第9話
「シュッ」と微かな音と共に複数の弾丸がグラスに殺到した。ミルスクでは新機軸の兵士用携帯重火器として磁気火薬複合加速方式の火器開発が行われ、実戦配備が進んでいた。初速は初期試験で1513 m/sを超えており、稼働時間と充電時間に目を瞑れば携帯式火器に過剰火力をもたらしていた。掠めただけでも身体ごと抉られる威力を持った必殺の弾丸は先ほどのグラスと同じ死に様を見せた。はずだった。飛来した弾丸はグラスの目前、空中で不気味に震えながら静止していた。
「かつてキャタピラが用いられていた戦車で使用されていた砲弾で戦車を無力化するため装甲を打ち破るのではなく、装甲を蝕む形で貫通させることを目的に開発された戦車砲があったよね。」
「魔法の形態や体系は生存圏ごとによって違ってくるし、似てはいるけど性質が違う魔法は結構ある。でも特定条件下で発動させられる防御魔法はある程度性質が似てくるんだよね。」
グラスは銃弾に囲まれながらも表情一つ変えず淡々と説明した。
「奇襲や不意を突かれた際に咄嗟に発動する魔法は速度重視で術式などを介さず、自身の魔力を直接盾として展開することが一般的で、魔法に長けた者ほどその傾向が強いんだよね。」
チラッと開きっぱなしとなっている劇場入口に視線を流した。
「戦車砲に使われてた砲弾を狙撃銃サイズにしたことも驚きだけど、まさか兵士の突撃を囮とするとはね」
グラスは感心しながら先ほどの自身の死亡原因を語った。
「弾丸が魔力壁にぶつかると内部の別機構が作動して、魔法壁を中和?分解?する感じで爆風を貫通させることで標的を殺害するってのが直撃した私の考察かな。解析担当だけど技術的な部分はよくわかんないんだよね。ノインならわかると思うからお土産として届けようかな。」
同僚の訝しみつつも興味が惹かれた顔を想像してグラスは自身の置かれた状況とは対照的にニヤニヤした笑みを浮かべていた。
周囲の兵士たちの表情から、自身の考察が的中していたことは明白だった。
「魔力壁研究なんて研究されつくしてどこも見向きもしてないのに、その傲慢さをついてくるあたりかなり対魔法研究に熱心なようだね。」
「どこかの魔法組織と一戦交えるかのような研究だけど、どんな腹積もりかな。」
全てを凍てつかせるかのような声色は断罪者のそれであった。
「まぁ、さっきの射撃はこちらにも利するところがあったからそちらが有する兵器データとサンプルを提供込みで見逃してくれたらこちらも手間が省けるんだけど? 今の私に君たちの攻撃が無力なのは分かったはずだし。」
表情とは裏腹な強かさを見せつつ、グラスは最後の外交を行った。
「最後通牒だ。生命以上に大切なものがあるならそこを通していただこうか。」
グラスが歩みを進めたと同時に、愚鈍な指揮官は一斉射の号令を下した。
射撃音は発生しなかった。硝煙の匂いもなかった。
代わりに濡れそぼった音と鉄の匂いがが劇場を包んだ。
「対魔法研究を行う上で相手からの反撃を想定していなかったのかね。」
ビジャ、ビジャっと先ほどの自身の血でより赤く染まったカーペットを歩いていく。
「弾丸が発射される位置が同じなら、そこを魔法で細工される可能性が十分に考えられると思うけど。」
怯える観客たちを尻目に出口へと向かう。
出口に近づくだけ水音と匂いがきつくなっていく。
「あの無能からも感じたけど、前進主義が蔓延り過ぎだね。攻撃が最大の防御に固執して奇襲・先制・継続・幕無で攻勢をかければ防御を突破できるとでも?」
出口に立ち、恐らく聞いているであろうここにはいない者達へとグラスは言う。
「目的を設定して過程を計することは正しいけど、想定を根本的に誤ると、こと戦術戦略においては弊履でしかないんだよ。」
グラスは銃撃の振動を増幅させる魔法しか発動させていなかった。最新技術によって発砲音が極消音にまで抑えられていたがゼロとならない限り、グラスの魔法の有効射程となる。微かな音でも振動を増幅させることであらゆるものを破壊する振動に昇華させてしまう。これを用いて自爆と誤認するかのような衝撃を発生させていた。重火器を起点として発動した魔法は同時多発で起動したことで装備もろとも兵士を押しつぶし粉砕した。グラスは振り返ることなく敵兵が待ち構える出口へと進んでいった。残された観客たちはただ茫然としていることしかなかった。
たった一回の攻撃によって対魔法訓練と装備を持った兵士40人が圧殺させられた本事案はユーバン事件としてグラス・チェレスタの復帰戦とルド―戦争の前哨戦として後の魔法研究を大きく転換する出来事として歴史に記されることとなった。
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