催したりすることもないようだが、私は途方に暮れてしまった。


『……私、こんな知り合いもいない世界で、ずっと一人ぼっちで生きなければならないのかな』


 そう考えると、途端に涙が溢れてきた。


 私はどちらかといえば楽観的な性格だ。

 友達からは「明るい」、「元気な子」と評されることが多かったような気がする。


 でも、それは自分を認めてくれる人がいるから、自分を支えてくれる人がいるからゆえだ。


 一人で生きていけるほど、人間は強く作られていないのだ。


 ……神様はなんでこんなにも酷なことをするのだろう。

 ……私、結構頑張ってたよね? この年齢で世界最強軍師の称号を得たんだよ。

 ……これから、美少女軍師として芸能界デビューしちゃうのかなとか、KCOの仲間達とオフ会とかしてそこで出会いがあるのかなとか、第2回世界大会も連覇しちゃうのかなとか、やりたいことも、夢も、希望もたくさんあったのに。


 私は涙を拭うと、そのままバタンと河原に寝転んでみせる。


 ……神様は一体私に何をさせたくて、この世界に転生させたのかな。


 私には転生した世界がKCOの世界だってことが、とても偶然だとは思えなかった。

 神様は気まぐれとはよく言うけど、私がここにいるのは何かしらの意味があるはずなんだ。


 この数時間、いろいろと街を巡ってみてわかったことがある。


 私が今いる場所は、王国『エディンビアラ』。


 『エディンビアラ』は、私が所属していた『ウォールナッツ帝国』が世界大戦の頂上決戦で最後に戦ったライバル国家であり、私としのぎを削りあった宿命のライバル――天才軍師令嬢ウィズリーゼ・エーレンベルクが率いる国だ。


『……ウィズ。何度かチャットで話したことあるけど、本当に強い子だったなー。冷静で、頭もいいし、私みたいな奇策、絡め手のオンパレードみたいなタイプではなくて、正統派軍師って感じの子。それにすごい可愛いんだぁ。清流のような水色の髪で、お人形さんみたいに整った顔をして。今思えば、私なんかがよくあの子に勝てたよな~、自分で自分を褒めてあげたいぞ』


 そこまで考えた私は、に気づき、河原に寝転んでいた身体を勢いよく起こした。


『そうだ! ここがKCOの世界なら、この国にも本物のウィズがいるかもしれない! そうしたらもしかしたら私が元の世界に戻る手がかりを掴めるかもしれないし、仮に手がかりが無くても、どうせ誰も私のこと見えないんだったら、ウィズの近くで軍略を見せてもらってもいいよね! どうせ何もすることもないんだもん! 特等席でエディンビアラの行く末を見守るくらいしても罰は当たらないでしょ!』


 私はそう意気込むと、ウィズがいるであろう王城へと向かった。


『やっばい! 空飛ぶのって案外癖になるかもー!笑』




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