ところどころおぼえてる

第1話 失踪

「おかえり。なぎさくん」


「ただいま。馨ちゃん」


「今、ご飯の支度してる。椅子に座ってて」


「ありがとう。明日は僕がやるよ」


「うん。汀くんの方がお料理、美味しいもんね」


「…でも、今日も、…」


「明日はまた来るんだから…。慌てなくていいよ」


「…うん。そだね…」






僕の名前は、月見里汀やまなしなぎさ。高校3年生だ。けれど、今、僕は、親と…家族と生活を共にしていない。それは、彼女も同じだ。


彼女は、記憶喪失だ。


何故、そうなってしまったのか、彼女自身も分からない、と言う。


只、憶えているのは、自分の名前と、この家、そして、僕の存在。それだけは、忘れないと言う。


そして、もう一つ。


だ。


彼女は、前世で、愛し合っていた人がいたと言う。


それ以外は、何も、分からないのだ…。






だが、僕は、彼女が誰で、何処にいたのか、知っている。


彼女の名前は、栗花落馨つゆりかおる。18歳。締盟高校ていめいこうこう高等部3年。生徒会長だ。


彼女は、明るく、正義感が強く、優しくて、誰からも信頼される、生徒からも、教師からも、一目置かれる、とても優秀な生徒だった。


その彼女が、ある日突然、した。


その失踪騒ぎは、彼女の家族だけでなく、高校も巻き込んで、大騒ぎになり人望の厚かった彼女がもたらした影響と言うべきか、警察も、動いた。


しかし、1週間経っても、1か月経っても、そして、半年が過ぎても…、そして、とうとう1年が過ぎても、彼女の行方は分からず、警察の捜査はいったん、打ち切られた。


彼女の母親は、気が狂い、毎日泣き叫んでいたと言う。それほど、家でも彼女は良い娘だったのだろう。父親も、父親で、大きな会社の社長だっため、探偵を何人、何社と雇い、彼女の行方を追った。


それでも、彼女が、いなくなった日の足取りすら、辿ることが出来なかったと言う。自ら皆の前から消えたのか、誰かに誘拐されたのか、はたまた、もう、殺されてしまっているのか…。そんな噂、推測が、高校中飛び交っていた。


彼女のは多かった。何度も言うが、彼女は、すべてにおいて完璧だったからだ。美しく、秀才で、性格も良い。非の打ちどころのない、そんな彼女に憧れ、崇拝し、ファンクラブなどと言う言葉では足りない、集まりが学校中にうじゃうじゃ存在していた。


その信者たちの哀しみようも、半端なものではなかった。





「栗花落馨様…どうか…私たちの前にもう一度、そのお姿をお見せください…」


「栗花落馨様…どうか…ご無事な姿を、この目に映すことを叶えてください…」


祭壇のように、色とりどりの花で飾られた大きな彼女の写真を、校長の許しを得て、視聴覚室に大々的に置き、毎日のように、学校中の信者が、朝から、放課後まで、ひっきりなしに、訪れては、涙を流し、無事を祈った。




その彼女を、僕がどうして、見つけることが出来たのか…。それは、少し、ややこしい話になる―――…。

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