牛隣堂ぎゅうりんどうしか知らないアバミヤキのせか〜い」

 アバミヤキかあ。なんだっけこの感覚……味忘れた……みたいなかんじだなあ。忘れた、で合ってるっけ?こういうの……。

 こんなことをぼんやり考えながら、お決まりの文句を口にする。

「文房ぎゅ王になり損ねた女、岡崎弘子さんでーす。よろしくお願いします」

「よろしくお願いしまーす」

 ザキさんは両手にハサミとトングを持って開いたり閉じたり。カチャン、カチャン、と小気味良い音が鳴る。

「おおきなお肉をハサミで切るのがいちばんたのしいんですよね」

「いや飛ばしすぎ飛ばしすぎ! まずはオープニングトークしましょうよって。なんでそんなやる気なんですか今日」

「おなかがすいてて……」

「そんな腹ぺこでくるもんじゃないでしょ収録なんて」

 ザキさんがハサミとトングを置いて、無言でテーブルの横のスイッチを捻り、点火する。

「まあ、網は温めないといけないからいいですけど……最近どうなんですか」

「あのですね、ちょっと気になってることがあって」

「なんすか?」

くだんっていう、お化けがいるんですけど」

「お化け?」

「顔がヒトで、体は牛のお化けなんですけど……これって、体の部分を焼肉にするのも、やっぱりタブーなのかな、って……タブーに、なるんですかね?」

「いや重いのよ! オープニングで軽くするような話じゃ絶対ないでしょそんなん」

「でも大事なことだから……」

「そりゃ大事ではありますけど」

「でしょう?」

「いやほらね、じゃないんですよ。頼みますってほんとに」

 ザキさんはいつでも自由人だ。カメラが回ってることなんてまるで気にする様子はない。この人はいつだって好きな肉を焼き、好きな時に食べるだけだ。

 だからもう牛タンを網に並べているし、取皿にレモン汁を2人ぶん用意している。

くだんのタンはさすがに食べないですけどね」

「いやくだんはもういいですって」

 何の話なのよ、ずっと。

 Pがずっと手に持っていた縦だか横だかわからない肉を、向こうのテーブルの網に置く。じゅー、と食欲をそそる音が立つ。

 それカメラじゃなかったのか、とぼんやり思う。

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