第1話新作ギャルゲー

世の中にはアニメオタクが増えた。

万歳~万歳~オタクは市民権を得た。ふざけんな、にわかオタクどもがはしゃいでいるだけで俺らみたいな真の萌え豚オタクは陰キャだのキモイだの仲間外れにされているじゃないか。肩書としてのオタクも陰キャも鼻で笑ってしまうくらいにしょうもない。真に陰キャはネットの世界ですらホンモノだと揶揄される。俺みたいな。


「クソが」


俺はゲーム機を起動させて、購入したギャルゲーをプレイする。

ヒロインの金髪美少女がとんでもなく癖に刺さって衝動買いしてしまった。

タイトル画面に映るヒロインを食い入るように見てすでにぶひぶひと息がもれる。

スタートボタンを押すとゲーム画面が異常なほど眩い光を発した。


「なんだ!ウイルスか、バグか」


飲み込まれる。世界がゆがんでいく。バスの中できつい香水を嗅ぎ続けるほど気持ち悪い感覚に襲われる。光はゆっくりと収まっていきそれと同時に世界の色を移し変える。


「どこだここ」


俺はゲームをしていたはずだ。体には違和感があった。体が小さい、それに痩せてる。声も幼い。俺の知る中でこんな状況は一つしかない。

これは異世界転生か。だがしかし、俺は死んだわけではない。なぜ体まで全くの別物になっているのか……いや、あのみすぼらしい体の方が問題か。

体を見る感じ十歳くらいか。場所はよくわからないが野原だな。

服装は貧乏ではなさそうだ。貴族の類だろう。こんな時まずは自分の家探しだ。

人がいればいいんだがな。

野原ばかりだと思っていた場所の先には畑が広がり、ぼちぼちと民家も見える。


「何しに来たんだ。金髪の悪魔が」


少し遠くで罵声が聞こえてきた。子供の声だな。

一人は金髪、もう三人は金髪よりも一回りはでかい。俺もいまじゃ金髪と同じくらいの年だろうが。もう少し近づくと石を投げているのが見えた。おいおい、さすがにそれはよくない。クソガキどもを懲らしめるか。金髪と三人の間に割り込む。いくら俺でもこんなガキに怯えやしない。せいぜい中学生くらいからだ。


「おい、何してんだ」

「あ、誰だよお前。なんか文句あんのか」

「よく見て見ろ。そいつは金髪だぞ。悪魔の子供だ」

「だとして、三人で一人を追い詰めるのはガキ過ぎない」

「うっせー年下のくせに生意気だ」


一人が俺の顔面にストレートパンチを決め込む。

いてぇ、何すんだ。ぎろりと睨む。クッソ、ガキのくせに。

一人が殴ったことを皮切りにほかの二人も掴みかかってくる。

小学生レベルのパンチなんざ、俺をいじめていた運動部の蹴りと殴りを百万発は受けてきた俺からしたら余裕だ。殴り返すまでもないが舐められるのはよくない。こんな本来なら年下であるガキに腹が立ったとかでは断じてない。ただ、社会というものを教えないとな。一人のみぞおちに渾身の一撃を打つ。

ほかの二人にはそれぞれアッパーと金的蹴りをお見舞いしてやった。思っていた以上にこの体は身軽で動きやすい。

馬鹿目殴るなら渾身の一撃を急所じゃないと意味ないんだ若造。

よし、体的には年下だ。ボコされる前に逃げよう。


「行くよ」


金髪の手をとって走って逃げる。あてはない。知らない場所だし。とりあえず民家側に走って行く。さっきの連中も声は上げていたが追いかける余裕はないみたいだ。

全部加減しなかったからな。金的蹴りした奴に関しては声も出ないみたいだ。

姿が見えなくなって走るのをやめる。


「さっきはありがとう」


その声に思わず驚いた。

金髪に目がいって顔を見ていなかった。男じゃなくて女だ。それもあのギャルゲーのパッケージにいたヒロインに似ている。いや、あのヒロインの幼少期だろう。

オタクの脳内演算はすぐに一つの結論を出した。なるほど俺はゲームの世界に来たわけか。


「気にしなくていいよ。卑怯なやつが嫌いなだけだから」


金的蹴りしといて何を言うんだ。というのはなしにしてくれ。

よし、かっこつけよう。彼女はヒロインだ。さっきより二割増しで優しい声を出した。


「優しいね、私金髪なのに」

「なんで、綺麗な髪じゃん」

「そんなこと言われたの初めて」

「そういえば悪魔の子なんて言われてたけど、どういうこと」

「え、知らないの」

「実は記憶喪失で自分の名前もわからないんだ」

「大変!大丈夫……なわけないよね、私の家においでよ。お返しできるかも」


今度は俺が手を引っ張られる形になった。記憶喪失って言ったけど、だいたいあってるからいいか。

家に着くまでに悪魔の話を聞いた。昔、とある町に金髪の少年がいた。金髪で生まれたものは記録上存在したことがなかった。両親も町の人々も彼はきっと特別なんだともてはやした。それを裏付けるかのように彼は魔法の才能に恵まれていたし、努力もして、磨き上げ最強の魔法士となった。彼は竜を殺し、敵国を迎撃し、英雄になった。

しかし、彼は突如国を裏切り殺戮のかぎりを尽くした。その光景をまじかに見たものは彼が狂気に満ちた顔をして、笑っていたという。その表情があまりにも恐ろしく悪魔と呼ばれるようになった。最後の最後には国ごと消滅させた。人の体をした悪魔。だから金髪は彼女にとってコンプレックスになっているというわけか。


「それだけで君まで言われるなんておかしいね」

「おかしい?」

「だって、君は何もしてないじゃないか」


俺だって太っていただけで、ブサイクなだけでいじめられてきた。

だから、共感してしまったのかもしれない。

何もしてないのに理不尽な目に合うのは間違ってる。


「ねぇ友達になってよ」


これがヒロインの笑顔。とんでもねぇ破壊力だ。

断れるわけない。断るっていうやつがいるなら殴り倒してやる。


「もちろん、よろしく。名前教えてよ」

「そうだった。名前言ってなかったね。私の名前はエマ・フォカロル」

「僕の名前は……わからないや」


自分の素性は早く知りたい。ともかくエマの家に行かせてもらおう。

民家を超えて、さらに活気づいた街が見える。その中にひときわ大きな家がある。

貴族の家かな。


「ここ、私の家」

「エマ、もしかして貴族か何か」

「うん、公爵家の娘だよ」


ため口使っちゃダメな相手じゃねーか。ゲームをプレイしてないせいで情報が何もない。貴族の敬語ってどんな感じだ。わからん。このさい敬意が伝えわれば問題ないだろう・


「そうだったのですね。失礼な態度をとってしまい申し訳ございませんでした」

「もーやめてよ、友達でしょ。敬語禁止」

「いやでも、下手したら打ち首に」

「大丈夫お父様には私から説明するから」


つまり、説明されなきゃ俺は打ち首だったってことだよな。聞いといてよかった。いきなりゲームオーバーになるとこだった。


「お父様、ただいま帰りました」

「おかえりエマ……その子は」

「危ないところを助けてもらったの」

「そうか、そうか、ありがとうバン・ルシウスくん」

「お父様彼のことご存じなのですね」

「彼は伯爵ルシウス家の御子息だからね」

「そうだったんだ。でもね、お父様実は彼記憶がないみたいなの」


バン・ルシウスそれが俺の名前か。それに身分もそれなりに高そうだ。否か貴族位かと思っていたが。


「それは本当かい」

「はい、何も覚えてないのです」

「それは大変だ。すぐに連絡しよう」


メイドさんがお茶とお菓子を用意してくれた。そういえば喉が渇いた。ありがたく飲ませてもらおう。おいしい。というかこれ麦茶じゃないか。世界観どうなってんだ。

こういうところもやっぱゲームの世界なのか。

というか子供の体のせいかなんだか眠たい。ソファーに倒れ掛かって瞼が閉じた。


「寝たか。さすがに子供は効き目が早い」

「お父様?」

「エマを伯爵家の御子息に見られるのは問題だ。彼には悪いが死んでもらう」


現実と夢のはざまで聞いた言葉は震え上がらせるものだったが、異常な睡魔にはかなわなかった。




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