マグナ・アルケミア~辺境貴族の三男坊、万能錬金術で最強のゴーレム軍団を作り上げる~

文屋 源太郎

第1章 錬金術修行編

第1話 辺境貴族の異端児

 クラディウス家の屋敷の奥には、暗い部屋がある。


 部屋には窓がなく、壁には四方の壁は本棚になっていて、本がびっしりと並んでいる。出入口は、小さな扉だけ。昼までも一筋の光も通さない。淡い魔導灯の光だけが、静かに揺らめいている。


 バテル・クラディウス少年が、その部屋を訪ねるのは、決まって部屋の主が起きている夜だ。


 部屋の主は、部屋の中央にある大きなベッド、その天幕の奥にいる。


「バテルお兄さま。人形劇が見たい」


 部屋の主、ベッドに横たわった少女、ディアナが、せがんでくる。


 ディアナは、バテルの妹だ。銀髪に紅眼、透き通るような白い肌。人形のように愛らしく、美しい少女だ。しかし、ひとり遠い異国からやってきたかのように家族の誰とも似ていない。ただ、その顔立ちに亡き母親の面影がある。病気がちで日光に弱く、外に出ることはできず、この暗い部屋でずっと過ごしている。めったに人前に姿を見せないこととその美しく神秘的な容姿から宵闇の姫君と言われている。


 今日も、体調が優れないようで、一日中ベッドに横たわったままだ。


(こんな部屋にずっといたら、治るものも治らないだろうに)


 バテルは、いつもそう思っているが、父は決して、ディアナを部屋から出そうとしない。


 一度、部屋から連れ出そうとして、大目玉を食らったことがある。


「バテルお兄さま、早く」


 ディアナが急かす。この暗闇で過ごす彼女にとって、バテルの人形劇は、最高の娯楽だ。


「わかった、わかった。そうだな。今日は建国帝ロムルス・レクスの話にしよう」


 バテルは、枕元まで小さなテーブルを持ってきて、錬成陣を展開する。帝国で一般的に普及している魔術マギアは魔術陣を使って、術を制御するが、それと似たようなものだ。


 錬成陣の上に粘土を置いて、錬金術アルケミアを使う。


「錬成」


 魔力を練成陣に注ぎ込むと粘土は、形を変えて、人型の人形になる。


「わあ、可愛いお人形さん」


 錬金術アルケミアで作る土くれの人形のことをゴーレムと呼ぶ。


 ゴーレムは、ただの人形ではなく、魔力を込めれば、飛んだり跳ねたり踊ったりと細かな操作が可能だ。


 元来、ゴーレムは、錬金術師アルケミストたちが、研究の手伝いをさせるために作った物だ。バテルは、それを人形劇に使った。


 テーブルが舞台で、人形ゴーレムたちが俳優。小さな劇場の完成だ。


 バテルは、ゴーレムを巧みに操り、帝国の昔話を面白おかしくアレンジした劇をディアナに披露する。


「はあー面白かった。バテルお兄さま、続き、続き!」


「よーし、第二幕は、ついに魔王ゾシモスとロムルス・レクスの決戦だ」


 再び、錬成陣を描き直す。


「バテル様」


「うおっ」


「きゃあ」


 バテルは、暗がりから突然現れたメイドに驚いて思わず声をあげる。向こうも驚いたようで悲鳴をあげる。


「ふふ、バテルお兄さま、おかしい」


 バテルの驚きぶりにディアナは、くすくすと笑っている。


「な、なんだ。イオか。驚かせるなよ」


「そんなに驚かないでください。こっちがびっくりしました」


 イオは胸をなでおろす。

 

 彼女は、クラディウス家に仕えるメイドだ。

 ダルキアに多く居住している牛獣人の一族であり、頭の立派な角と黒い獣耳、白いしっぽがその証拠である。黒に白のメッシュが入ったボブカットの可愛らしい少女だ。


 バテルとイオは、種族は、人間と牛獣人、身分は、貴族とメイドとかけ離れた存在だが、幼馴染で共に育ったから仲がいい。種族や身分の差にとやかく言わないところが、田舎のダルキアらしい。帝国中央部ではこうはいかないだろう。


「またディアナ様の部屋に隠れていたんですね」


 腰に手を当て、仁王立ちしたイオは、ふくれっ面だ。


「サ、サボっていたわけじゃないぞ。錬金術アルケミアの研究は、ディアナの部屋が一番落ち着いてできるというだけで」


「また錬金術アルケミアですか。怪しい術は、使うなと、お屋形様に叱られたばかりではありませんか」


 錬金術アルケミアは、異端だ。


 この世界に住む人々は、魔力回路という身体機能を持ち、魔力と呼ばれるエネルギーを使って、様々な術を使う。エルトリア帝国貴族の間では、古くから伝わる魔術マギアが支配的だ。一方、錬金術アルケミアは使い手に乏しくペテン師の術と言われ、ひどい扱いを受けている。


「イオは、錬金術アルケミアの可能性とロマンが全然わかっていないんだ。なあ、ディアナ」


「うん。バテルお兄さまの人形劇は、とっても面白いよ」


「まったく、旅芸人にでもなる気ですか。ゆくゆくはバテル様もダルキアの騎士になるのですから、そんなものにうつつを抜かしていないで、もっと魔術マギアや剣術の鍛錬をしてください」


 クラディウス家は、武門の家だ。当主である父や二人の兄は、戦場にいることの方が多い。三男坊であっても戦場に行かなければならないことは自明である。


「レウス兄上とラウル兄上がいれば十分だろう。魔術マギアも剣術も下手くそな俺なんか足手まといさ。イオだって戦場で死にたくないだろう」


「私は、バテル様と共に武功をたてるつもりです」


 イオは、目を輝かせ、こぶしを握る。戦場に強い憧れがあるようだ。


「まだ子供のくせに、ちょっと勇ましすぎるな。戦争なんて、やるもんじゃない」


「そんな……。バテル様は、たまにクラディウス家の人間らしからぬことを言います。それにバテル様だってまだ子供でしょう」


「あはは、そうだったな」


 イオの不満げ顔を見てバテルは思う。


(子供か。確かに見た目はそうだが、俺は、転生者だからな。つい子供であることを忘れてしまう)


 この少年、クラディウス家三男坊、バテルは、転生者だった。


 前世で自分が何者であったか、ぼんやりしていて覚えていない。ただ物心つく前から意識をはっきりと持ち、転生者であることを自覚していたし、頭の中に浮かぶ前世の知識が何よりの証拠であった。


「ベルトラさんも一日中探していましたよ」


 ずいぶんとかわいそうだったとイオは、指南役の老人を憐れむ。


 バテルは、すぐにどこかに目をくらませて自分の好きなようにやっているから、なかなか捕まらない。


「それは、ちょっと悪いことをしたな。明日、いや、明後日にでも授業を受けてやるか」


「もう! すぐ受けてあげてください!」


 イオはバテルの不良ぶりにあきれる。


「イオ、バテルお兄さまを叱らないで、私がせがんだの」


「ディアナ様……」


 でかしたぞ。ディアナ。とバテルは、安堵する。


 さしものイオもディアナの潤んだ瞳に上目遣いされれば、何も言えないだろう。


「その手には乗りませんよ。さあ、バテル様」


「ああ、そんな、助けておくれ、ディアナ」


「およよ、ごめんなさい、可愛そうなバテルお兄さま、私が不甲斐ないばっかりに」


 バテルとディアナは、手を取り合う。


「お二人とも、下手な演技はやめてください」


「ちぇ、これでもディアナには結構うまいって言われているぞ。な」


「ふふ、私も名女優だったでしょ」


「ああ、ディアナなら帝国一の名女優にだってなれる」


 バテルは、妹の頭をなでてやる。


 クラディウス家四兄妹の中でも、バテルとディアナは、特に仲がいい。ディアナは、病弱な自分の面倒をよく見てくれる兄、バテルが好きだし、バテルも錬金術アルケミアの唯一の理解者である妹は、つい甘やかしてしまう。


「けほけほ」


 ディアナが、せき込む。


「大丈夫か」


「うん、ちょっとお話し過ぎたみたい」


「イオ、少し魔導灯の光を弱めてくれ」


 ディアナは、光に弱い。そのために太陽の出ている昼間は、外に出られず、夜に活動している。最近では、月や魔導灯の光にあてられるだけでも疲れてしまうらしい。


「は、はい」


 イオは、慌てて魔導灯に手を当て、小さな魔術陣を展開し、魔導灯の光を弱めようとする。


「あっ」


 しかし、小さな魔術陣を維持できず、壊れてしまう。


「ごめんなさい。すぐに」


「いや、いいんだ。イオ」


 バテルが、魔術陣を展開し、遠隔で魔導灯の光を弱めた。


「こんな簡単な魔術マギアも使えず、申し訳ありません」


「誰にでも苦手なことはあるさ」


「はい」


 イオは、裾をぎゅっと強く握る。


 魔道具を制御するだけの初歩的で簡単な魔術マギア程度、この世界の住人ならだれでも練習せずに使えるほど簡単なものだ。魔術マギアが不得意なバテルすら苦も無く使える。


 だが、イオには、それができない。魔術マギアどころか魔力をまともに扱うことすらできないのである。


(ディアナもイオも俺がなんとかするしかない)


 武門のクラディウス家に、異端者のバテルも陰でしか生きられないディアナも魔力の使えないイオも居場所はない。戦場では、弱き者は淘汰され、強き者だけが生きることを許される。


(俺が転生者であることに意味があるとすれば、それは、二人を助けるためだ。前世の知識が活かせる錬金術アルケミアが必ず役に立つはずだ)


 バテルにとって、ディアナもイオも救うことが、錬金術アルケミアを学ぶ最大の理由だ。二人は、大事な家族だ。絶対に見捨てたりはしない。

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