プロローグ そのよん
「今日もいいお天気だなぁ」
馬車は再び街道を行く。
オレンジのポニーテールが馬車の振動に合わせて揺れている。御者のナギ・タタラは、両手を広げて大きく伸びをした。
ふと、上着のボタンを外してペンダントを取り出す。紫の輝石は今は輝きを失っている。
「また無理させちゃったな」
シダラの事を想う。あの紫電の魔法は、人間を越えた力の行使だ。いくら彼が特別だからって、無茶をしてほしくない。でも、これは彼が望んだことだ。抜き差しならない状況に置かれたとき、彼はいつだって迷わない。自分にとって大切なことに、全力で手を伸ばす。今回もその一例に過ぎない。そういう人だと、わかっている。
「ぱぁぱ」
唐突にホースラディッシュが鳴いた。前を歩きながら、鼻を持ち上げている。ナギは少し優しい気持ちになった。
「気にしてくれてるの? 優しいね」
「ぱぉ~」
ほーちゃんは鳴き声と共に持ち上げた鼻を戻した。
言葉がわからなくても、通じるものがあるのか。それとも、本当は言葉が通じているのか?
そんなことを考えているうち、悩みごとも忘れてしまいそうになる。きっと、それでもいいのだ。今は悩んでも仕方がないことだと、自分に言い聞かせる。
「よーし、次の街までレッツゴー!」
「ぱぁーぽ!」
元気な号令を受けてホースラディッシュが少しだけ速度を上げると、ナギは楽しそうに笑った。
……その様子を、幕の間から覗いていた三人。首を馬車に引っ込めると、シダラは不思議そうに首を傾げた。
「なんか元気じゃね?」
「ま、別に戦ってなかったし」
「おめーもほとんど何にもしてなかっただろ」
レイドの頷きにシダラは苦言を呈する。
「居眠りレイド」
「ゴメン☆」
アコも便乗して悪口を言った。本当のところ、レイドは夜の番をしていたので、日中眠ることはさほど不自然ではないのだが。この口の利き方が、神経を逆なでする。
いつか二人に手を出される前に、レイドはその場を離れて、馬車の後ろの壁にもたれかかった。二人は息を吐いてそれを見送った。
「ところで、シダラ。今回の件、例の魔法を使う必要があったのかい」
「なんだと?」
唐突にレイドが問いかけるので、シダラは驚いた。
「
場が凍り付く。目を逸らしていたリスクを指摘され、シダラは固唾を呑んだ。
「仕方なかっただろ。これが一番確実な」
「彼等にそれだけの価値があったのかな?」
レイドの冷たく鋭い言葉が、シダラの甘い口実を切り裂く。
「お人好しの君だから忘れているかもしれないが、彼等は僕たちを襲った盗賊だよ」
「そんな言い方ないよ。あの人たちなりに、苦労してたんだから」
見かねたアコが口を挟んだ。彼女がシダラの肩を持つのは珍しい事ではないが、今はウォーリーの事を案じていた。口下手な彼女が身内以外の人間を気にかけて声を上げるのは珍しい。ところが、レイドは間を置かずに彼女の甘い言葉を一蹴する。
「それが何の関係があるというんだ」
怯んだアコに構わずに、真っすぐにシダラを見据えた。
「いいかい、
口調は変わらず爽やかなものだったが、その言葉はいつもの上辺だけの軽薄さではなく、本質を突く鋭さがあった。軽率に反論できず、シダラは押し黙る。空気に耐え切れず、アコは尚も口を開く。
「止めてよ、レイド。そもそも、私やレイドがあの巨人を倒せていればよかったのに」
「僕たちが弱いからあの魔法を使ったとでも言うのかい。
レイドの瞳が鋭さを増した。帽子の影の中で、瞳の光が無礼者を獲物として捕らえている。アコは失言に気が付いて目を逸らす。
「よせ、二人とも」
仲裁に入ったシダラは、ため息とともに言葉を続ける。
「認めるよ。今回は俺の見通しが甘かった。昨日無理してでも巨人を仕留めておけば、こうはならなかったかもしれない。だがな、レイド。俺は、紫電で人を助けたことを、後悔はしない」
「君の
シダラは頷いて、静かに、でも力強く言う。
「これが俺だ」
レイドは真っすぐシダラを見返していた。しかし、やがてふっ、と、薄く笑って目を伏せた。
「まあ、だからこそ。僕たちがいるんだけどね」
その言葉を最後に、レイドは口を閉じた。それから間もなく、寝息を立て始める。
「寝やがった。マイペースな奴……」
言いたいことだけ言って寝息を立てているレイドに、シダラは愚痴を漏らした。
「シダラ、その……うぅ」
何か言いたげで、上手に言葉にできないアコの頭を撫でてやる。結局アコは何も言えず、俯いて頭を撫でられていた。
今から100年前、突如出現した魔物の存在により、世界は変革を余儀なくされた。
しかし。世界はそれよりずっと前から、歪んでいる。
神が作った大地を支配した人間。平和を維持するための歯車を、少しずつ、少しずつ。自らの手で狂わせていることに、気が付かない。
この男、シダラ・レア。
失われた古代の魔法、『紫電』を扱う魔導士。
そして、彼を慕う仲間。ナギ、アコ、レイド。
馬車は世界を旅する。旅人達は、やがて自らの運命を知る。
この物語は、世界と彼等が織りなす冒険譚である。
『しだらでん』……はじまり。
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