第14話 人形

他作の一部ネタバレを含む内容となっております。


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 診察室のデスクよりも更に奥、ブラインド越しに外を眺める向きで置かれた安楽椅子には黒いゴシックドレスの人物が座っていた。

 診察を受けている患者からも見える場所に鎮座しているが、今まで殆ど指摘を受けたことはない存在。それだけ存在が希薄なのか、それとも触れられないほどに異質なのか。


「……ふふっ、はははっ! 君も見てたろう? 最高だったろう? これだから止められないんだよねえ! あははははっ!!」


 表情のない、しかしまさしく人形のように整った其の顔を両手で掴んで狂ったように嗤う。今は生きるのがたのしくて、たのしくて、仕方がなかった。

 そのような狂気を前にしても、ソレは表情を微動だにさせない。体温と、思い出したように行われる瞬きだけが、ソレに命があるのだということを示していた。


「あぁ、もちろん君たちの愛憎劇もたのしかったよ? ただ、唯一の生き残りであるキミも心はもう壊れてしまったみたいだからねえ。折角の可愛い顔立ちなんだ、せめて着せ替え人形代わりになってくれたまえよ。こういう服は私には似合わないからさ」


 一人の少年とその妹と、同級生の歪んだ愛の物語。それは短く、最後は退屈な結末だった。僅かに憐憫めいたものを浮かばせるが、先程までを思い出せば、それも直ぐに喜色に歪む。


「記憶が失くなる、というのは本当に都合が良い。たった一言・・・・・言うだけで、あの初心な反応を、初雪を穢す快楽を、何度だってたのしめるんだからさぁ」


 少年とのやり取りを思い返す。


 マッサージと称してソファーに寝かせ、目を瞑っている間に下着姿になる。目を開かせれば、当然慌てる。

 少年の力は弱い──いや、私が強いのか。片手で自由を奪って衣服を肌けさせ、女の子のように白く肌理細やかな胸板を優しく撫で回す。彼に記憶はなくとも、私はどこが弱いかを知っているし、開発もしている。


「口では嫌がっても体は正直、なぁんて台詞セリフ現実リアルで言うとは思わなかったよ」


 その言葉に、実際に感じてしまっている事実に、羞恥に塗れた表情を思い返すと下腹部が湿り気を帯びていった。

 その後、最初は優しい口付けを落とし、段々と激しく乱暴に口内を蹂躙する。穢れのない肉体に舌を這わせる。そうなれば、もう拘束などしなくとも体は蕩けて力が入らなくなる。


 ──そして、遂に一つになった。


 初めてのはずなのに、体が快楽を知っている。私を求めている。彼が拒むのを知っていて、ゴムなど、避妊などせずに果てさせる。

 今日は、三度たのしませてもらった。二度で終わりにしようと思ったが、羞恥と快楽に染まる表情を見ていたら、どうにも我慢が出来なくなってしまった。

 一時間の、濃密な時間。今回が三度目になるが、二回は緩く遊び、今回は我慢できずに食べてしまった。当然ながら何時だって反応は初々しく、そして毎度少し反応も違う。ずっと、年下の穢れのない可愛い子を、蹂躙したかった。前回は傍観者であったことで、今回は当事者になりたかった。丁度よく、いい子が手に入った。


 ──なんて、世界は都合がいいのだろう。


 私は欠片も信じていない神に、生まれて初めて感謝をしたほどだ。

 先程まで目の前で繰り広げられていた情事。それを第三者に語ることで、より興奮が高まる。


「そういう意味でも、キミは役に立っているよ。私の退屈な日常に僅かでも彩りをくれて、今はこうして着せ替え人形になってくれて、今度は私が当事者でキミが傍観者だ。やはり、誰かに見られている、認識されている、というのはいいモノだ。くくっ、キミは色々と教えてくれたねえ。本当に、あの結末以外は最高だったよ」


 白と黒のレースに彩られたヘッドドレス越しにソレの頭を優しく撫でる。ほんの僅かに、気の所為という程度に、そのまなじりがつり上がって憎悪めいた感情が向けられた気がした。


「おやおやぁ? もしかして、まだ残っているモノがあるのかなぁ?」


 それすらも、私の人生へのスパイスにしかなりえない。ただの見間違い、気の所為だったとしても、『憎悪』という非日常的な感情を向けられることにぞくぞくとした悦びを覚えた。


「あはぁ、私も大概歪んでるねえ」


 もしも、コレに感情が戻るなら、私にどれだけのくらい感情を向けてくれるのだろう。それを想像して、再び下腹部が湿り気を帯びるのを感じた。

 ストッキングと下着を脱ぎ去り、安楽椅子の肘掛けへと片足を乗せる。そうして、ソレの片手に自らの手を重ねると、濡れそぼった其処へと導いていった。


「っ、ぁ……くふふっ……。屈辱だろう? 人生を狂わせた一端を担った存在に、こんな風に道具として扱われるのはさぁ?」


 ──嗚呼、非日常とはどうしてくも愉悦を与えてくれるのだろうか。


 既に、夜の帳は落ちている。

 しかし、いつまでも診察室の灯りは消えることはなかった。

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