第1話


 北海道、私立清修高校。


「僕も高校生か・・・・・・」

 校門の前で倉石雅人は小さくため息をついた。


 ここでの生活は、清流か濁流か。

 荒波に揉まれていた様な小学校生活。

 中学校生活は、良くも悪くも何も無かった。


 ここでの生活は、僕自身の行動で変わるのだ。


 この高校には中学校の知り合いは誰一人いない。

 だから、この高校を選んだのだ。


 市電通りに面した学校。

 元々女子高だったらしく、屋外にはグランドが無かった。


「へえー、本当にグランドが無い・・・・・・」

 受験の時にも思ったはず。雅人は改めて思った。

 体育の時は体育館で授業をするのだろうか。

 まあ、冬場は寒いから屋内の方が良いに決まっている。


 ここは北国。気がつけば、雪が降る。

 未だ路肩には寝雪が残っていた。


「ふう――」

 校内へ入る前に深呼吸。これから僕の生活は始まるのだ。

 ゆっくりとした足取りで校内へ入り、地下にある靴箱へと向かって行く。

 廊下を歩いて行く中、雅人はふと気づいた。


「男子よりも女子の方が多いんだ・・・・・・」

 歩く生徒を見て、雅人は感心した顔で呟く。

 全体的に男子の人数より五割ほど女子の人数が多く見えた。

 この高校が元女子高だからなのだろうか。自然と納得した。


 二階の体育館。

 入口に置かれたホワイトボードに記載されたクラス表を眺める。


「僕は六組――か」

 クラス編成は普通科六クラス。

 特進クラスと国際クラスが一クラスの計八クラスだ。


 いつもよりも足取りは重い。

 雅人は階段を上がり、三階の一年のクラスへと向かった。


 階段を上がった先に六組があった。六組と書かれた教室。

 重い足取りで入り、黒板に掲示された座席表を確認する。

 雅人の出席番号は五番だった。


 座席の並びを見て、雅人は考える。

 十四人いる男子に対し、女子の人数は二十七人と言う約二倍の人数だった。

 やはり、女子の方が多い。


 すると、前の席の男子が突然振り向き、自然と目が合う。


「あ、ごめん」

 不思議と謝る。雅人は申し訳なさそうな顔で小さく頭を下げた。


 眼鏡を掛けインテリな雰囲気を漂わせるその姿。

 彼は頭が良さそうと言う印象を強く受ける。


 しかし、特進クラスでは無く、普通科にいる。

 と言うことは何かしらの事情があるのだろう。

 それかランクの高い公立に落ちてしまったか。


 ――まあ、経緯は人それぞれか。


「おっ、すまんな。――何て呼べばいい?」

 雅人の顔を見るなり、男子は少し戸惑った顔をする。


 男子はなぜ振り向いたのか。

 雅人は考えたが理由はわからなかった。


「倉石雅人だよ。僕は何て呼べばいい?」

 まあ、理由なんてどうでもいいか。

 そんなこと深く追及することでは無いだろう。


「北沢悠馬(きたざわゆうま)。悠馬って呼んでくれ、雅人」

 悠馬は笑顔とまでいかない笑みを返した。


 もしかして、悠馬は僕に声を掛けるために振り向いたのか。

 知り合いが誰一人いないこの空間で彼は勇気を出して、僕に声を掛けてくれた。

 無論、それは感謝に値することだろう。


「うん、わかった。よろしく、悠馬」

 笑顔で返す。きっと悠馬が声を掛けなければ、僕からは声は掛けなかっただろう。 

 今の僕は知らぬ誰かに声を掛けられる度胸は無かった。


 むしろ、他人と話すのが怖くなっている。

 きっと、期待されなくなってからだ。


「おうよ」

 悠馬は陽気な顔でそう言うと右手を軽く上げる。


 

 昼休み。教室。

「んー、少し緊張感があるな・・・・・・」

 悠馬は購買で買った菓子パンを咥えて、周囲を見渡す。


 二人で一階の購買に行くと行列が出来ていた。

 遅く出たせいか、買えたのが菓子パン一個とカフェオレ一パック。

 僕らはそれを仲良く分けた。


「緊張感?」

 紙パックのカフェオレを片手に雅人は首を傾げた。


 今日の昼ごはんはカフェオレのみ。

 購買戦争に負けた者の末路であった。


 次は菓子パンとカフェオレの1セットを目指したい。

 不思議と前向きな気持ちだった。


「何と言うか互いに様子を伺っている感じ?」

「あー、なるほどね」

 女子は互いに仲良く話している様に見える。

 だが、おそらく今日会ったばかりだろう。

 男子は各々近くの生徒と昼食を取っていた。


 中学時代は小学校の延長の様な感覚で知り合いが多かった。

 でも、高校は違う。もう、誰も僕を知らないのだ。


「まあ、そのうち皆、話す様にはなるだろうけどな」

「それも――そうだね」

 時間が解決する。そう言われればそうかもしれない。


「で、雅人は公立落ちたのか?」

 菓子パンをもぐもぐしながら、悠馬は何食わぬ顔で言った。


 この地域の高校受験は、通常公立と私立の併願で受験をする。


「あ、公立は受かったよ」

「――? なら、何でここに?」

「うーん、何となく。そう言う悠馬は?」

 合格した公立高校には知り合いが多かった。

 それ故、雅人は知り合いがいない私立であるこの高校を選んだのだ。


「あ、俺? 俺は――単願だよ」

「え、なんで?」


「それは・・・・・・単願しか無かったんだよ」

 自身を嘲笑う様に悠馬は引きつった顔をする。


 単願とは、併願では無く一つの高校のみ受験すると言うことだ。

 通常は志望校の不合格を想定して併願受験をする。雅人は不思議だった。


「そうなんだ・・・・・・」

 悠馬の言い方からして、不思議と深い何かがあるのだと雅人は察した。


「まあ、家が近いから良かったけどな」

「あ、そうなの?」

「ああ、歩いて二十分で着く」


「近い・・・・・・」

 僕なんて地下鉄からの市電だと言うのに。

 まあ、それは僕自身が決めたことだけど。


「だから、俺と同じ中学の生徒は何人かいるぞ」

「それは良いことじゃん」

 少なくとも知り合いがいることはプラスのはずだ。――本来は。

「まあ――な」

 遠い目をして悠馬は言う。

 不思議と僕らは同じことを思っていると思った。


 すると、廊下で上級生と思われる生徒が歩きながら、部活の紹介をしていた。

 聞く限り、その上級生はハンドボール部の様だ。


「部活かー」

 部活。悠馬は困った声を出す。


「部活・・・・・・。悠馬は入るの?」

「――入らん」

 険しい顔で眉間にしわを寄せた。

「即答だね」

 感心する様に雅人は驚いた。


「家に帰りたい」

 難しい顔で首をゆっくりと左右に振るう。


「純粋な意思」

 純粋さは大事。かつての僕にあったかもしれない感情。


「そりゃな。雅人は?」

「んー、どうしようかな・・・・・・」

 部活に入るか。実に悩ましいことだ。


 家に帰っても特に何もない。中学は帰宅部だった。

 せっかく、高校生になったのだから、何かを初めて見るのもいいかもしれない。


 ――やったことの無い何かを。


 スポーツとかじゃなくて、高校には珍しい部活とか。

 勿論、出来不出来は関係無く、やってみたいと思ったことをやってみたい。


 今の僕は何でも出来る訳じゃない。

 雅人は窓の外を見上げた。


「放課後に体育館で部活紹介やるらしいから、行ってみたらいいんじゃないか?」

 他人事の様に悠馬は言った。

「悠馬は行かないの?」

 その様子だと行かないとは思うけど。

「入らんからな。それに行くと――絡まれるから行かん」

 全身に鳥肌が立っている様な顔つきで悠馬は首を左右に振る。

「あー、なるほどね」

 どうしてか、体育会系の人に捕まる悠馬が想像出来た。

 きっと長身だから、バスケ部に勧誘されそう。


 今の僕には何が合うのか。

 今の自分は過去の自分と明らかに違う。


 今の雅人は、何者でも無かった。


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