閉じた蕾

「そういや、僕も昔は嫌いだったかも。自分の名前。ほら、こんな名前だから、よく馬鹿にされてて」


 小学校時代、背が小さくて体が弱かった僕は、クラスのやんちゃな男子や上の学年の子によくからかわれていた。


 その時のあだ名はちびれお。百獣の王の獅子の名をかむるくせに、強さの欠片も見えなかったからだ。


 特に小学生のヒエラルキーなんて元気でちょっとやんちゃで、スポーツが出来る奴が大体頂点に立つ。


 僕の身体とはまるっきり正反対だ。なのに、名前だけが浮いていて。だから、こんな名を付けた親を恨んだりもした。


「でも……ある時、名前をすごく褒めてくれた人がいたんだ」


『れおって言うの?』


 皆にチビだなんだといじられて、相変わらず泣きべそばかりをかいていた僕の目の前に、誰かが小さな手をすっと伸ばした。


『……』


 僕が躊躇いがちにその手を握ると、


『強くて、格好いい名前だね!』


 その子は、僕の手を嬉しそうにぎゅっと握り返した。


 その時見た笑顔を僕はきっと一生忘れない。


「それから好きになったよ。……自分の名前。初めて名前のように強くなりたいって思った」


 そう。あの時、泣き虫だった僕を変えてくれたのは、君なんだよ。


 君が僕を見つけて引き上げてくれたから、今の僕があるんだ。


 なんて言っても、多分、今の君には伝わらないのだろうけれど……。


「だから、いつか楠木さんも好きになれるといいね」

「……散る桜……残る桜も散る桜」

「え?」

「いつか必ず死ぬって意味。桜は咲いた瞬間から散る運命が決まってる。そんなの、私は好きになれない。……きっと、一生」

「えっと、楠木さん?」


 授業の予鈴が鳴る。


「じゃ、お先に」


 引き止める間もなく、彼女は風のごとく消えてしまった。


 今しがたまで彼女が立っていた場所には誰かに踏みにじられて薄汚れた花びらが無残にも散らばっている。


「……」


 どうやら、僕はまた知らずのうちに選択を間違えてしまったみたいだ。

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