恋憫
terurun
恋憫
人を愛する事が、怖かった。
ずっと昔から。
愛するという事は、いつかは別れが来るという事。
僕は、別れた時に辛い思いをする事が嫌だった。
それなら初めから出会わなければ良いと思ったのだ。
あれは、僕が十六歳の頃。
忘れもしないさ。
三年間付き合っていた彼女が、交通事故で死んだ。
横断歩道を渡っていた時、少し大きめな乗用車に横から撥ねられたらしい。
その乗用車はヘッドライトを消していて、剰え時速百キロ程度で走行していた。
彼女が即死するのも無理は無い。
因みにその乗用車を運転していた運転手は、泥酔していたそうだ。
車のハンドルには運転しながら吐き出した吐瀉物でベトベトになり、彼女を撥ねる前にも8人撥ねていたので、その男は死刑となった。
男はそんな記憶は無いと無罪を主張したらしいが、実際に7人も死んでいる上、ドライブレコーダーにも映っていたので、そんな主張が通る筈も無く、男は呆気なく死んだ。
僕は、その動画データを貰った。
そして今、それを見ている。
彼女が轢かれている瞬間が、目の前のパソコンに映し出されている。
彼女がこっちを振り向き、眉間に皺を寄せようとしたところで車が彼女の胸部に当たり、ゆっくりと胸骨が砕けていくのがわかった。
そしてそれと同時に腹部も内臓が潰れへしゃけ、そのまま彼女は吹き飛んで行く。
体の穴という穴から血が垂れ流れ、運悪くその吹き飛んだ先に電柱があった。
そこに頭を強打。
頭蓋骨が割れ、あの綺麗だった顔も、歪んでいた。
眼球は少し飛び出ていて、顔も横からプレスされた様に細長い。
あの綺麗だった歯も砕け、鼻はひん曲がっていて頭も指を埋めた油粘土の様に凹んでいる。
着ていた白い服も真紅に染まり、もう彼女が生きていない事を悟らせていた。
僕は再生ソフトのシークバーをもう一度初めに戻し、その映像を見た。
嗚呼、興奮する。
僕は思うのだ。
人の最も輝く瞬間って、死に行く瞬間なのでは無いか。
ああ、ああああ あぁ ああああ!! ぁ あ! あああ! あ! ぁぁぁあ!
これが喜びだ!
これが高揚するという事だ!
楽しい!!
今僕は最高に楽しい!
思わず笑い声が漏れた!
あぁ!
嬉しいぞ!!
あ! あぁ あ ぁぁ ああ ぁあ! あ ぁ! あ あ ぁ! あぁぁ ああぁ ぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!あぁ!
なぁ、聞いているか?
お前もそう思うだろう。
僕の隣には、いつも人形があった。
少し大きめの人形だ。
僕の愛用している抱き枕。
少し硬めだが、これを抱いているととても幸せな気持ちになる。
元は可愛い顔をしていたんだが、どうにも今はそうでは無い。
確か、十年前にさっきの動画データを盗んだ時に一緒に盗んできたんだ。
警察が死亡人数に数える前に盗んだから、未だ死んでいない事になっているかもしれない。
頭蓋骨が割れていて、眼球は少し飛び出ていて、顔も横からプレスされた様に細長くて、歯もバキバキに砕けて、鼻はひん曲がっていて、頭も指を埋めた油粘土の様に凹んでいる人形。
大事な大事な人形。
人を愛する事が、怖かった。
ずっと昔から。
愛するという事は、いつかは別れが来るという事。
でも、別れが来てもこうしてまた出逢うことが出来る。
もう人を愛す事はない。
僕はただひたすらに、彼女を愛するだけだよ。
恋憫 terurun @-terurun-
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