第13話
二人は受け取ったブローチを片手にさらに村の中心に向かって歩き出した。この村に着いた頃は夕暮れが村を照らし、家々がオレンジ色に輝いていたが、太陽が地平線の向こう側に沈んでしまったのかあたりはだいぶ薄暗くなっていた。露店の明かりや村人や観光客があちこちで盛り上がっており、着いた時よりも賑やかになっていた。
「元気な村だな」
行く先々で露店の商人から声をかけられるが、適当に躱しながらシェイドが呟く。祭りを行えばどこでも自然と活気が溢れるものだが、ユリシアナ村は特に盛り上がっているように見えた。一年を締めくくる祭りだからか、羽目を外している村人も多くいるようだった。
二人は村の様子を見ながら村の中心に着く。そこには大きな女神像が立っていた。女神像も家や人のように花で華やかに飾られていた。女神像の足元には人々が置いていったのか、色とりどりの花が供えられていた。
「女神デメテル様、ね……。そういえば、オラシオン教のやつらからは何か言われなかったのか?」
「特には。なんせ彼らには何も伝えていないですからね」
「おいおい。教会と揉め事を起こすのだけはやめてくれよ。事後処理が厄介なんだからな」
「考えておきますね」
ヨハンの口ぶりから教会に連絡を入れる気がないのがわかりシェイドは肩を落とす。
オラシオン教はこの国唯一の宗教だ。オラシオン教は赤子の出産から成人の儀式、結婚、葬式まで全ての節目に関与する役目がある。そうすることで唯一神、女神デメテルの祝福を授かるのだ。そのオラシオン教の勢力は皇室に匹敵するほどで、現在は皇室と協力体制にあるが、昔は教会と皇室とで戦争が起きるほどだった。
国民のほとんどは女神デメテルを信仰している。そのため、皇室は権威を維持するためにオラシオン教と手を結んでいるわけだ。しかし、一部の貴族の間ではオラシオン教の力が強くなりすぎることを恐れ、排除しようという動きも見られる。この反対勢力を反オラシオン教派とされる。逆に皇室と同様に、オラシオン教を支持する派閥を皇室派という。
ジェームズ家はどちらかといえば皇室派であるが、だからといって教会と仲良しこよしをする腹積りもなかった。そして反オラシオン教派のように教会を排除するような過激な思考は持ち合わせていない。ジェームズ家としてはあくまで使えるものをうまく使う主義なのだ。
だが、ヨハン個人の意見は少し違っていた。ヨハンからすれば教会の考えは古めかしく、規則を遵守する姿勢が強すぎる。ヨハンとしては規則も大事であるが新しい考えも柔軟に取り入れるべきだと考えている。そのため、ヨハンは時折教会の教えに背くことがある。その度に教会に嫌味のような小言を言われるのだが、本人は気にしていないようで対応するシェイド達が苦労を被っている状態だ。
「結婚みたいな大事な節目には教会を挟むのが通説だろ」
「別に呼ぶ必要はありませんよ。彼らがいなくとも、僕たちだけで式は滞りなく行えるんですから」
「仮にも侯爵家の結婚だぞ。教会が関わろうとしてこないわけないだろう」
皇室が教会を利用して権威を保とうとするのと同時に、教会もまた皇室や貴族の祭事に関わることで国民達にその力を見せつけていると言える。つまりお互いに利益があるからこそ結ばれた協力関係なのだ。
それなのにヨハンの一存で結婚という大事な節目に教会を関わらせないとなれば、後々どんな嫌味を言われるのか想像することは容易かった。
「この際、小言を言われる俺たちのことは気にしなくてもいい。だけど、あのお嬢様にとっては生涯唯一の結婚式になるんだろう?アンタのわがままにあのお嬢様を巻き込むのはどうかと思うけど?」
シェイドの呆れたように言った言葉を受けてヨハンは嫌そうに眉を顰めるが、すぐに小さなため息とともに表情を戻す。
「分かりました。首都に戻り次第教会に連絡を入れてください」
教会を関わらせることを了承したヨハンにシェイドは心の中で「よし!」と呟く。カルラのことを引き合いに出せばヨハンは否とは言えないと踏んだ予想が当たった。
これで協会から余計な小言をもらわなくてよくなり、仕事が一つ減ったことを内心喜ぶ。
「あ」
そんなことを考えているとシェイドの横でヨハンが小さく声を上げて立ち止まる。シェイドはヨハンの視線の先を目で追った。その先には花冠を頭につけたカルラとアン、そして村の住人らしき人が歩いていた。
ヨハンとシェイドが三人のことを見ているとアンが最初に二人の視線に気がついた。アンは立ち止まり先を歩くカルラ達を呼び止めてヨハン達の方を見た。残りの二人もアンの視線からヨハン達に気づいた。カルラは若干嫌そうな顔をし、村人は少しだけ頭を下げて会釈をする。
ヨハンとシェイドは三人の方へ足を向けた。
「こんばんは。初めまして。私はヨハン。こちらは従者のシェイドです」
ヨハンが村人、ステラに挨拶をする。ヨハンに紹介されたシェイドは無愛想な態度で軽く会釈する。
「こんばんは。私はステラだ……です」
ステラはぎこちない敬語で挨拶を返す。するとヨハンは小さく笑った。
「敬語じゃなくていいですよ。シェイドなんて、私の従者なのに私のことを敬ったためしがありませんからね」
「今言わなくてもいいだろ、それ」
シェイドはヨハンの言うように従者とは思えない目つきでヨハンのことを睨んだ。ヨハンはどこ吹く風で気にした様子は見せなかった。
「すまない。敬語を使うことがないから苦手で……」
困ったように笑うステラにヨハンは「どうか自然体で」と笑って答えた。
「ありがとう。助かるよ」
ステラはそう言って微笑んだ。ユーミンは美しいと言う表現が似合うが、ステラは大人っぽく綺麗と表現するのがぴったりだとカルラは思った。
「ところで、カルラ嬢達は随分と可愛らしいものをいただいたんですね」
カルラとアンの頭に乗っている花冠を見つめながら言う。
「……せっかくの花祭りなので」
「カルラ達が自分で作ったんだ。カルラの花冠はアンが、アンの花冠はカルラが作って互いに贈りあったんだ」
ぶっきらぼうに応えるカルラに補足するようにステラが付け足す。
「花を贈りあって相手の幸福を祈る……でしたか」
「驚いた。知ってたんだな」
「先ほど、村の方に教えてもらったんですよ」
手に持っていた小さな花束のブローチを見せる。主張するように左右に振ると花々も小刻みに揺れる。
「あぁ、酒場のモリーさんに聞いたんだな。モリーさんはいつも同じ花でブローチを作るからすぐわかったよ」
納得したようにステラは頷く。
その時近くでわっと盛り上がる声が聞こえてきた。思わずそちらの方に目をやると多くの人がどこからか現れた五人の着飾った村娘達を囲んで囃し立てているところだった。五人の娘達の中心には髪を整え、軽く化粧をして豪華な衣装に身を包んだユーミンがいた。
「もうすぐ舞の時間だな」
先ほどよりも暗くなって、明かりが灯され始めた広場を見渡しながらステラが思い出したように呟く。
「舞はこの広場の女神像を囲う形で行うんだ。踊り手になる人たちが出てきたってことはもうすぐ舞が始まる合図ともいえる」
踊り手を囲う村人や観光客が手に持っていた花をゆっくりと女神像の前へと進む踊り手に捧げていた。踊り手は笑顔でその花を一つずつ丁寧に受け取っていた。
「あれはどんな意味があるの?」
その様子を見ながらカルラが尋ねる。
「ん?……あぁ、あれか。舞を踊る人たちは、舞の中では女神様の代理人役であり、村人達の代表で祝福を受け取る役にもなるんだ。村人は代理人としての踊り手に花を捧げ、踊り手はその花々を女神様に捧げて舞を踊る。そして女神様から授かった祝福を、村人からもらった花で作る花束を通して村人に授ける……そう言う意味があるとされている」
「舞を踊る人たちにはとても重要な役割があるのね」
ステラの説明を聞き、頭の中でその言葉をゆっくりと咀嚼する。冬の祭りが花祭りと言われるのはこういった理由もあるのだろう。この祭りは何から何まで花を中心に彩られているのがわかった。
踊り手達は周りにいる人たちからたくさんの花を受け取りながら女神像の前までやってきた。そして最後の打ち合わせをしているのか五人が一ヶ所に集まり何かを話していた。
「人もたくさん集まってくるからそろそろ場所を移動しよう。いい場所をとってあるんだ、案内するよ」
ステラに促されるまま一同は人が多くなってきた広場を移動する。ステラの言う通り、人が集まり始めていてステラを見失わないように歩くのが大変なほどだった。
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