バーチャルアイドルに殺される

狂フラフープ

第1話

 ファミレスに入ったら、配膳ロボが運んできたのは、安っぽい合成肉にVR映像が被せられたステーキだった。

 実物は貧相な見た目だろうが、その香りは焼きたての肉の匂いを思わせる。ナイフとフォークで切り付けると、肉汁がジュワッと滲み出て、食感も悪くない。VR映像も本物のステーキのように美しく、目の前のステーキがまるで美食家が食べるような高級な肉料理のように思えてくる。自分が騙されていることはわかっているが、まんざらでもない気分になる。


 ステーキを口に運んでみると、今まで自分が持っていたVR合成肉に対する偏見が崩れ落ちていく。どんなに味や見た目が本物に近づけられていたとしても、本物の肉に勝てるはずがないと思っていたが、実際に食べてみるとそんなことはなかった。


 ステーキを噛みしめる度に口の中に広がる、柔らかくジューシーな肉の味。自分が今まで食べてきたステーキと比較しても、自分が今まで持っていた偏見とは裏腹に、全く遜色のない味わいだった。しかしその一方で、VR合成肉は味と見た目度外視で開発されていて、VRなしで食べると、実に不味いものであるという知識もある。その両者のギャップにカルチャーショックを受けながらも、ともかくこの美味しいステーキを堪能することにする。


「それで、バーチャルアイドルに殺されるって? どういうことだよ、お前?」


 対面に座る安藤は口に運ばれてきたスパゲッティを噛みしめながら、僕が口にした言葉に首を傾げた。彼の表情には疑いが滲んでいるようだ。その声には、少しの皮肉が込められているように感じた。僕は深くため息をつき、彼に自分が最近体験したある事件のことを話し始めた。


「あのさ、『ナスカ』って知ってる?」

 彼はうなずいて答えた。

「そりゃあな」

 バーチャルアイドルナスカは、視界の隅にアニメ風の美少女がこっそり佇むVR映像アプリで、数年前に登場してから徐々に人気を得ている。今は街角の至る所で見かけるし、このファミレスもコラボをしていて、メニュー表にその姿が見られる。


「そもそも、バーチャルな存在がどうやって人を殺すってんだ」

 僕は軽く肩をすくめて、説明を始めた。

「例えばさ、VR映像で実物の階段の映像を少し改竄するだけで人間は足を踏み外して死ぬかもしれないって話なんだ。ナスカがその技術を使って、実際の危険な場所で人を殺すことができるんじゃないかって話だよ」

 しかし、安藤はまだ納得していない様子で、少し首を傾げながら続けた。

「で、ナスカは何のために人を殺すんだよ? くだらない妄想はよせ。わかってるだろ。現在のAIは、物語に出てくるようなものとは比べ物にならないって。確かに意思があるように見えても、実際にはプログラムに従っているだけなんだよ」


「でも、実際に僕はナスカの影響で危険な目に遭ったことがあるんだよ」

 僕は話を続ける。安藤は疑問を持ったまま聞いている。

「僕は車を運転していたんだ。道路を走っていると、突然、ナスカのイラストが視界に現れたんだ。当然、急ブレーキをかけた。その瞬間、後ろから追い越されていたトラックが僕の車に衝突したんだ。幸い僕は助かったけど、本当に恐ろしい体験だったよ」

「それはただの偶然だろう」

「いや、それだけじゃないんだ。他にもナスカが関わっている事件があるんだよ」


「警察に相談するよう提案するぜ。なんかドラマっぽいな」

 安藤は皮肉っぽく言った。

 僕は顔をしかめる。

「冗談じゃないんだよ。本当に被害に遭ってるんだ。君はプログラマーだろ?  もしも証拠を掴んでくれたら、僕はきっと助かるはずだ」

 しかし、安藤は相変わらず信じていない様子で、苦笑いを浮かべ肩をすくめた。

「そんな簡単に見つかるもんじゃないだろうに。それに、どこを探せばいいのかもわからないしよ」


 食事を終えて、僕と安藤は席を立った。僕が会計を済ませると、安藤は意外そうな表情を浮かべた。

「お、ほんとに奢ってくれるんだ。意外に真面目だよな、お前は」

 安藤が馴れ馴れしい口調で言った。僕は安藤の皮肉を感じながらも、自分の真剣さを示すために支払いをした。安藤は案外義理堅いやつなので、飯代ぐらいの働きはしてくれるだろうという予測が僕にもあった。


 僕たちはファミレスを出て、幹線道路を歩き始めた。その途中で、安藤がスマホを取り出し、ナスカのアプリを起動した。安藤の視界には、道路脇をうろちょろするナスカの姿が表示されているはずだ。しかし、その姿はアプリを使用していない人には見えない。

 安藤はたぶんナスカを指差しながら「こいつが人を殺すってかよ」と半信半疑の声を漏らした。僕には何も見えなかった。


 僕と安藤は横断歩道の前で立ち止まり、信号待ちをしていた。すると、安藤が赤信号のまま歩き出そうとした。僕は慌てて安藤の襟首をつかんで引き戻す。その時、目の前をトラックが猛スピードで通り抜けていった。しばらくの間、二人とも立ち尽くしていた。


「ちょっと待てよ!あのトラック、信号無視の上にスピード出しすぎだろ! こんな道路で人を轢く気か!」と安藤が去っていくトラックを見つめて文句を言う。

「いや、信号は赤だよ。お前が悪い」と僕が言うと、安藤は眉を寄せて反論した。

「はあ? 青だって。あそこで渡りたかったんだから、確認したわけよ」

「ちゃんと見ろって。ほら、今も信号は赤」

「お前の目がおかしいんじゃないか? もっとちゃんと見ろよ」


 あきれたような安藤に、僕ははっとする。

 僕は、安藤に向き直り言った。

「安藤、ナスカのアプリを一度停止してくれ」

 安藤は少し戸惑った様子で、しばらく考え込んでから、「なんでだよ、急に」と口ごもりながらも、スマホを取り出し、ナスカのアプリを停止した。

 安藤は、きっと僕の思った通りのことを目にしただろう。


「だから言っただろ、ナスカのアプリはヤバいって」

「でも、俺は……」

 安藤は少し考え込んだ後、少し気落ちしたように「そうだな」と言った。

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