炎の魔導剣士グレン
馬鹿侍
第1話 プロローグ/始まりの朝
「父さん!父さん!なんで……!」
呼べど叫べど揺らせど、その肉塊は反応を示さない。つい先程まで意識を保っていたのが嘘だったかのようだ。
全身の肉と毛の大半は焼きつくされ、肉の無くなった箇所からは骨が浮き出てしまっている。その屍は、生前の姿とはまるで違い、俺の知っている父親―――プロムの姿をしていなかった。
これは何かの間違いなのだと、悪い夢なのだと必死に現実から目を背けようとしても、目の前にある焼け野原となった村に、焦げ付いた肉の臭いに、嫌でも思い知らされる。これは非情なりとも現実であり、父親は死んでしまったのだと。
「そいつは起きねえよ。もう死んでる」
目の前の男は、俺が何度も咀嚼した結果ようやく受け入れた事実を、ただ淡々と述べた。全身を黒いローブで包み、顔を仮面で覆った謎の男。その頭部には紅に染まった禍々しい角が2本生えている。魔族だ。
「そんなこと知ってる!父さんもレイノスも、村の皆も、なんでお前に殺されなくちゃいけなかったんだ!」
「お前に教えたところで意味はねえ。どうせ死ぬんだからな。だがまあそうだな。強いて言えば、お前の父さんと母さんのせいだ。―――フレイム・ブラスター」
「!」
男が俺に手のひらを向け、魔法の詠唱を行った。その瞬間、男の体内にある魔力の一部が手のひらから放出され、炎へと変化した。
先ほど俺の父親を葬った技と同じだ。この後、男の炎は小さな球へと変化し、俺に向けて高速で撃ち放たれるのだろう。
まだこの人生が始まって6年、魔導剣士になるという夢だって叶ってないのだ。こんなところで死ぬわけにはいかない。父さんもレイノスも村の皆も殺されて、俺までこの男にただただ殺されるのは嫌だ。
「お前をぶっ殺してやる……!」
「殺すだなんて、相変わらず威勢がいいな。まあせいぜい、来世では幸せにな。あばよ」
その言葉を皮切りに、男の炎は大きな球へと変化し、俺へ向けて勢いよく放たれた。
避けなければ。そう思って咄嗟に動こうとしたものの、足はその場から離れなかった。震えていたからだ。今この瞬間、俺は心の底からこの男に恐怖していることを自覚した。
炎の球は止まらない。今こうして恐怖を自覚している合間に、既に俺の目の先まで到達している。
嫌だ、死にたくない。熱く燃え滾る炎を前にして、心からそう願ったその瞬間、俺の視界は暗転した。
※ ※ ※
「嫌だ、死にたくないっ!!……てあれ?生きてる……?」
ふと目が覚めて起き上がれば、そこは白いベッドの上だった。良く言えば清潔感があってシンプルで、悪く言えば質素で味気のないシングルベッドの上。
先ほどの悪夢の影響でか、俺の枕とベッドに敷かれているシーツは俺の汗で少し湿ってしまっている。これは後で洗わなければいけなさそうだと思い、ベッドから降りようとすると、目の前には王国騎士団の赤い軽装で身を包む赤髪の女性がいた。
彼女の右肩部分には赤を基調としたデザインの肩章がかけられており、その肩章は、彼女が騎士団の中でも上の立場の人間であることを示している。
「……何を寝ぼけているんですかグレン。今日は王学の入学試験ですよ?早く準備をしないと遅れてしまいます」
目の前にいる赤髪の女性を見て、意識が完全に覚醒し、思い出した。さきほどの夢は、今から6年前、故郷のカエン村を魔族に襲撃されたときのものだった。
「……顔色が優れませんね。汗もすごいですし……悪い夢でも見ていたのですか?」
「……6年前、父さんが殺された時の夢を見たんだ」
「……そうですか」
目の前で顔をしかめている女性―――ミネンは、6年前カエン村の救援に来た騎士団員の1人で、俺の父親プロムの実の妹。つまり俺の叔母に当たる人物だ。
父親が死んだ後、ミネンは居場所を失った俺を引き取り、今日までの6年間面倒を見てくれた。まあ今日までの6年間と言ってもこれからも長い間お世話になるつもりであるのだが。
感覚としては叔母よりも年の離れた姉の方が近いのかもしれない。というのも、年は12歳(グレン12歳、ミネン24歳)ほどしか離れていないからだ。加えてミネンは敬語も使うし童顔なので、あまり叔母らしさは感じない。
「大丈夫ですか?試験に影響が出るようなら教会に……」
ミネンはベッドの脇の椅子に座り、少し心配した様子で俺の顔を覗き込んだ。
「大丈夫、ちょっと嫌なこと思い出しただけだ。試験に支障は出ないと思う」
この6年間、王都魔導学園に通って卒業することを条件に、ミネンに剣と魔法の稽古をつけてもらってきた。
全ては、6年前に大切な人たちを奪った魔族を殺し、村の皆の仇を取るため。
「……問題なさそうですね。では、私は保護者としての手続きと騎士団推薦の手続きがあるので、先に学園に向かいます。場所はこの前教えた通りですので、グレンも遅れないように頼みますよ」
「あ、ああ……行ってらっしゃい」
そう言い残して、ミネンはそそくさと部屋を出ていってしまった。行動一つ一つがきびきびしているのは、騎士団員として人の命を救う活動をしているからだろう。
思えばミネンは、騎士団の3番隊隊長として活動しながら、顔色1つ変えないで女手1人で俺を育ててくれた。相当な激務だっただろうに。考えれば考えるほどミネンには頭が上がらない。
「なんとしても合格しないと」
ミネンから修行をつけてもらうかわりに飲んだ条件である、魔導学園への6年間の通学及び卒業。とりあえず、目先の目標はそれだ。
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