第34話 魅惑の踊り子

 セプテントリオ帝国街道。


 エルトリア帝国、帝都ロムティアを起点に東西南北に延びる幹線道路の一つである。


 北部の国境線近くまで延びる大街道であり、帝国の動脈、北部ダルキア属州にとっては、まさしく生命線である。


 だが、セプテントリオ帝国街道は、機能不全を起こしていた。


 北部国境線での異民族との戦いが激化。ダルキア属州の貴族たちはその対応に追われ、ダルキア属州は荒廃。多くの民が盗賊に身を落とした。治安を維持するべき貴族たちが、国境線に張り付いているので、盗賊はやりたい放題。


 幹線道路であるセプテントリオ帝国街道ですら、盗賊に脅かされるようになってしまった。自然、商人たちは、元々うまみの少ないダルキア属州との交易を停止。状況は加速度的に悪化していく。


 そんなセプテントリオ帝国街道周辺でジョルジュは、盗賊をやっていた。


 元は貧乏な農民の出身だった。彼の家は兄弟が多く食うに困ると最初に末っ子のジョルジュがはじき出された。家もない畑もない。盗賊になる他に道はなかった。


 だが、後悔はしていない。むしろ運が良かったと思っている。どうやら盗賊の才能に恵まれていたらしく瞬く間に盗賊団でのし上がれたし、部下もいる。


 商人や村から財宝も女もたっぷりと奪い取ってきた。人殺しも悪くない。特に農民の家や畑を焼くと自分を追いだした村を焼いているようで気分がいい。胸がすくような思いだ。


 農民として真面目に働いて、やせた畑を耕しても、ご領主様にほとんど持っていかれて、生きていくのでやっとだろう。よほど盗賊家業の方がましである。


 だが、最近は、縄張りにしていたセプテントリオ帝国街道にもめっきり商人が通らなくなり、実入りが減っていた。


 そのせいで親分も不機嫌で、盗賊仲間たちもささいなことで喧嘩をするようになっていた。


 アジトを移して狩場を変えるということで大忙しだったが、今日は久しぶりの宴だ。


 しかも親分が、どこからか踊り子を連れて来たのである。


(こんな盗賊のアジトに踊り子?)


 ジョルジュは、怪しんだ。


 帝国の踊り子と言えば、大きな町の劇場で踊るような連中だ。それがわざわざダルキアのしかも盗賊のアジトに来るだろうか。盗賊など信用できない。いくら金を積まれてもきっと嫌がるだろうし、ましてや、そんな金はないはずだ。


 もしかすると何か裏があるのではないだろうか。


 親分自ら連れて来たんだし、誰も疑っている様子はない。


 それでもジョルジュは、剣を手元から離さず、警戒していた。


 だが、盗賊の頭領が、うつろな目をしていることには気づいていなかった。


 しゃらんと鈴の音が聞こえる。


 ふり返り、踊り子たちを一目見た瞬間、疑念は吹き飛んだ。


「はあ……」


 思わず息をのんだ。


 美しい。


 五人の踊り子。


 みな、東方風の衣装を着ている。


 上半身は、美しい宝飾品で彩られたブラだけで、しなやかな体の曲線が露になっている。腕や腰には薄手のヴェールが巻き付けられ、長い美脚が透き通ったハーレム・パンツのベール越しに見えている。手首、首元、足首も極彩色の装飾品で飾り立てられている。


 まるで女神であった。


 この苦しく先の見えない暗黒の世界を照らし出すほどの輝き。


 美しい顔、艶やかな髪、見るものを魅了する完璧な肢体。


 これまで見たどんなものより美しい。その神々しさたるや、もはや情欲を感じすらしない。より高次元の感情が隙間なく満たされていく。子供の頃に満天の星空と極彩色の極光を見た時の感動に似ている。


 ジョルジュの人生でたいしたものなど見たことはないが、これ以上美しい光景を生涯見ることはないだろう。


(俺は、夢か幻でも見ているのだろうか)


 ジョルジュは、言葉を失う。


 この世のものとは思えない美しさに釘付けにされて思考が回らない。


 踊り子が体を軽やかに動かすと鈴の音が鳴った。


「は~い、みんな、今夜、私、帝国一の踊り子、ルピアちゃんがダンスで盛り上げちゃうよ。お兄さんたち、盗賊なんでしょ。きゃーこわい! ダンスで盛り上げるから襲わないでね」


 ルピアと名乗った真ん中の踊り子が両手を振り、鈴の音が鳴った。


 女神のような風貌とは打って変わって、軽い口調で盗賊を馬鹿にしたようなことを言うが、盗賊たちは熱狂している。


 ルピアは、特に美しく派手だ。


 ピンクに赤や緑のメッシュが入った奇抜な色の豊かな髪をポニーテールにまとめ、黄金の瞳はきらきらと星のように輝いている。


 今すぐその豊満な体を自分のものにしたいという衝動に誰もが駆られるほどに魅惑的だが、何者も寄せ付けない荘厳さがある。


「さ、うちの最高のダンス。一瞬でも目を話したらダメだよ」


 ルピアがウィンクすると踊り子たちは一斉にポーズを取り、踊りが始まる。


 たき火しかない粗末なステージ上を優雅に舞う。優れた身体能力から生み出されるステップやターンは力強く柔軟で美しい。その手には黄金の輪を器用に空中に飛ばしながら踊る。


 体を一度止めるたびにシャンと鈴の音が鳴る。


 次第に歓声もやみ、盗賊たちは、ルピアたち踊り子の魅惑的で神秘的なダンスに飲み込まれていく。


「さあ、最後の仕上げ」


 鈴の音とともに踊り子たちの踊りが終わる。


 盗賊たちは、夢うつつで、もうほとんど意識がない。


(体が動かない)


 ジョルジュは、遠のく意識の中で、踊り子たちを見ていた。


「あちゃ、まだ意識があんの。すごいね~。うちたちもまだまだ練習が足りないなー」


 ルピアは、ジョルジュの顔の前で手を振って意識があるか確認する。


「はっ、申し訳ありません。ルピア様」


 四人の踊り子たちがルピアに向かって跪く。


「ちょ、やめてよ。みんな、まだ生まれたばっかなんだしさ。しようがないって。それにうちら姉妹でしょ。そんなかたっ苦しい話し方やめてよね」


 ルピアの奔放な物言いに四人の踊り子たちは戸惑う。


「ルピア様、私たちは、第二世代のマギアマキナ。第一世代であるルピア様を敬うのは当然です」


 青色の髪をしたマギアマキナが言う。


 ルピアに従うマギアマキナはいずれも派手で、髪は色とりどり。一色ではなくメッシュやインナーカラー、グラデーションと派手だ。


「クレイアは固いな~。ねえ、カリスタ、ルクレツィア、ニカ」


 他のマギアマキナも初仕事に緊張気味だ。


「うちの同期は、もっと全員うるさいくらい個性的だったけど。そんなんじゃパパに構ってもらえないかもよ~」


「う、父上には、ルピア姉さまがいます。私など」


「ごめん、ごめん、言い過ぎた。言い過ぎた。クレイアだってパパの愛情たっぷりで作られたんだもん。すっごくかわいいって。真面目なのもクレイアの個性だもんね」


 ルピアは、涙目のクレイアを抱きしめる。


 クレイア、カリスタ、ルクレツィア、ニカ。


 つい先日バテルに生み出されたばかりの新米マギアマキナだ。


 マギアマキナ軍団拡張の第一歩として、最初のマギアマキナであるルピアたちにそれぞれ四人ずつほどつけられた。


 ルピアは、シンセンの手ほどきを受け、幻舞術エロスギアと呼ばれる東方の踊り子が使っていたとされる幻術を独自に進化させて使っている。その効果を最大限引き出すために配されたマギアマキナたちもみな、女性型だ。


 ルピアを第一世代とすれば、彼女たちは第二世代。量産しやすいように改良が加えられている。


 量産と言っても画一的な見た目をしているわけではない。最終工程を偶然性や混沌に任せるやり方は変わっておらず、みな容姿や背格好、性格、適正は多種多様である。


「今日はみんな頑張ったじゃん。うちも実戦は初めてみたいなもんだけど、みんなは、ほんとのほんとに初めてだもんね。幻舞術エロスギアもいい感じだし。うちらいいチームになれそうじゃない?」


「「はい!」」


 マギアマキナたちが元気よく返事する。


「おっけー、さあ、みんなディエルナまでレッツゴー」


 ルピアを先頭に虚ろな目をした盗賊たちが、列を成してディエルナに向かって歩き始めた。

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