第10.5話

「あなたは本当に変わらないのですね。」

 グラスとの通信を終えたルリィはそう呟いた。

聖天の構成メンバーが今よりも少なかった遥か昔、作戦の立案・統制指揮を担当する参謀本部、ひいてはそのトップに君臨し、的確な指示や判断が求められるルリィにとって戦線の情報や相手の動向は重要な判断材料であった。しかし初期の聖天メンバーは武に特化しており、諜報戦は苦手としていた。武力のみではいづれ大きな代償を支払わさせると考えていたルリィにとってインテリジェンス分野の発展は喫緊の課題であった。ただ現実は待ってくれない。諜報部隊の創設準備段階で他の生存圏との戦争が勃発。相手の出方や兵装運用に不明な点が多く、ASFは攻めきれないでいた。そんな中で当時聖天として部隊を率いて前線を受け持っていたグラスは自身の部隊を前線分析隊として投入することを提案した。当時のグラスは振動をメインとした敵前哨基地や拠点破壊を行っていたが、電波や音も振動の一部であり、それらを盗聴することも理論上は可能とのことからの提案であった。結果前線の生情報を入手し続けたことや作戦展開を把握できたASFは戦況を有利に進め、戦争に勝利することが出来た。

戦後グラスはそのノウハウを部下たちに伝え、諜報部隊創設に尽力。そしてグラス直属の部下で、現聖天第5特務 イミュ・ローレンを長とする諜報部隊が創設された。

 グラスは当時について「振り返ってみると自身にとって可能性を広げられた良い機会だったね。私が出来ること・出来ると信じたことを実行しただけで特段優れたことではないよ」と誇るでもなく述べていた。しかしルリィにとっては誇るに値する行為であった。立場上相手の情報は作戦立案を行う上で必須なファクターであり、犠牲を伴ってでも得なくてはならず、その屍役を任命しなくてはならなかった。そしてその役は聖天に任せることはできない。聖天は失うことが出来ない貴重な戦力であるため、犠牲が確実視される戦線への投入は当時としては不可能であった。そんな中でのグラスの立候補。作戦決定権№2 参謀ルリィであっても、同じ聖天ができると宣言したことを覆すことは容易ではない。恐らくグラスはルリィの心情に忖度したのだろう。そして自身の可能性を信じ、自分の命をレイズした。ルリィはそう推測した。

 そしてとある戦争でASFは辛勝しつつも敗北といっても致し方ない戦争を経験した。この戦争では聖天の多くが敗北、または戦闘不能に追い込まれた。天翼が敵将の首を取ったことで勝利できたものの、主戦力は悉く壊滅していた。件の勝利の敗北はASF全体の戦力向上を促す出来事となり、特に敗北の責任を強く感じていた聖天は武力一辺倒の組織体制からの転換が図られた。そして聖天各々が様々な形で戦力増強を実行していった。そんな中でグラスが取った行動は自身の能力に制限を設けるというものだった。グラスは自身に足りない点として細かな魔力操作や工夫を感じており、力任せな現状を打破するための措置であった。しかしデメリットも存在しており、死のリスクが大幅に高まる点であった。ASFでは魔力を媒介とした生命維持魔法が標準装備されており、自身の魔力によって怪我などを半自動的に回復することができる。しかし一兵卒よりも、制限が掛かっているグラスは魔力量も少なく、発動できる魔法も数や質が大幅に低下している。そのため本来であれば死なないような傷も魔力不足によって生命維持魔法が発動しないリスクが懸念された。何かあってからでは遅いと聖天内でも反対されたが、

「自分の命も掛けられないで、他人の命が守れますかってね」と一刀両断し、半ば強引に実行に移した。そして現在、いつでも制限が解除できる状態であったが案外しっくり来てしまっていたがために、本来のグラスを裏側にスタンバイさせるという保険をかけたうえで解除を先延ばしにし続けていた。そして制限グラスが死亡することで制限が外れた本来のグラスが久方ぶりに復活した。

 画面越しの姿とそんな報告を聞いたルリィは優しい笑みを零し、

「クラム。グラスに付けていた護衛の件。あちらはもう不要ですので解除の旨を伝えておいてくださいますか?」

と、秘書官のクラムへと伝えた。

クラムと呼ばれた人物は、「ひゃいっ!?」と素っ頓狂な声で返事を返した。何やら物思いに耽ってるかのような、心ここにあらずではあるが仕事はきちんとこなすタイプなので特に追及することなくルリィは職務を再開した。





             とある秘書官のメモ

(何なんですかあのお顔は!!普段はキリっとされてるルリィ様が聖母のような慈愛に満ちた笑顔!!しかもお相手はあのグラス様!!!以前より聖天内でも取り分け親しい間柄で、一部界隈で話題沸騰中のルリィグラカップリングが眼前で繰り広げられるとは!!??自分としては半信半疑でしたが、ルリィ様のあのお顔を見てしまうともう確定事項なのでは!!?? はい、今度の即売会で新刊出ます!! なんなら増刷フルカラーで映像付きも要検討。いや出します!! これは捗りますぞ!!!

      以下ネタバレ防止のため検閲処理が実行されました。


執筆者 クラム・モーディ

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