第11話


 雅人が奈央の部活に入っていたその事実。


「と言うより、何部なんですか?」

 いつの間に部活の顧問になっていたのか。


「え? よろず部だよ?」

「よろず部って・・・・・・。――え?」


 職員室の段ボール。

 確か、軽音部の横にあった部活の名だ。


 もしかして、僕は入部届を隣の箱に投函してしまった――いやいや、そんなはずは無い。僕は間違いなく、軽音部に入れたはずだ。

 この手とこの目が、それをはっきりと覚えている。


 しかしながら、自身の確信と現実は相違している。

 次第に雅人は不安になった。


「倉石、お前もしかして間違って入部届出したのか?」

 唖然とした顔で裕也は雅人を見つめていた。

「うーん、僕は間違いなく入れたつもりなんですけどね」

「でも、お前の入部届は無かったぞ?」

「つまり――そう言うことですよね」

 結果、僕はよろず部に入部届を出したことになる。


「まあ、でも軽音部に移ることは可能だからな」

 雅人の右肩を叩き、裕也は機嫌が良さそうな顔で言った。


 奈央の親戚と聞いた途端、明らかに態度が変わった様に見える。

 もしかして、安達先生は奈央さんのことが――。

 奈央を見る裕也を見て、雅人は察した。


「あー、そうですね。それで奈央さん」

「ん? どうしたの?」

「どうやって退部出来ますか?」

 雅人は何食わぬ顔で言う。そりゃ、本心だもの。。

「ええええっ、せっかく入るのに退部するの? ねえ、どうして?」

 驚愕のあまり、奈央は雅人の周りをうろうろし始めた。


 見た目は包容力のある立派な大人の女性。

 時々見せる小学生の様な思考。

 正直、何を考えているかわからない。


「それは・・・・・・間違えたからですよ」

「間違えたの? 私の部活だから?」

「いやいや、そう言うことではないですよ。この高校に奈央さんがいることを思い出しましたのは、さっきですから」

「えー、ひどい・・・・・・。お姉ちゃん何も言わなかったの?」

「あー、確か言っていたと思いますよ。――僕が聞いていなかっただけで」

 母の事だからそう言った情報はしっかりと共有していたはずだ。


「むー。それならせめて、少ししてからにしてみない?」

「少ししてから・・・・・・とは?」

「少しよろず部を体験してみてからさ。辞めるのは」

 なだめる様に奈央は雅人の両腕を握り、そう告げる。

「良いも悪いも、それから決めるってことですか?」

「うん。そうして欲しい」

 奈央はそう言って元気な声で大きく頷く。


 大きく頷いた拍子に揺れる胸。

 僕と安達先生は釘付けだった。


 と言うより、母と奈央さんの胸は――明らかに違う。

 姉妹で偏るものなのか。雅人はふと不思議に思った。


「それじゃ・・・・・・そうしますね」

 押し負けた様に半歩下がり、雅人は小さく頷いた。


「良かったー。それじゃあ、明日部室を案内するねー」

 笑顔でそう言うと奈央はスキップをして、この場を去った。

 その方角からして保健室だろう。そこが彼女の仕事場なのだ。


「・・・・・・なあ、倉石」

 遠くなって行く奈央の背中を眺め、裕也は呆然とした顔で言う。

「どうしたんです、安達先生?」


「五十嵐・・・・・・、五十嵐先生には彼氏はいるのか?」

「んー、聞いたことないですね。仕事が大好きな人ですから」

 常に仕事、生徒のために全力を注ぐ。

 休日の学校行事にも進んで参加する様な人だ。


 言われてみると、奈央さんに男性の気配を感じたことは一度も無い。

 あんなに綺麗で可愛らしくて、優しい人なのに。

 そろそろ結婚とか考えたりするのかな。


 奈央さんが結婚して子供が出来たら、その子は僕の従兄弟になると言うことだ。

 雅人は奈央の将来を勝手に想像する。


「そうか、そうなのか・・・・・・。ありがとう、倉石」


 確認する様に小刻みに頷く裕也。

 見た目からは、想像出来ないほどの気弱な雰囲気をしていた。

 その様子だと、安達先生が奈央さんと結ばれる可能性は薄く見える。


 そして、裕也は軽音部の部室へと向かって行った。


「あ、僕は違うのか」

 ついていこうとする足を雅人は止める。


 結局、僕は軽音部に入部していない。

 と言うより、出来なかったが近いのか。


「よろず部かー」

 どんな部活なのか。奈央さんに聞き忘れた。

 それに奈央さんが顧問と言うことは、何かのために何かをする部活なのだろうか。不思議とそんな気がしていた。


「まあ、行けばわかるか」


 考えたって仕方ない。

 この先で考えることは明日、行ってから考えよう。

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