八方塞がり

 機構本部は、既によって占拠されていた。

 それが浄御原の一派なのかどうかは、定かではない。

 とは言え、久慈方さんやあの警備員の様子を見る限り、事態は想定よりも拗れている、ということだけは確かだろう。

 とぼとぼと会話がないまま、気付けば俺たちは本部を取り囲むように造林されている広葉樹林に来ていた。


 ……このままでは埒が明かない。

 だが、現状俺が何か具体的な策を提示できるわけでもない。

 彼女に話しを切り出すきっかけを掴めぬまま、舗装された林道に無造作に散らばる小枝を踏み折る音だけが響く。

 そんな中、先に沈黙を破ったのは久慈方さんだった。


「……既に政府は動いています」

「浄御原と政府が繋がっている、ってことか?」

「その線が濃厚です。予めこちらの動きを推測して、根回ししていたのでしょう。先ほど、玄関越しに知り合いの高官の姿を見て確信しました」


 機構は、政府から煙たがられている。

 今回の一連の騒動をきっかけに、本格的に潰しに掛かっているということだろう。

 だがそれ以前に、俺には一つ大きな疑問がある。


「なぁ。単純なこと聞いていいか?」

「何でしょうか?」

「さっきから言っている〝政府〟って、誰にとってのどの世界線のものなんだ?」

「そうですね。まず世界線には、2種類あることはご存じですか?」

「いや、知らん」


「一つは〝メジャー〟と呼ばれる本流となる世界線。そこから派生した、その他全ての世界線を〝マイナー〟と呼びます。此方は謂わば傍流ですね。職員以外で機構へ直接的に干渉が許されているのは、本流の政府だけなんです」


「ちょっと待ってくれ! それぞれの人間に、それぞれの世界線が存在するんじゃないのか?」


「マイナーに関して言えばそうです。しかし、メジャーは全ての人々にとっての基準のような存在です。基準とはつまり本来のあるべき姿ということ。メジャーは全ての人々の本流であり、なのです」


、ね……」


「本流は、どの世界線よりも優先されます。元々、機構が設立された理由も、傍流の歪みから本流を防衛するためですから。それ故、機構の職員になるためには、本流の人間であることが絶対条件です」


「……となると、俺はどうなんだ?」


「残念ながら、あの通り重要なデータは全てあちらに握られてしまっています。ですので、あなたが本流の人間であるかどうかは、現状判断できません。申し訳ありません……」


 久慈方さんは、申し訳なさそうに俺の質問に答える。

 まぁ、例え判断できたとて、その答えを知りたいかと問われれば返答に困るが。


「なるほどね。じゃあ今回首を突っ込んできたのは本流の政府ってわけか」

「そういうことですね」

「そもそも、どうして政府はそこまで執拗に機構を潰そうとするんだ?」

「予算の面での問題もあると思います。ですがそれ以上に、機構と政府との間には深い因縁があるんです」

「というと?」


「元々、当機構は国際機関でした。しかし、世界人口の増加に伴い、一組織で統括することが難しくなりました。そこで一度組織を解体し、各国が当機構のような特別法人を設立することで、それぞれの国がそれぞれの国民のみを、管轄することになったんです」


「なるほど」


「そこで、初代理事長が各世界線の一次元上の空間に機構本部を設立しました。理由は、全ての人々の〝可能性〟を統括する機構が、世界線の歪みの影響を受けてしまえば、国の統治能力すらも失いかねないと考えたからです」


「何だか核シェルターにある軍事司令部みたいだな」


「それに近いかもしれませんね。そして、それが結果として機構と政府との深い溝を生む原因になるんです」


「どういうことだ?」


「先ほど申し上げた通り、機構は絶対不可侵とも言える領域にあり、外部に公開できる情報も限られたものとなります。そのため、政権の中枢にいる人間でさえ、私たちのことをよく知らないくらいなんです。それを昔から危険視されているというわけです」


「そう言われると無理もない気がしてきたな」


「もちろん、私たちに疚しい気持ちは一切ありません。職員は純粋な気持ちで、各世界線の治安を守るために、毎日頑張ってくれています。でも、残念ながら政府はそのことをよく理解してくれないんです」


 政府の言い分も分かる。

 こう言っちゃなんだが、口でならいくらでも言える。

 皆が皆、久慈方さんのような人であれば問題ない。

 だが、情報を透明化する必要がなければ、そこに付け込もうとする輩も少なからずいるはずだろう。


「なるほどねぇ……。でも、今回は向こうのマッチポンプみたいなもんだろ?」

「そうですね。ですが、こちらもを出している以上責任は免れません」

、ね」

「はい。恐らく政府の方針は決定しているはず……。元々、機構の存在など人々にとってはあってないようなもの。それらしい大儀名分さえあれば、閣議決定など下すまでもなく、一部の政権中枢の判断で簡単に解散へ追い込むことが出来るでしょう」

「話だけ聞いてると、もう絶体絶命だな……」

「否定はできません。ですが、それでも……、それでも機構は人々にとって必要な存在ですから! 私は理事長として変わらず機構の必要性を主張していくつもりです!」


 浄御原に裏切られ、他の職員の多くも政府の手に落ちた。

 それでもなお、組織の存続を懸けて戦う姿勢を崩さない彼女は、率直に強い人だと思った。

 しかしそれ故に危うさも感じてしまうのは、やはりこれまでの経験によるものか。

 嫌な人間になったものだ。

 反応に窮する俺に対し、久慈方さんは深刻な表情で問いかけてくる。


「あの、どうかされましたか?」

「いや、てっきり少しはへこたれているもんだと思っていたからな」

「……そりゃショックではありますよ。ただ、彼女にもきっと何か理由があると思うんです。それが私に関することであれば、私もまた裁かれなければなりません」


 もし、久慈方さんのような清廉潔白な人が、あの時会社のトップだったら俺はどう変わっていたのだろう。

 再び黙り込んでいた俺を見て、彼女は心配そうに顔を覗き込んできた。


「その、どうしました?」

「いや、久慈方さんは理想の上司だなーって思っただけだ」


 俺がそう言うと、彼女の顔はみるみるうちに赤くなった。


「何ですか、こんな時に! 揶揄ってるんですか!?」

「いや、割と本気だぞ」


 更に赤くなった彼女の顔は、茹蛸状態となった。

 あまり褒められ慣れていないのだろうか。


「まぁ、こうなった以上最後まで協力はさせてもらうよ。力になれるかは分からんが」

「はい! ありがとうございます!」


 さて、浄御原。

 部下の立場を慮り、孤軍奮闘している久慈方さんをここまで振り回して、お前は今どんな気持ちなんだ?

 お前はどこまで俺を苦しめれば気が済むんだ?




「あの……、理事長ですか?」


 俺たちのいる林道の木陰から、しゃがれた声が聞こえた。

 声のする方へ顔を向けると、草臥れた表情の男性が立っていた。

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