閉じた蕾

 春のうららかな陽射しに溶け込んだ桜の花が咲き誇るある日の朝。


 学校の校門前で新入生に混じって真新しい制服に身を包んだ僕は、左胸に手を当てて高鳴る鼓動の音を聞いていた。


 これから行われるであろう初めての高校生活に期待を抱いて胸を膨らませているのではない。


 だって僕は3年生だ。既に9年間の義務教育を終えて、またさらに追加の3年目に突入する。


 学校生活においては、教師を除いたら最もベテランだ。


 じゃあどうして制服が真新しいのかというと、それは僕が転入生だからだ。


 そう。高校3年生というめちゃくちゃナイーブな時期に親の仕事の都合で突然転校することになった僕だったが、それ自体は全然辛いことではなかった。


 何故なら僕がこの学校に来たかったから。


 いや、正しくはここに来るべき理由が出来たから。


「……やっと……やっとだ」


 僕はまだ右手を左胸に当てたまま、味わうように空気を噛み締めた。


 そんな僕の横を生徒達が怪訝そうな目で通り過ぎて行くが、今の僕にはそんなことも一切気にならない。


 僕にはずっと会いたかった人がいた。


 その人は、生きる意味すら見失っていた幼き日の僕に生きる原動力を与えてくれた大事な人だった。


 でも、小学校の時にとある事情でその人と離れてしまってからは、一度も会うことがなくこの年を迎えてしまった。


 しかし、ある日偶然にもその人がここの学校の生徒である事を知った。そのタイミングで親の転勤も決まった。


 だから、僕は2つ返事で転校を受け入れ、この学校に転入することを決めた。


 けれど、会いたかったその人は、残念ながら、僕のクラスにはいなかった。


 本当は転校初日の昨日、真っ先にその子の行方を探しに行ったのだけれど、他クラスの子に聞いたらその子はもう帰ったあとだった。


「そういや、よく桜の木の所にいるかも」


 昨日教えて貰った情報を元に、少し早めに学校に来た。


 さっそく門を潜る。


 校舎へと続く桜並木の一本道、数多の桜の花びらがフラワーシャワーとなって登校する生徒達の肩に降り注ぐ。


 それは、まさに祝福のセレモニーのようだった。


 その中に、綺麗に伸びた黒髪をふわりと風にたなびかせながら、食い入るように桜を見つめている生徒を見つけた。


 どこか他人を惹き付けるような魅力を持ち合わせた真剣な横顔。間違いない彼女だ。

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