第10話 脱獄計画 その2
「貴様に来客だ」
「来客?」
看守が脇にのけ、折り目正しく敬礼する。「隊長殿、444番であります!」
「ご苦労さん。……よう、若人(わこうど)」
「カミラタ……!」
檻の前に立ったカミラタはひらひらと手を振った。
「隣の新顔はお昼寝か? 刑期の短い者は日中、真面目に労働するからな。良い事だ」
「……俺に何の用だ」
俺は警戒しながらカミラタの注意を引き付けた。ボアソナードの顔が見られれば、変装を見抜かれる恐れがある。カミラタは蒲団に包まったボアソナードの方を無言で注視していたが、やがてこちらに視線を戻した。
「まあ、そう睨むな。捜査のついでに寄っただけだ」
「俺を監獄にぶち込んだ張本人が、よくも顔を出せたな」
「恨んでいるのか?」
「……いや。俺はやるべきことをやり、あんたも職務を全うした、それだけだ」
「見込み通りの男だな」
カミラタは満足げに笑みを浮かべた。
「刑期の長い新人の様子は見に来るようにしていてな。何しろ自暴自棄になる者が多い。お前さんの悪い噂も耳にしていたが、どうやら腐ってはいないようだな。安心した」
「悪い噂って?」
俺は少し緊張して問うた。
「収監早々猿族の囚人から疎外されているとか、看守長と揉め事を起こしたとかな」
「ああ、そのことか」
俺は少しほっとする。脱獄計画に感づかれたわけでは無いようだ。
「看守長のことはすまなかったな。右眼の調子はどうだ?」
「そうだな……、痛みは引いたが、相変わらず右の視界がぼやけてる。お陰で耳が良くなった」
「看守長は俺の同期なんだが、昔から度を越えがちなんだ。あいつは戦争孤児でな、人との対等な関わり方が分からんのだ。暴力でしか繋がれんのだよ」
「傍迷惑な話だな。……檻の内側にいる方が、よっぽどお似合いだぜ」
「そういう奴はたくさんいる。ただ、あれは自民族の連中が面倒を見てきたからな。犯罪には手を染めなかった。あいつにもし帰属する集団がなかったらと思うと、ぞっとするよ」
「そういうものかね」
俺は難しい表情で答える。カミラタの表情はもっと険しい。組織を束ねる者として、悩める部分があるのだろう。
暮れなずんでいた空が陰り、獄内を黒く染め始めていた。
「にしても、こんな時間まで監獄にいるなんて、泊まり込みか?」
「鋭いな……」
カミラタは何かを思案するように宙を眺めると、やおら説明を繋げた。
「実は数日間監獄長と副長が席を外すことになっていてな、看守長が監獄長代理を務めると言うので、捜査のついで監査役として来たのだ。ブレーキ役は必要だからな」
「……! 長く滞在するのか」
「いたら困ることでもあるのか」
「いや……、あんたがいると静電気に悩まされそうだと思っただけさ」
軽口で誤魔化したが、内心は少し焦っていた。カミラタが付くことで警備シフトが変更される可能性があったし、何より彼の行動圏内で脱獄騒ぎを起こすのは、リスクが高すぎるのだ。
カミラタはこちらをじっと伺い、鷹揚に付け加えた。
「そう気を立てずとも安心しろ。4日後には帰る」
「そいつは安心だな。……山道を行くなら気を付けろよ。あの辺はこの季節毒虫が湧くって、看守たちが噂してたぜ」
「言われずともだ。……では忠告通り、街道か林道を行くとするかな。……」
それからカミラタは一瞬逡巡を見せて、世間話のような調子で切り出した。
「時にお前さん、帰る場所はあるのか」
「何?」
「調書を読んだぞ、流れ者なんだろう。さっきの話ではないが、帰属する先の無い人間は悪事に走りやすい。……引き留めてくれる存在が必要なんだ。監獄の仲間が家族になる者もいる」
「それは、随分と賑やかな家族だ」
俺は皮肉に笑った。確かに囚人の中で安定した地位を築いている集団もいる。
「まあ、今のはあくまでも一例だ。囚人たちに馴染めとは言わん。ここはとにかく荒くれ者が多いからな」
「嫌に遠回りするが、何が言いたい? 帰るも何も、俺はこの先30年は塀の中なんだぜ」
脱獄しなければ、だが。俺は腹の中でそう呟く。鉄格子の中は薄暗く、カミラタの輪郭を隠している。カミラタは看守に合図を出した。肯くような気配があって、廊下のランプに灯りがともされた。カミラタの顔に温かい陰影が出来る。
「ここからが本題なのだが……」
カミラタは静かに口火を切った。俺は固唾を呑んで次の言葉を待った。
「マシラ・ソソギ……、警備隊に入る気は無いか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます