しだらでん

レンズマン

プロローグ 馬車と紫電

プロローグ そのいち

 街道を行く馬車に温かい日差しが降り注ぐ。

「いいお天気だなぁ」

 手綱を握るナギ・タタラは、緩み切った表情で前を見つめていた。オレンジの髪を一つ結びにしたポニーテールが馬車の振動に合わせて揺れる。着用している上着は、上下と左右に一つずつ計四つのポケットがついていた。また、ズボンにも二つのポケットがあり、さらに小さな鞄を背中に背負っている。何をそんなに持ち歩くことがあるのだろうか。あくまで服装に機能性を重視する彼女は、こう見えて商人だった。

 ところで、彼女の手綱の先、馬車を引くのは馬。……ではない。

「ほーちゃん、疲れてないかい」

「ぱぱお」

 伸びきった声をかけると、同じく呑気な返事をした。仲間たちからほーちゃんと呼ばれるこの動物は、馬と言うには体が丸く、象と言うには体が小さい。特徴的な平たく長い鼻はやはり象のようでもあるが、水を飲むために使っているのを誰も見たことがない。わかっているのは草食であるという事と、まあまあ馬力があるという事。商品や生活用品など多くの積み荷と四人の人間を収容できる馬車を一頭で率いている。

 呑気に歩くこの動物は、仮にホースラディッシュという名前を付けられている。馬車を引く馬と、ラディッシュと言う丸っこい野菜を掛け合わせたネーミングだった。

「お前が何か分かんなくても、可愛いことに変わりはないけどねー」

「ぱぱぁお」

 人間の言葉をどこまで理解しているかわからないが、仲間たちが声をかけるととりあえず返事をしてくれる。それがこいつの可愛いところの一つだった。

 穏やかな風が吹いた。風に揺られて木々がざわめく。ホースラディッシュのたてがみがフサフサと揺れた。


 馬車の中はカーテンと窓を抜ける太陽の光が薄明るい。ホースラディッシュが一頭で引く馬車は大きく、成人男性が立ち上がっても頭を打つことは滅多にない。生活用品や薬草、骨董品などの商品が所狭しと収納されている空間の中で、三人が身体を休めていた。

 茶の髪の男が右膝を曲げ、反対の左足を伸ばして座っている。その伸ばした足の腿を枕にして、褐色肌の少女が同じように眠っていた。そんな二人の向かい側、壁にもたれかかって俯いているのは屋内にも拘らず幅広の帽子をかぶっている剣士だ。微動だにせず、しかし立ったままの男は眠っているのか定かではない。

 すると、眠っていた褐色肌の少女が目を開き、くんくんと鼻を鳴らす。素早く体を起こすと、切り揃えられた黒い髪が揺れた。

「どうした」

 少女に膝を貸していた男が反応した。皮鎧とマントを装備した男は、傍らの杖も併せて魔導士であるように見える。

「鉄の匂いがする。足音も。盗賊かもしれない」

「僕が行こうか」

 向かい側に一人で立っていた剣士が口を開いた。幅広の帽子の下の表情はうかがえない。腰にぶら下げている剣には無数の装飾が施され、差し込む日に反射して怪しく光る。

 剣士の声掛けに茶髪の魔導士は首を横に振り、傍らの杖を手に取る。揺れる馬車の中で立ち上がった。

「一応交渉してみる」

 少女が彼の名を呼んだ。シダラは彼女の不安を拭うために優しく頭を撫でてやると、少女は目を瞑ってソレを受け入れた。幸福感に口元が緩む。ふと目を開くと、向かいの剣士と目が合った。彼は日焼けの無い色白の肌をしていて、美男子と呼んでも差し支えないほどに整った顔立ちをしていた。そんな彼は目を閉じて大げさに首を振って、甘えたがりな少女を揶揄うので彼女は眉間に皴を寄せて抗議の視線を向けた。

「二人とも備えておけ。出番が来たら呼ぶ」

 リーダーの声かけに仲間たちは頷く。

 少女が一歩身を引いて、剣士は魔導士の背中を見送る。魔導士がカーテンに手をかけて陽の光を浴びる。彼の茶の髪が陽の光を浴びて赤い色素を浮かび上がらせる。紫の瞳が陽光を吸い込んで輝きを放つ。


 幕が、開いた。


 ☆☆☆☆☆


 しだらでん プロローグ 『紫電の魔法使いと愉快な仲間たち』


 ☆☆☆☆☆

 

「……というわけで、身ぐるみ剥がせて頂きたく……」

 両手でゴマを擦るような仕草をしながら、盗賊頭は無茶な要求を申し上げる。相対したシダラは大きなため息をついた。

 ちらりと、周囲を伺う。賊は馬車を取り囲むように陣取って、見える範囲だけで4人いる。装備は汚れているが、ブロードソードや金属の鎧など、盗賊にしてはかなり良い身なりをしていた。交渉を行っている恐らく頭に至っては、フルフェイスの兜まで着用している。

 輓獣のほーちゃんはというと、屈んで口を地面まで近づけて呑気に道草を食べている。やはり鼻は使わない。 

「懇切丁寧に言われてもな」

「イヤイヤ、そちらは様でございましょう。の身分としましては、後のこと考えてお顔を立てておきたいわけでございまして」

 そう言うと、彼は兜を外す。チョビ髭を生やした初老の男。鉄の面に隠れていた素顔はヒトと大差なかったが、頭に二つの角が生えていた。

 シダラは相手の言う通り角を見てから、その表情を伺う。笑みを浮かべてこそいるものの、油断はない。いつでも襲い掛かる気構えで、こちらに怪しい素振りがあれば即座に剣を抜くだろう。観察するシダラの細い目は目つきが悪く、威圧感があった。

「身包み剥いだ相手に後で許せは無理だろ」

「はひゃひゃ、確かに。……で?」

 わざとらしく笑った後、彼の声のトーンが落ちる。目元はまだ笑っているが、開いた口が小さくなった。

「覚悟はできまして?」

 周囲の盗賊たちが一斉に武器に手をかけた。緊張感が高まっていく。次のシダラの返答次第で、襲い掛かるつもりだろう。彼らは心の中で無力な商人一行をあざ笑う。魔導士が一人。どれだけの実力か知らないが、囲んでしまえばこちらのもの。さっきまで手綱を握っていたあの若い女商人はよほど世間知らずだったと見える。このご時世で剣も使えない護衛を雇うなんて。今頃立派な馬車の中で震えている事だろう。何も知らない彼らの思惑通り、魔導士は逡巡の末頷きを見せた。降伏を示す意思表示に喜ぶ盗賊たちだったが、彼は不思議な言葉を呟く。

「ああ。……!」

「アコ? なにそれ」

 盗賊頭が疑問を呈するのと同時に、強い風が吹いて気が剃れる。それは偶然のタイミングであったが、にとっては文字通り追い風になった。

 何か黒い影が視界の端を通った気がした。しかし、その正体に気付いた頃には、もう遅い!

「ンゴッ!?」

 顎に強い衝撃を受けて頭が一瞬大きく仰け反り、脳が揺れる。そのまま意識を手放して、膝から崩れ落ちてしまった。

 盗賊頭を倒したのは、褐色肌の少女だった。薄い布の服と下履きを着用しているが、袖と裾をまくって肌を多く露出している。顔は幼いながらも戦いに対する迷いはなく、黒い髪は短く切り揃えられている。腰には短刀が二本、革製の鞘に収まっている。

 馬車から飛び出した少女は跳躍と共に右腕をまっすぐ上に伸ばして、ジャンピングアッパーカットを繰り出した。それから、怒りに燃える瞳でシダラを見る。彼女の苛立ちに揺れる心を制するため、彼は薄く微笑んだ。

「俺は良い名前だと思うぜ、

 ニコッ! 名前を褒められてアコは笑顔を浮かべる。それから、油断なく残る敵へ意識を戻した。

「か、かかれぇーっ」

 頭が倒されて動揺した盗賊達は、そのうちの誰かが慌てて出した号令に従ってシダラとアコに襲い掛かる。統率も何もない攻撃だが、数に任せて押しつぶすつもりだ。

「こっちは気にするな。暴れてこい!」

 命令を受けたアコは弾かれたように飛び出して、近くの敵に突進する。敵は予想以上の速度に驚いて慌てて剣を振るった。アコはのろまな剣を無視して後ろに回り、その背後で油断していた別の敵に攻撃を仕掛ける。目にも止まらぬ速さの短剣が肩に深く突き刺さった!

 一瞬で背後に回られたことに驚きながらも、先頭の盗賊は司令塔である魔導士に襲い掛かった。反対側に居た仲間も同時に攻撃を繰り出して、獲物に対して挟撃する形になる。だが、その時にはシダラの口が動いていた。

「“疾風よ、集いて敵を薙ぎ払え”。ワールウィンド!」

 前後から迫る敵に対し、自分の体の向きを調整して左右とする。目に見えるほどの魔力を帯びた風が緑色の光を纏って、シダラの左右後方から前に交錯するように吹きつける! 敵の配置と接近するタイミングに合わせた迎撃は功を成し、二人の盗賊はまとめてシダラの前方へと吹き飛ばされ、森の木や地面に叩きつけられた。うめき声をあげて苦しむ彼らが顔を上げると、眼前にアコが迫ってる。アコは素早く刃を突き立てて、一人、二人と、次々に敵を無力化していく。そのまま怯えている三人目に攻撃を仕掛けようとしたところで、アコは何かに気付いて振り返り叫んだ。

「7時から火矢!」

 シダラはアコの声を聞いて、馬車に向かって声を張った。

、出番だ!」

 馬車の後ろの幕を開けて剣士が飛び出した。幅の広い大きな帽子と、帽子に飾られた薔薇が印象的だ。陽の下に飛び出した瞬間、彼の眼前に火矢がある。剣士は帽子の鍔で目元を隠しながらも、口元の笑みを隠さない。右手に握るのは柄に宝石飾りをあしらった華美な剣。その刀身は二等辺三角形の薄い剣で、それを信じられない速度で振りぬくと火矢を両断した。

 レイドは身を翻して空中を舞うように回転し、華麗に着地する。そして、太陽を仰ぎ見た。

「太陽の光が、僕の美しい剣技を照らしている」

 だ、誰に言ったんだ!? 木々の間の影で狙撃手は心の中で叫んだ。火矢を放ったのは彼女だったが、飛び出してきた剣士レイドの信じられない技量に度肝を抜かれている。

「もちろん、君さ」

「え」

 大袈裟に全身を回してから、隠れている狙撃手めがけて剣先をピタッと止める。次の瞬間、レイドは走り出した。

 格上の剣士に狙われて狙撃手は悲鳴を上げて逃げ出した。弓を手に持ったまま、森の木を盾にして慌てて距離を取る。

 ズバッ! 姿を隠すのに利用した大木に、斜めに光がはしる。その軌跡に沿って幹がズレていくと、大木はあっさりと切り倒されてしまった。その先には、剣を回してポーズをとっているレイドの姿。顎を反って相手を見下すと、睫毛の長い整った顔が見えた。

「逃げられないよ、僕からは」

「ま、参りました……」

 これだけの実力差を見せつけられば、戦う気力も失せる。狙撃手はあっさりと降伏を宣言し、武器を置いた。


 戦闘開始から間もなく、アコを主力としたシダラ一行は盗賊たちを瞬く間に殲滅していく。時を置いて馬車の幕からナギが顔を出す。 馬車の近くに陣取って全体を見ているシダラに声をかけた。

「終わった?」

 彼は頷きを返す。

「アコちゃんは?」

 シダラの視線の先にいるアコは、火矢が飛んで来て攻撃し損ねていた最後の一人の胸倉を掴み、激しく揺すっていた。背の低い彼女が身体を持ち上げたところで宙に浮かない。膝立ちの敵は激しく首を揺すられて涙目になっていた。

「ああああっ、降参降参! 降参するから揺らさないでぇ、ヴォエ」

 どさっ! 急に手を離すと、顔面蒼白の男は地に伏した。首と脳に甚大なダメージを負い、白目を剥いて涎を垂らしながら僅かに痙攣している。

「か、片付いたみたいだね」

 惨状を目の当たりにして、ナギは表情を引きつらせる。彼女の言いたいことはわかるが、とりあえず死者ゼロで鎮圧したことでシダラは良しとした。……加減を教えてやる必要はあるかもしれない。


 その時、アコが何かを感じ取って慌てて振り返り、火矢が撃たれた方角を見上げた。

「シダラ、魔物が来る!」

 その忠告から間もなく地響きが鳴り響く。地震と錯覚する大きな衝撃は、大きな魔物の足音だ。

 森の木々より頭一つ大きい身体が、半透明に透けている。こちらに近づくにつれて身体は少しずつ姿をはっきりと現して、その正体は巨大な一つ目の巨人だった。雑草をかき分けるように、木々をどかしてこちらに近づいている。

 巨人から逃げるように、同じ方角に居たレイドが森から飛び出した。右手で帽子を押さえ、左手は狙撃手の襟を掴んでいる。

「驚いた。あんなに大きいのに、姿なんて。魔物って、本当に厄介だよね」

 言いながら狙撃手を解放する。襟を掴まれて喉が閉まったせいで咽ていたが、すぐに声を張った。

「あ、あんなに大きな魔物、見たことがない。みんな、逃げろ!」

 狙撃手が言うと、盗賊たちは我先に逃げ出していく。その時、アコに顎を殴られて気絶していた盗賊頭も目を覚まし、慌てて駆けだした。

 そこへ、巨人がこの場へと到達した。彼は逃げ出す盗賊たちを見て、口端を釣り上げて下品な笑みを浮かべる。そして傍らに生えていた木を片手で引き抜いて軽く放り投げた。彼にとっては簡単な動作だが、そのパワーは見た目相応、ひょっとしたらそれ以上で、重い木が山なりに飛んでいく。

「うわぁ!」

 巨人が放り投げた木は盗賊たちの目の前に降ってきて、逃げ道を塞いでしまった。

「不用意に動くな! 散会しつつ、木の影を使って視線から逃れろ!」

 盗賊頭が慌てて部下たちに指示を出した。彼の指示に従い、部下達は散らばって巨人の視線から外れていく。

 部下たちが離れていくのを見て頭も逃げ出そうとした。敵対するシダラ達はそれを引き留めようとはしなかったが、それでも彼は足を止めてしまう。

「うっ……」

 頭上に影が差し込んでいる。見上げれば、眼前に巨人が迫っていた。自分の五倍以上の身長の巨人は、自分の影の中で怯えている矮小な存在を見て笑っていた。

「ナギ、いつでも逃げ出せるように手綱を握っててくれ」


「うん!」

 ナギは荷台の前、御者席に腰を下ろすと緊張した面持ちで手綱を握った。ホースラディッシュは巨人におびえて身を丸くしている。そんな彼の背に、手綱はパシッ、と乾いた音を響かせて、背中を叩く。

「起きて、ホースラディッシュ!」

 喝を入れられ、ホースラディッシュは気を持ち直し、すくっと立ち上がって前を向いた。

「アコ、レイド。やるぞ!」

 シダラは杖を構えて気合を入れる。彼の元へアコ、レイドが駆け付ける。

「仕方がない」

「やる気無いならあっちいって」

 マイペースなレイドと、彼に辛辣なアコ。

 レイドは幅の広い帽子を上げて視界を確保し、アコは姿勢を低くして攻撃の用意をした。

 巨人がまた、傍らの木を抜く。彼の視線がこちらに向いているのを確認すると、シダラが声を張る。

「レイド、方陣! アコ、足から登れ!」

 アコが駆け出すと同時に、レイドが剣で地面を一凪ぎする。目にも留まらぬ速さの斬撃は、地面に広く斬れ跡を残す。

 準備を終えたレイドは、剣を後ろ手に回し、帽子を下ろすことで目線を隠す。この所作に深い意味は無く、ただのかっこつけだ。

 呟きと共に、白い半透明な壁が地面の斬れ跡から伸びて、障壁となった。障壁は、巨人の木の棍棒の一撃を防ぐ! 衝撃を受け止められ、巨人の顔に戸惑いの表情が生まれた。

 その間に、シダラは呪文の詠唱を終える。魔力を高め、精霊へ敬意を払い、最後に術の名前を言い放つ!

「“烈火よ、矛先に飛翔せよ”。ファイアアロー!」

 杖の先端が輝くと、装填された魔力を基に、目には見えない精霊が力を形作る。

 矢のように素早い炎の玉を飛ばし、着弾地点を焼き尽くす魔法だ。普通なら掌大の大きさの球を放つが、魔力を込めることで二、三倍まで大きくすることができる。シダラは詠唱が速く、その分魔力を込める時間も確保できている。実際にこの火球は、両手を大きく広げたほどの大きさに成長していた。

 狙うは巨人の顔、大きな目玉。狙ってくれと言わんばかりのその部位を、シダラは弱点であると予想していた。

 左腕と木の棍棒をすり抜け、眼球に迫る。ところが、大岩のような巨人の右手が火球との間に入ると、いとも簡単に叩き落されてしまった。

「そんな、あんなに大きな火球をいとも簡単に」

 盗賊頭の顔が青ざめる。少し前まで敵対していたが、今となってはシダラ達が頼みの綱だった。

 一方、攻撃が通用しなかったシダラには焦りの色が見えない。そして、巨人は異変を感じて自分の左足を見た。

 アコが足を。両手の短刀を交互に刺して、腕の力だけでクライミングをしている。

 瞬く間に膝を越え、腰に迫ろうとしている。巨人は慌てて左足を振るい、それでも落ちないアコを手で払い落とした。アコは直前で距離を取って攻撃をかわす。

「行けるか?」

 シダラは傍らの剣士に声をかける。

「勿論」

 剣士は深く帽子を被る。視野をあえて狭めることで、集中力を高めているのだ。右腕で構えた剣を前に向けて、膝を曲げ、腰を落としている。帽子の影の中、鋭く光る瞳が獲物を見据えていた。

「“我が剣の”」

 溜めた力を解き放つ。彼が走り出すと、その衝撃で突風を巻き起こした。

 巨人はアコを追い払うために、左足を上げた。直前にアコは残像を残して素早く離脱する。

 そこへ、風を纏った剣士が走る。レイドが狙うのは、片足を持ち上げて全体重が乗せられている

 最後の踏み込みと同時に剣を前に突き出し、一足で巨大な足の向こう側を目指す!

「“煌きを見よ”」

 光の閃が、巨人の足をはしった。巨人の後ろに回ったレイドは剣を振り回している。そして、その剣の動きが止まると同時に、巨人の足が斬撃によって切り落とされた!

 巨人は悲鳴を上げ、斬り落とされた右足に体重を寄せて倒れてしまう。レイドは、自身の剣技に満足し、微笑んでいる。

 この男、レイド。向かうところ敵なしの無敵の剣士。美しく鋭い剣技を持つ。難点はこの性格。彼は、生粋のナルシストであった。

「頃合いだ、ずらかるぞ!」

 シダラの号令が聞こえて振り返る。レイドは、このまま戦い続けてトドメを刺すつもりだったが、リーダーの指示に従って彼等の元へ駆けつける。

「アコ、そいつ拾え」

「のああっ、な、何を」

 金属鎧を着た男性をいとも簡単に持ち上げると、アコは馬車の荷台に飛び込む。その後にシダラ、レイドが続いた。

 その間に、巨人は身じろきを続けている。それを見続けていたナギは、異変に気が付いた。

 切り落とされた巨人の足、その断面から管のようなものが伸びていく。それはやがて、同じく本体の断面と結びつくと、接合しようと互いの距離を近づけていった。

「い、行くよ!」

「ぱぱーぁお!」

 ナギに手綱でたたかれたホースラディッシュは雄たけび一つ上げて、勢いよく走り出す。馬車を引きながら大きく弧を描き、進路を反転すると大急ぎで巨人から離れた。シダラが馬車の後部に移動し、幕の隙間から顔を出して、外を見た。その頭の上にレイドが顎を乗せ、さらにその上にアコが頭を乗せた。

 三人は立ち上がっていく巨人を見た。信じられない再生力に、三人は驚く。

「逃げてよかった」

 シダラは安堵の声を漏らした。

「別に僕が斬ってもよかったんだけどね」

 レイドは己の剣技に酔っている。

 そして、何も言わず巨人を見続けているアコ。二人が後ろを見に来たので、なんとなく見に来ただけだったりする。

 ……再生力に驚いたのはシダラだけだったかもしれない。

 そんな三人の背中を見ながら、浮かない表情をしている人物が一人。

 盗賊頭が握る拳に思わず力がこもる。シダラだけがそれに気づいていた。

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