第7話 記憶、戻る

その日、僕と彼女は、久しぶりに大はしゃぎでしゃべり合った。何を…と言うわけではない。彼女が、僕の話を聞かせてくれ、と言うので、勉強は不得意で、数学で12点を取ったことがあること、スポーツでは、走り方をクラス中に笑われるようなダサい運動音痴であること、歌も、とても音痴で、音楽の時間は、絶対口パクしていること…等々…。


「ふふふ…。汀くん、ダメダメだね」


「うん。僕はダメダメなんだ。馨ちゃんと違ってね…」


「私と…違って…?」


「あ、そうか。馨ちゃんは、記憶がないもんね」


「私は、汀くんと、違うの?」


「…うん。馨ちゃんは、完璧なんだ。勉強も、スポーツも、歌唱力も、習字だって、ピアノだって、何だって出来る。そんな子だ…なんだ」


僕は、思わず、『そんな子』と言いかけた。彼女はもう、死んでいる…思わず、言いそうになった。


「そっか…。記憶、失くして良かったな…」


「え?」


僕は、思わず驚いた。そんなことを言う人はこの世にいない。そう考えてまともだろう。


「私は…きっと、色んなことに縛られていたのでしょうね…。私は、でいたい。このまま、記憶喪失のまま、元の家に戻れるのなら、それが…1番いいのかも知れないな…。でも、そこに戻ったら、また、私は完璧を求められるのね…。きっと…。どうして、私は、そんなに完璧だったの?」


「…どうしてだろう?生まれつきって奴なんだろうけど…。もしかしたら、馨ちゃんは、真面目過ぎたんだろうね。親や、先生、友達の期待や、声援に、応えよとしちゃうんだ。もっと、裏切っても良かったんだ。もっと、我儘で良かったんだ。もっと、自分が自分であることに、自信が無くて良かったんじゃないかな?」


そう言った僕の言葉に、彼女は、少し俯いて言った。


「そんなことが出来れば、人生、楽しかったのね…」


「!!??」


僕は、心臓が飛び出そうだった。


知っていた。


彼女は、知っていたのだ。


自分が、もう、ことに。


「い、いつから…」


僕は、口から出そうになった心臓を呑み込むと、なんとか、聞き返すことが出来た。


「昨日だよ。丞くんのことを思い出した時」


「…丞…くん…?夢…とかじゃ、なかったの?」


「丞くんは言ったわ。君の記憶が戻ったら、君を、迎えに逝くよって…。だから、きっと、今夜あたり、私は…」


「僕じゃダメなの!?」


僕は、初めて、感情をあらわにした。怖がったり、怒ったり、悲しがったり、寂しがったり…心の中では、ずーっと葛藤してきた。


だけど、その心情を、表には絶対、出さなかった。でも、今夜は、そうはいかない。僕が、彼女に惚れていることは、もう話してあることだ。その彼女を、4か月、支えてきたのは、他の誰でもない。


『丞』


なんかじゃない。


『僕』


だ。


前世?そんなもの、関係あるか!僕が、ここで過ごした月日を、すべてなかったことになんて、出来ない。出来るはずがないんだ。


「馨ちゃん、僕は、君がすきだ。君を、このまま丞に渡す訳にはいかない!君が、もうこの世の人ではないことは分かってる。でも、僕は君を看取るよ。君を、君の居場所へ連れてゆく。それを、許してはくれないか!?」



「…汀くん…」



「!」



僕の名前を、ボソッと呟くと、彼女は、意識を失った。


僕は、あの世へ逝ったんだ…と思った。


丞に、前世の、愛し合っていた、前世の彼の元へと…。





だけど、僕は、信じられない現実に、驚愕することになる…。


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