第3話 学校を描こう
それから。
この世界に残って自分たちだけの“答え”を作ろうと決めた三人は、あの『希求筆記帳』を使い、思い想いの学校を描き出していた。
体育や図工、理科の実験や調理実習など、好きな教科だけ勉強できる学校や、遠足や運動会、修学旅行など学校行事ばかり行う学校、授業時間より休み時間を長くして遊びの時間を多く増やした学校など、好きなこと、やりたいことに特化した学校を描き出し、実際にその学校生活を体験していく。
「あー、楽しいっ! 好きなことだけできるのって、いいね!」
「だなっ! あっ、でも、いくら好きだからって“そればっかり”だと飽きるところもあったな。焼肉で肉ばっかり食べると飽きるみたいな?」
「……はぁ。何ですか、その例え。僕は体育ばかりの学校はダメですね。水泳だったらいいんですけど、走ることを求められる種目は論外ですね」
互いにアイディアを出し合い、体験して、さらに意見を出し合っていく。やってみたいけどイメージしにくい内容が出てきた場合は書斎に置いてある数々な本や図鑑を調べていき、想像力を高めていった。
マンガ家やゲームクリエイター、アイドルや動画投稿者など人気な職業や、獣医師やパティシエなど小学校入学時からなりたい職業を学べるコース制の学校を作ってみたり、深海探査や宇宙探査を行ったりするなど、学校の枠をさらに飛び越えた広い世界を学べるような学校を描き出してみたり。ちなみに、『魔法を使う』といったより空想の世界に近いこともイメージしてみたが、こちらは漠然とし過ぎたようで、ぼやけた空間だけが広がるだけだった。
「うーん、やっぱりダメかぁ……。『魔法を使ってモンスターをやっつける!』みたいなこともやって見たかったんだけどなー」
「宇宙や深海は現実にあるけど、魔法は現実にないから無理ってことか?」
「“魔法とは何か”を詳しく学べる本があると、実体化しやすくなると思うんですけどね」
ちなみに、今三人は屋敷二階のバルコニーにあるガーデンチェアに座り、片岡が作ってくれたアフタヌーンティー、いや、三時のおやつタイムを楽しんでいた。
アオバは、クリームソーダ。
タカラは、レモンスカッシュ。
ユタカは、コーヒーフロート。
片岡は、三人のために初日から凝りに凝ったフルコースを振る舞ってくれたが、流石に毎日続くと重たさを感じるようになる。普通の食事でいいとお願いしたのだが、片岡にはその“普通の食事”がわからない様子。そのため、『希求筆記帳』を使って給食場面や飲食店職業体験ができる学校を描き出し、それを見てもらうことでようやく三人が普段食べているメニューが提供されるようになったのだった。ちなみに今回の飲み物については、喫茶店の職業体験学校で描いたシーンを片岡に見せ、そのメニューから三人が好きな物をオーダーしたものだった。よほど凝り性なのか、片岡は伝票までテーブルに置く真似事までしていった。しかも、三枚も。
それにしても、自分の思い描いた世界がこんなにクリアに出てくるなんて。これまでの経験ではまったく味わえなかった喜びと心弾む気持ちが、三人の中に広がっていた。
――今までの自分は、現実世界から切り離され、『無い』に等しい存在だった。
『周りと違うのに、一人だけ許可するわけにはいかない』
『このやり方だけが正しい。その以外の方法で答えても、成績として認められない』
『みんな出来ているのに、どうして当たり前のことができないのか』
頭の中で思い浮かべる世界は広いのに、学校の中ではそれを表出する方法は限られている。決められたやり方でしか認められない世界。そんな制約の中で、いくら想像力を働かせても頭の中から自由に外へ出すことが出来ない限り、それは生み出されず、『無い』に等しい。そんな空っぽの世界の中で、突如現れた『希求筆記帳』。本当の自分の思いや姿を素直に、自由に体現できるこの『希求筆記帳』は、三人にとって心の底から欲しているものを叶えてくれていた。
これが、自分たちの世界にもあるといいのに――。
「あっ、美味しい! もう一口ちょうだい。いーっぱいイメージしたから、少し疲れちゃったんだよね。こういう時は『糖分を取ると良い』ってさっき読んだ本に書いてあったよ」
「ダーメだっ!もう半分以上食っただろうがっ! ったく。しっかし、この『希求筆記帳』はマジすげーよな。やりたいことを思いついたら、大抵は叶えてくれるからな。これがあれば、“本当の学校”も楽しくなるのによー」
「ですね。しかし色々な種類の学校を作り出しましたが、問題は全員納得いく学校を描き出せるかどうかですね。皆それぞれの思いがある中で、一つの“学校”をどう描き出したらいいのか……。やってみると、なかなか難しいものですね」
人の数だけ、思い描くシーンは十人十色。お互いが納得する、共通のものを描き出すのは、なかなかに大変な作業だった。
それでも、楽しい。
大変だけれども、ワクワクする。
自分たちの学校も、このノートみたいに、自由にページをめくれるようになったらいいのに。
――あっ、そうか。だったら……。
「……オレ今、思いついたんだけど」
「アタシも」
「僕もです」
『希求筆記帳』を使っていないのに、互いの考えが手に取るようにわかる。三人はそれぞれ視線で合図を送り、『希求筆記帳』の白紙のページに手を重ねていく。目を閉じ、頭の中で強く、強く、思いを込めて描き出していった。
「やりたいこと学びたいこと、使う道具も、表現方法も。自分で自由に決められる、子ども自身が主人公の世界」
「数少ない選択肢を押し付けず、広く、自由に選択でき、羽ばたいて冒険することができる世界」
「大人が決めた世界で動かされるのではなく、子ども自身が自ら決めて、自らの意志で動く世界」
「「「それが、“学校”だっ!」」」
その瞬間、『希求筆記帳』が強く光を放ち、大きな風の渦とともに、全身が飲み込まれ、目の前の世界が真っ白になっていった。
――気づくと、そこは自室。机に置いてある時計は、最初に見た時と全く同じ時刻を示していた。何も変わらない日常。一つだけ、手に握られたあの伝票以外は。
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