第4話 学校を創ろう
カラン。コロン。
「あっ! やっぱりここにいた!」
喫茶店のドアベルを勢いよく開けると、小気味よい鐘の音が来訪者を迎えてくれる。
「ようやく来ましたね。あなたが一番最後ですよ」
「おせーよ。腹減っちまったぜ」
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
いつもの見慣れたメンバーと、毎回温かい言葉で迎い入れてくれる喫茶店のマスター。あの日の出来事以来、皆、定期的にここに集まっている。
あの伝票の裏面に書かれた住所に導かれて。
「なー、やっぱりマスターはあの執事何だろ?いい加減、ネタばらししてくれよー」
「おやおや。またその話ですか。毎回大変興味深く聞かせて頂いておりますが、その“執事”という人物はわたくしではございませんよ?名前も違いますしね。わたくしは、ただの小さな古びた喫茶店の店主でございます」
マスターはそう言いながら、集まったメンバーに各々好みの飲み物を準備してくれる。
アオバには、鮮やかな緑色が弾けたクリームソーダ。
タカラには、爽やかな口溶けのレモンスカッシュ。
ユタカには、苦味と甘みの交差が絶妙のコーヒーフロート。
「ほらー! 言わなくても私たちの好きなメニューを出してくれるもん。やっぱり片岡さん何でしょ?」
「いえいえ。皆様常連のお客様ですから、お好みのものは自ずと覚えているのですよ。お食事も、いつものメニューでよろしいですね?」
そう言うと、マスターは毎回三人が注文するメニューを作りに、カウンター奥の厨房へ姿を消してしまった。
「もー、絶対そうだと思うんだけどなぁ」
「雰囲気は激似だからな」
「まあ、それにしてもビックリしました。まさかあの伝票に書かれた住所が実在して、現実の世界でまた皆さんに会うことができたのですから」
本当に驚いた。あの出来事は夢なんじゃないかと思っていた。しかし、手に握られた伝票はあの情景が“本物”だということを示していたのだった。最初は親同伴で、その後は子どもたちの『居場所』ということで、子どもだけでこの喫茶店に来ることを許可された。まだ学校へ足を向ける回数は少ないが、この『居場所』によって、少しずつ自分の中に溜め込んだ思いを出せるようになってきている気がする。
――自分の思いを存分出せるって、いいな。
そんなことを頭の中で描いていると、アオバが急に素っ頓狂な声を上げた。
「ちょ、ちょっと! これ見て!?」
マスターしか入れないはずのカウンター内側に潜り込み、やけに古めかしい新聞のスクラップブックを取り出した。
「お、おいっ! 勝手に触ったらマズイだろうがっ!? さすがに怒られるぞ!」
「……まったく。相変わらずの無鉄砲ですね。何やってるんですか」
「だってー! あの秘伝のノートがもしここにあったら、ぜーったいマスターは片岡さんのはずだもん! 証拠を探したかったの! それより、これ見て!」
自分の行いを正当化しながら、アオバは二人の目の前にスクラップブック広げてくる。タカラとユタカは、呆れたように覗き込むと、そこにはかなり昔に教育に関する大論争が起こったという新聞記事が一面デカデカと載っていた。
『
『総理大臣権限を無理やり行使!? 教育論争に新たな風を吹き込むか!?』
『教育課程の大改正、無念の断念! 学校を潰すという批判に晒され、世間を混乱させたとして内閣総理大臣辞任!』
「……へー、昔もこんなことがあったのか。“学校を潰す”か。俺たちも同じこと考えたよな。ちょっと意味合いは違うかもしれねーけど。やっぱ、強制されるより自分で決められる方がいいよな」
「ですね。自分で学びたいこと、やりたいこと自由に考えるのは楽しかったですよね」
夢のような、でも、確実に体験したあの日の出来事。あの世界にいた経験は、自分の心の中のエネルギーをふつふつと湧き上がらせるものになっていることを、タカラとユタカはゆっくりと噛み締めていた。
「もー!そこじゃないってばっ!これ見てよー!ここ!ここっ!」
ノスタルジックに浸る男二人の思考を断罪し、アオバは新聞記事に出てくる総理大臣の名前を強く指差した。
「ってか、何かすげー名前の総理大臣だな。こんな人いたっけ?」
「うーん、記憶にないですねぇ……」
「ほらっ!振り仮名ついてるでしょ!逆から読んでみてっ!」
逆? 反対に読むと……
――あっ!?
ここは、町外れの小さな古びた喫茶店。
誰でも自由に自分の思いを描き出し、共有できる場所。そして、ごく稀に、別世界へと導いてくれる不思議な所。
「ご利用、ありがとうございました。またのご来店を、お待ちしております」
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