第2話 学校を壊そう

『学校を作る』


 片岡から与えられたミッションに取り掛かり始めた三人。当然、学校というものは知っていたため、すぐにでもコンプリート出来そうなミッションのはずだった。


 ――のはずだったのだが。



「えー!?『学校を壊す』って、どういうこと!?」

「しー! あの執事に聞こえちまうだろうが!静かにしろって」

「……いったい、どういうことですか? 僕たちに与えられたミッションは学校を“作る”ことであって、“壊す”ことではないはずですが」




 片岡から作業部屋として与えられたのは、お屋敷の二階奥にある、壁中に本がぎっしり敷き詰められた書斎だった。学校が“消えた”ことで、誰も使わなくなってしまった校舎の図書室から、この屋敷の主が運び出したとのこと。よく見ると、それぞれの本の背表紙には見慣れたラベルシールが貼られていた。

そして、家宝とされる『希求筆記帳』はこの書斎エリアでのみ使用可能となっているらしい。さらに、この屋敷外へ持ち出してしまうとただのノートとなってしまい、完全に効力を失ってしまうとのことだった。

 ちなみに屋敷が建てられている場所は聞いたこともない地名であり、そもそも国の名前からして自分たちが住んでいるところと違っていた。言葉も文字も同じなのに、いる場所がまったく違うという不可思議な現象。そもそも、『希求筆記帳』のように魔法のような道具が使える時点で、自分たちが住んでいる世界とはまったく異なる、異世界のように感じられた。

 ただし、『希求筆記帳』は何でもかんでも願いを叶えるといった類のものではなさそうだった。


『具体的に申し上げますと、これは皆様の頭の中で思い描いた内容を投影、浮かび上がらせることができ、それを現実の場面で体験することができるものでございます。希求筆記帳を見開きの状態にして、右手をかざしていただくことで使用することが可能です。ただし、あまりに漠然とし過ぎた内容は正確な場面として浮かび上がらせることはできません。具体的にイメージできたものしか映し出すことができないため、今までまったく見たことがないものや知識として知らないもの、例えば“すごい魔法を使って魔王を倒す”と願いは漠然とし過ぎでいるので叶えることができません。魔法とは何か、魔王とは何かといったことを学ばない限りは具現化することはできないのです』

『皆様には、“学校“というものが、どんな場所で、どのようなことが行われているのか、この家宝を使うとでそのイメージを具現化していただければと思います。皆様共通の思い描く“学校”を再現し、それをこの国の人々へ見せることで記憶を蘇らせることができる、と我が主は申しておりました』


 ――とのことだった。


 ちなみに、その『希求筆記帳』の表紙には達筆な筆文字で『希求 学校に関すること』とデカデカと書かれている。片岡曰く、このノートの表紙に書かれたテーマに関することのみ、思い描いた願いを叶える仕組みとなっているそうだ。つまり、この表紙に『学校に関すること』と書かれた以上、『お金持ちになりたい』だの、『世界征服』だの、ましてや『家に帰りたい』といった願いは叶えることができないというわけだ。

 そんなこんなで、一通り使い方を伝授した片岡は、今日この屋敷に急遽集められ、まだ何も食べていない三人に食事を提供するため、一階への厨房へと降りていった。


「……それで? もう一度説明してもらえますか? “学校を壊す”と言った意味を」

 タカラは、ズレかけていた黒縁のメガネをクイッと上げながら、突拍子もない発言をした二つ年上のユタカに向かって問い直した。

「そうだよー。片岡さんの言ってた“宿題”を終わらせないと、アタシたち帰れないんだよ? ユタカくんは、それでもいいの?」

「ユタカだろーが!オレ、お前より五歳も年上なんだぞっ!」

「えー? でも、小学校じゃ『先輩』なんて呼び方してないよ?」

「中学になったら後輩はそう呼ぶことになるんだから、今から練習しとけ!」

「コーハイって何?」

「はぁ……。小学校四年生にはまだ無理だと思いますよ?」

 あどけなく、そして物怖じしないアオバの発言に、年上という威厳をかざそうとするユタカ。しかし、アオバの前ではその威厳もどこ吹く風。むしろ、タカラの方が年下にも敬語を使い、どこか大人びた口調で接していた。

「と、とにかくっ! オレはただ普通の学校を作って終わりにしたくないんだよ!」

「……どういうことですか?」

「そーだよ? ユタカくん、帰りたくないの?」

 ユタカの言葉に共通の疑問を持った二人が、声を揃えて聞き返す。

「じゃあ、お前らはすぐ戻りたいか? 学校という苦痛な場所へ無理やり行くように言われたり、学校へ行けないことで周囲から白い目で見られたり、あんな日常に戻りたいか?」

「えっ……? そ、それは……」

「…………」


 思ってもみなかったユタカの言葉に、二人の声は詰まる。そう、三人の共通点は『学校に行けていないこと』、いわゆる不登校の状態だった。


「オレだって、最初は家でやってたゲームのことが気になって帰りたかったさ。でもよくよく考えたらさ、帰ってもまたあんな惨めな毎日を過ごさなきゃいけないと思うと気が重くなったんだよ。ここだったらオレたちは“選ばれた”側で、認められている存在なんだぜ? 寝るところも食べるところも困らなくて、しかも学校を自由に考えられる。あの苦痛な学校を変えることができるかもしれないって思ったら、ワクワクしないか!」

「……なるほど。僕たちがこれまで経験した学校をそのまま現すのではなく、まったく別物に変えると。しかも、執事さんの話を信じるのであれば、この国の人たちは学校という“正解”を知らない。僕たちが作り出した学校が“答え”であると。そういうことですね」

「えー! 何それ! 楽しそうっ! やりたい!

やりたい!」

 最初はユタカの言葉に訝しげな反応を見せた二人だったが、非常に興味深い提案を聞くとうなづき、同意するのだった。


「よしっ! やるぞ! オレたちで学校を“壊す”んだっ!」

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