不運が続く俺の元に座敷わらしが嫁候補として居座っているのだが

藤原 柚月

春にはいつも……

 俺は、春が嫌いだ。


 というよりも春そのものが嫌いな訳じゃない。春の季節が不運になりやすいのだ。


 他の季節でも不運に見舞われる時もあるのだが……春は本当についてない季節だと言える。


 何故ならば、去年の春には愛用していた自転車のブレーキが壊れたり、その前の年の春には二年以上住んでいたアパート(ペット可)が火事になった。その火事で愛猫を亡くし、住む家を無くしたり……。


 実家に帰るにも、かなり遠いから転職しなくてはいけなくなる。


 結局、すぐに住めるアパートを探せば、ちょっとボロめで古いが家賃が安めなのもあり、現在、そこに住んでいる。


 その不運が全て春の出来事なのは、俺がよっぽど春に嫌われている証拠なのかもしれない。


 偶然だと笑われるかもしれないが、春頃に不運が続く理由を強引にでも探して納得したいんだ。


 ………そうしないと、やっていけないから。


 そして、今年の春もきっと不運な出来事が起こる。


 そう思っていたんだ、昨日の俺は……。



 ***



 いつものように目覚ましをセットしたはずなのに今日は何故か鳴らない。


 外からは小鳥の楽しそうな声が聞こえてくるので夜は明けたのかもしれない。


 と、朝が苦手な俺は目を閉じながら思っていた。


「おはようございます。旦那様」


 幼い声が俺の耳元で聞こえる。


 ああ、そうか。

 これは夢なのかもしれない。昨日見たドラマの幼女役の子があまりにも良い演技していて思わず魅入ってしまったから。


 きっと幼女役の子を見過ぎてしまい、こんな夢を見てしまったんだ。


 誤解されないように言わせてもらうと俺はロリコンではない。


 俺は一人暮らしで彼女や妻は居ないし、ルームシェアしてくれるような仲の良い友達はいない。


 家族は実家に居る。なので、幼女の声が聞こえるのは不可思議なことだ。


 ああ、早く夢から覚めたい。


 そう思って重たい瞼を開くと視界には橙色の着物を着ている幼女が不安げに俺をじっと見ていた。


 目が合うとパァっと周りに花を咲かせるような笑顔を見せ、再度挨拶をした。


「おはようございます。旦那様」

「……え」


 一瞬、思考が停止した。

 見覚えのない少女が目の前にいる。しかも今居る場所は俺の部屋だ。


 家具のデザインや位置もテーブルも全部見覚えがある。ただ一人のを除いては。


「あの、どうしました?」


 俺は目を擦ってその少女をまじまじ見た後、自分の頬をつねってみる。


 痛い……って、え???


「だ、だぁぁぁあれれれれ!!!?」


 これが夢ならどんなに良かったことか。痛みを感じて、これが現実なのだと嫌でも理解した。


 気が付けば叫ぶように声を上げていた。


 その声はアパート全体に響き渡る。


 今暮らしているアパートはとても古く、壁も薄い。


 外から玄関のドアを叩いて心配する声が聞こえる。


「透和くん、大丈夫!? 何があったの??」


 俺の叫びに心配した大家さんが駆けつけたのだろう。


 適当に言い訳をつけて大家さんを安心させる言葉をかけた。


 だってこの状況をどう説明する?


 男が一人で暮らしている部屋に幼い少女がいる。そんな状況を見られでもしたら、どんな噂が立つのかわかったものじゃない。


 ましてや大家さんは噂好きで口が軽い。


 絶対に見られる訳にはいかない。


「あっ、えっと……大丈夫です。少し寝ぼけてて、ご心配お掛けしました」

「そう、なら良いんだけど」


 なんとか大家さんを誤魔化して、納得したのか大家さんは立ち去る。

 どんどんと遠のく足音を聞きながら俺はほっとした。


「……で、お嬢ちゃんはなんで俺の部屋にいるのかな?」


 俺の叫び声に驚いたのか、寝室とリビングの出入口で顔を覗き込むようにして俺の様子を伺っている。


 肩が小刻みに震えていて、涙目だった。


 見たところ、5歳・6歳といったところか。


 さて、どうしたものか。


「……さっきは大声を上げて、悪かった」


 ベッドの上で胡座をかいて気恥しさを隠すように頭を搔く。


 俺、橘 透和は幼い少女が苦手だ。


 どう接していいのか分からない。


「あ……あの」


 少女はおだおだしながらもその場に座り込み、手を床につけて頭を下げる。コツンっと額が床に当たる音が聞こえたが少女はそのまま話し続けた。


「私、里桜と申します。本日は……私を貴方様のペッ……じゃなくて、嫁候補として参りました!!」

「……? 寝起きで良く聞こえなかったんだけど、もう一度言ってもらってもいい?」


 最初から最後までちゃんと聞こえていたのだが、寝起きなのもあって聞き間違いをしてしまったようだ。


 “嫁候補”?? そんな馬鹿な話あるわけ……。その前に何かを言いかけて言い直したような。気のせいか?


「私、里桜と申します。本日は……貴方様の嫁候補として参りました」


 聞き間違いじゃなかったぁぁぁ。


「えぇっと、俺はキミに何かしたとかは無いよな?」


 昨日の夜は、宅呑みしていたのだが、いつの間にか眠ってたんだよな。いつベッドに入ったのかが全く覚えていない。


 酒を呑みすぎた訳では無いよな。

 缶ビール一本分だ。

 酔うにしてはまだまだアルコールが足りない。なのに、覚えてないということはよっぽど疲れていたのかもしれない。


 少女は頬を紅く染め、照れ始めた。


「そ、それは……聞いてしまうのですか??」


 その時、俺は急いで支度して自首しようとした。


 記憶にないけど、これは絶対に何かある!!!


 今年の春は……罪を犯してしまったということか。


 25歳にもなってなにやってんの、俺。


「えっと……警察署の番号は」


 テーブルに置いてあったであろうスマホを取ろうと手を伸ばしたが、あるモノが気になってしまい動きを止めた。


「あっ、朝ごはんを作ったのです! 私料理は初めてだったのですが、上手く作れたんです」

「いや、ご飯って……これ食べれるのか」


 ご飯と言われているモノは、黒よりの茶色で丸かったがとてもみずみずしかった。


 おはぎにしては……違う気もする。なんなんだろうと思ってまじまじと見ていると、里桜が目を輝かせてテーブルに置いてあったご飯(?)を差し出した。


「どうぞ!」


 どうぞって……、この料理はどこか懐かしいが絶対に食べてはいけないと直感がそう言っている。


 だが、食べないと後々面倒くさそうなことになりそうだ。早く警察署に連絡して、自首もしないといけない。なによりもこの少女の親が捜索願を出しているだろう。


 ……会社もクビになる覚悟を決めないとな。


「……い、いただきます」


 ベッドから降りると里桜からお皿を受け取り、テーブルに置く。


 座布団に座り、胡座をかく。


 テーブルの上に置かれている黒っぽいステンレス製の箸置きの箸を取り、一口食べる。


 ジャリジャリしていて、砂っぽい。食べれば食べるほどなんの料理か分からなくなる。


 俺が食べてるのを見た里桜が満面の笑みでとんでもないことを言ってきた。


「美味しいですか?? 朝早くから近くの公園の砂場で作って来たんです!」


 俺はその言葉を聞いた時に思いっきりむせてしまった。


 というか、見た目で気付けよ。俺……。

 懐かしいと思ったら俺が小さい頃によく作って遊んでたやつだった。


「ゴホッゴホッ。み、水」

「大変です! こちらを」


 そう言って、持ってきたコップの中は濁っている液体だった。俺は、普通にジュースかと思ってなんの疑いをせずに飲んでしまった。


 気付くべきだったんだ。公園の砂場で作った……要するに泥団子を食べられるだろうと思っている少女の出した飲み物だ。


 それが……水の中に泥を入れてあることを。


「うわっ!! ゴホッゴホッ」

「あれ? お気に召しませんでしたか?」


 ……恐るべし、発想力。


 ***


 まだ口の中がジャリジャリする。


 里桜は自分の失態に気付いて落ち込んでいる。


 今日は仕事じゃなくて良かった。仕事だったら完全に遅刻だ。


 朝起きてからもう既に4時間は経過していた。


 その間、俺は衝撃なことを聞かされた。


 里桜という少女は座敷わらしという妖怪で不運が続いている俺を不憫に思い、居候させてくれと言ってきた。


 嫁候補というからてっきり、手を出してしまったのかと思ってヒヤヒヤしてしまった。詳細を聞いて良かった。


 もちろん断ったのだが、本人は住む気満々で俺の話を聞かずに自分の荷物を夜中に持ち出して来たという。


 こうなってしまったら俺は断ることは出来ない。気乗りはしないが、仕方がない。ましてや少女を追い出すことは出来ない。


 座敷わらしは嘘にしても家庭で何かあって連絡が出来ないのだろう。


 後で児童養護施設にでも相談してみよう。


 俺は罪を犯してないことには安堵するが、正直居候には反対だ。


 ……里桜は、俺の飼っていた猫に似ているから。名前も同じだし。


 それに猫目で、時折耳を気にして触る仕草は愛猫と重ねてしまう。その仕草は愛猫がよくしていたから。


 でも仕方がない。


 こうして、俺と座敷わらしの里桜との同居生活が始まったのだった。


 ***


 里桜と生活してからもうそろそろ春が過ぎようとしていた。


 今年の春は、里桜が居候してきた以外には特に何事もなかった。


 毎年、春頃になれば小さなミスや大きなミス、さらに災難が襲ってくるというのに。やっぱり座敷わらしが住み着いたおかげなのかも。


 ……まぁ、ご飯に泥団子はやめてほしいが。


 なにはともあれ、平和に暮らしてることに変わりはない。今度、お礼も兼ねて何かプレゼントしようか。


 プレゼントは何がいいのだろうか、そんなことを考えながら帰宅する。


 玄関の扉を開け、中に入ると俺は一瞬思考が停止した。


 玄関から入ってすぐにリビングがあるのだが、リビングに顔を赤くして息を切らしながら倒れてる里桜の姿があったのだ。


「お、おい。大丈夫か!?」


 我に返った俺は急いで靴を脱いで駆け寄った。抱きかかえて額に手を当てるとかなり熱い。


「凄い熱だ。病院!! いや、その前に見えないかも」


 前までは座敷わらしは嘘だと思っていたのだが、里桜の姿は俺以外には見えてないらしい。


 児童養護施設に相談して行ったら里桜の事を施設の人達が見えてないことを理解した。

 それから本当に座敷わらしなのかもって思うようになった。


「だ、大丈夫です。少し休めば元気になります」

「そんなわけないだろう!!」


 俺は里桜を横抱きにしてベッドまで運んだ。

 里桜をゆっくり下ろし、布団をかけようとしたらあるものを見てしまって動きを止める。


「この傷って」


 少しだけ着物が乱れ、見てしまった。鎖骨の上あたりに小さな引っ掻き傷の痕があることを。


 これも愛猫にあった傷だった。

 野良猫に絡まれ、その時に出来た傷だ。


 ここまで愛猫と同じだなんて……、こんな偶然ってあるものなのか?


「……私は、座敷わらしです。透和様を幸せに導くのが私の役目……なんです。それなのに」


 里桜は息を切らしながらも必死に声を絞り出す。


「……一緒に暮らしてるうちにどんどんと欲が強くなっていくんです。とても楽しくて、まるであの頃に戻ったような」

「里桜……、お前、何言って」


 里桜は小さな手で俺の手を握る。里桜の瞳には大粒の涙が溜まっていて今にも零れそうだ。


「……まだ思い出してくれないんですか? 私は透和様が飼ってくれていた猫の里桜です。……私、死んだのですが……透和様が心配で……心配で……、それ以上にもっと一緒に居たくて……気付いたら座敷わらしになっていました」


 にわかに信じ難い話だ。なにかのドッキリか。だが、里桜の涙には嘘偽りが無いように思う。


 座敷わらしがいるぐらいだ。ファンタジーのような展開があってもおかしくないとは思うが……いざ、自分が目の当たりにするととてもじゃないが信じられない。


「透和様が……好きなんです。……大好きなんです。ずっとずっと一緒に居たくて、大好きだから幸せにもなってほしくて」


 里桜は握っている手に力を込め、瞳に溜まっている涙が零れる。


「……なのに透和様はなんでか不運続きで……どうしても見ていられなくて……私は座敷わらしです。だったら私が透和様を幸せに出来るかもって思ったんです」

「里桜……それはわかったが、何も嫁候補はないだろ」

「だって、独身の男性にはお嫁さんというワードだけでも幸せになると思って。かくりよでお世話になっていたお姉さんがそんなことを言っていたんです」


 里桜の一言にグサッと鋭い刃が俺の心を貫いたような感覚がした。実際には貫いてはいないのだが、痛い所をついてきた。


 かくりよがどこなのか分からないが、お姉さん……なんということを教えてくれてるんだ。


「きっと……神様が透和様の幸せを願っている私にチャンスを与えてくださったんです」

「ああ……」


 俺は里桜の手を握り返した。


 この世に神様は居ないと思ってた。でももしも神様が居るとするならば……。


 ずっと里桜は愛猫なんじゃないかって時々思う時があった。だけど、そんなファンタジーみたいなことあるわけないと自分の中で強引に納得してきた。


 もしも、本当に愛猫の里桜だったとしたら、伝えたい言葉があった。


「…………守れなくて、守ってあげられなくてごめんな」


 火事になった日、俺は残業してて帰りが遅くなっていた。自動餌やり器があったからご飯の心配はしてなかったのだが、里桜は寂しがり屋だからきっと今頃は寂しさのあまり拗ねているんだろうな。


 そんなことを思いながらアパート前まで来ると、大勢の野次馬と消防車と救急車が止まっていた。


 火はほとんど消えかかっていたが、アパートの面影はあんまり残っていなかった。


 火事の原因はタバコの不始末だった。


 若い男女数人集まって、ホームパーティをしていた最中の出来事だったらしい。


 タバコを消さずにダンボールの近くにあるタバコ皿に置いたはずのタバコが落ち、ダンボールに火がついてしまった。


 俺が早く仕事が終わっていれば、里桜は死なずに済んだかもしれない。

 俺の責任だとずっと自分を責めてきた。特に春の季節に火事になり死んでしまったのもあり、春頃はいつもよりも自分を責め続けた。


「……ごめん…………本当に、ごめん」

「な……ぜ……謝るのです?」

「だって、死んだのは俺の責任だから」

「私、幸せでしたよ。そして今も幸せなんです。謝る必要はありません……」


 里桜は優しく微笑んだ。


「私と出逢ってくださって、ありがとうございます。私はとても幸せですし、透和様のことが大好きです。……ですから、私の大好きな人を責めないでください」


 その言葉に救われたようにあの日からずっと重かった気持ちが軽くなったのだった。


 俺は春が嫌いだ。


 というよりのも春頃になるとネガティブになり、ミスが多くなるし、なにより運気が逃げていくようにも感じてしまう。そのネガティブな想いが周りに伝わり不運を導く。


 でも、今年の春は……ほんの少しだけ、悪くないなって思い始めた。


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