第8話 軍師、姉妹を召喚する

「ありがとうございます! 私達を守ってくださって」

「ありがとう、お兄ちゃん!!」


 傭兵に絡まれていた親子は、去っていくアキトに何度も頭を下げる。


「よくやってくれた!!」

「あいつらのあの顔、見たか?!」


 人々からアキトたちに喝采が浴びせられる。人々は皆、リボット家を恨んでいたようだ。


 アキトは刀を鞘に戻し、スーレのもとに戻る。


「戻ったよ、スーレ」

「すごい……あんなにたくさんの兵隊さんを。アキト、とっても強いんだね」


 スーレは驚いたように、アキトを称える。


「一人じゃさすがにきついよ。リーンとベンケーのおかげだな」


 アキトはそう言ってスライムのリーンを抱き上げた。


「私などは何も……」


 リーンは嬉しそうにアキトの胸の中で、身をくねくねとよじらせる。


「おいおい、そんなはしゃぐなって」

「ねえ、アキト。わたしにも抱っこさせて!」

「おう、いいぞ。リーン、スーレに挨拶だ」


 リーンはアキトの言葉通り、スーレの胸元に飛び移った。


「わあ、ぷにぷにして気持ちいい!」

「喜んで頂けたようで何よりです、スーレ様!」


 スーレはリーンに頬を擦り寄せ、そのひんやりとした感触を楽しんでいる。

 一方のベンケーは子供を頭に乗せたり、腕で持ち上げたりしてで大忙しのようだ。


 このアルシュタットの街で、早くもアキト達は人気者となった。


 そんな中、大司教一人だけが複雑な表情を見せながら、アキトを称えた。


「……よくやってくださいました、アキト殿。今までは誰も、彼らリボット商会に逆らえませんでした。皆も気が晴れたことでしょう」

「いえいえ、当たり前のことをしたまでです。彼らは法にも神にも背いている。そんなことより、大司教も気になされていることに対処しましょう」


 大司教がすっきりとしない顔なのは、アキトには良くわかったのだ。


「ははは、ワシの考えていることが分かりますかな、アキト殿?」

「年を取られた方ほど、思慮深いものですので」


 大司教は、リボット商会の報復を恐れていた。

 それは大司教が、リボット商会を良く知っていたからだ。


「お恥ずかしい話だが、ワシは年を取らないし、賢くもないのです。何より、思慮深ければワシも爺も、リボット商会をこの街には入れなかったのですから……」


 大司教はそう悔やんだ。


「過ぎたことを悔いても仕方ありません。大司教、今はリボット商会の報復を阻止しなければいけません。やつらは、今の一件で更に多くの兵を差し向けてくるでしょう」

「仰る通りだ、アキト殿」


 大司教は、リボット商会の頭目リボットという男の事をアキトに包み隠さず話した。


 リボットは大陸西岸、その北部の島ルディタニア出身の貿易商。 

 ……と言うのは建前で、魔物、人間、亜人を幅広く取り扱う奴隷商人だ。

 帝都の裏社会にもその顔はよく知られているという。 

 帝国領内では魔物以外の奴隷取引は禁止であったし、たとえ魔物を売買するとしても皇帝の勅許状が必要だった。


 リボットは一年前、衛兵が少ない、金もない……戦乱で喘ぐこの街にやってきた。

 そこでリボットは傭兵を雇って街の防衛戦力にすると申し出た。その見返りはもはや使われていない街の倉庫の使用権だった。


 スーレの後見人、マヌエル大司教と爺はまたとない申し出とリボットの案に飛びつく。


 だが、リボットは勅許状もない奴隷商人だった。帝国軍の目が届かず、商売がやりやすい場所。それがこのアルシュタットという街だったのだ。 


 街の人に気前よく金を貸しては、後で法外な利息を要求する。払えなければ、奴隷として連れ去っていった。


 防衛のためと呼んだ傭兵は、大半が昼から酒を飲んでいるような連中だった。街の女性に乱暴を加える者すらいた。治安維持をするどころか、悪化させる要因となったのだ。


 大司教と爺はすぐにここから出て行くように告げたが、リボットは、全く聞く耳を持たなかった。


 リボットは数百の傭兵を雇っているのに対して、アルシュタットの衛兵は千人。


 全てのアルシュタットの衛兵でリボット家と対立すれば、勝てそうに思えるかもしれない。だが、正規兵である衛兵は皆、偵察や防衛に手一杯であった。北魔王軍に備えるため、常に北の小さな砦に兵力を配備していたのだ。


 そのせいか、治安維持も碌に出来ない状態だった。


「そこで帝国軍の派遣と軍師を、都に要請していたのです」


 大司教は顔に後悔の念を滲ませ言った。


「そうでしたか。しかし誰も来ずと……」

「ええ、軍隊の方はそうでしょう。しかし、アキト殿。あなたが来てくださいました」

「私などお役に立てるか……いえ、最善を尽くします。大司教、傭兵は数百ということですね?」

「はい。およそ六百から七百といったところです」

「なるほど。それでは、こちらの衛兵ですぐに動員できるのは、何名ですか?」

「多くて……三百というところでしょうか」

「敵は倍。こちらの兵は戦い慣れしているかもしれませんが、戦力を増やしたいところですね」


 アキトは、先程爺からもらった石の入った袋を取り出す。

 恐らくこれは師駒石。師杖が使える者が来るまで取っておいたのだろうと、アキトは袋から石を取り出す。


「ここは、この師駒石を使わせてもらおうと思います」

「爺から預かった物ですね、少しお待ちを」


 大司教はそう断わって、神殿の中に行くと、小さな木の机を持って出てきた。


「アキト殿、この上で広げるとよいでしょう」

「ありがとうございます、大司教!」


 大司教にそう頭を下げて、アキトは袋から石を机に広げた。


「首飾り?」


 アキトは首を傾げる。二つの赤い師駒石が首飾りのように繋がれていたからだ。


「大司教、これは?」

「先代のアルシュタート大公の師駒であった者達の遺品です。立派な師駒石ですよ」

「やはりそうでしたか」


 しかし、何故首飾りにしているのか。いや、ただバラけないように、一つにまとめているだけかもしれないと、アキトは疑問を抑えた。


「これは有難い。赤の師駒は、ナイトが良く召喚される。先代とその師駒に感謝して、使わせてもらうとしましょう」

「この日のため、取って置いた師駒石。これを遺した皆も、喜ぶことでしょう」


 大司教はにっこりとアキトに微笑む。


「大司教、ありがとうございます。……では、行きます」


 アキトは赤い師駒石の首飾りの上に刀の柄を持ってきた。

 そして、その一つを柄でポンと叩く。まばゆい光を放つ二つの赤い師駒石。


「うん?」


 一つだけを叩いたはずなのに、二つの赤い師駒石が同じように光っている。

 アキトが首を傾げているうちに、辺りを包んだ光は消えた。


「二人……」


 アキトは、隣に立っていた者達を見て驚いた。


「見たこともない鎧ですな」


 マヌエル大司教は、二人を見てそう呟く。

 帝国では見られない風変わりで派手な鎧。

 だが、アキトには見覚えのある鎧だった。


「……大鎧か」


 アキトは、二人の鎧を見て呟いた。

 アキトの故郷、ヤシマの鎧。今では廃れた古い様式の鎧だ。しかし、何かめでたい日には、ヤシマの上流階級が今でもこれを身に着ける。その重厚な見た目にもよらず、騎射のしやすい構造となっている。


「ほう、某の鎧が分かりますか」


 紫色の大鎧を着た者が、高く澄んだ声で答えた。


「あなたがわたくしと姉様の、主人ってことですね」


 隣の赤い大鎧の者も、アキトに声を掛けた。


「いかにも。俺はアキトだ」


 アキトの言葉に、兜を背中に降ろす紫色の大鎧の女性。

 首の長さまで短く切りそろえられた黒髪と、紫色の宝石のような目。

 その白い肌は、ヤシマに伝わるヤシマ人形を思わせる。


「某は、タカマノシスイと申す」

「わたくしはタカマノアカネと申します」


 シスイに続けて頭を下げるのは、アカネと名乗る女性だ。

 アカネも兜を降ろしている。顔はシスイと瓜二つ。しかし瞳の色は、赤いルビーと見紛う色だ。

 その艶やかな黒い髪も、シスイと違い腰まで伸ばしている。


「しかし、まだ随分とお若い主人ですのね」


 アカネは頭を上げるなり、アキトをまじまじと見つめそう呟いた。


「見た目であれば、君らもそんな変わらないだろう?」

「青二才と侮ったわけではないのですよ。ただ、色々と楽しめそうと思いまして……」

「楽しめる? それよりも、なかなか立派な大鎧。思わず、見とれてしまったよ」


 だが、それに答えたのは、姉のシスイの方だった。


「さすがは我が主人! アキト殿、この鎧はな!」


 突如として、興奮するシスイ。鎧を自慢したかったのだ。


「はいはい、姉様。今は静かにいたしましょう。……申し訳ございません。姉はいつもこんな感じなので」

「い、いや、気にするな。すぐにまた声を掛ける。戦う準備をしといてくれるか?」

「はっ、かしこまりました。旦那様」


 アカネは深々と頭を下げて、シスイの手を引いていく。


「かくも重装のおなご達。アキト殿、中々の手練れを呼び寄せたのでは?」


 大司教はその長い髭を触りながら口を開く。


「はい。恐らくはナイトかポーンかと」


 アキトはそう言って、取り出した紙に師杖で触れる。

 大司教も興味津々のようで、その紙を覗き込む。


「ランクは、Cのようですな。クラスは……読めませぬ。東の大陸の文字ですかな」


 ランクと基本能力は帝国文字で記載されているが、クラスと技能が帝国文字ではなく大司教には読めなかった。


「ええ、これは東大陸の文字。それを少し変えた我が故郷ヤシマの文字です。クラスは、シスイが〝金将〟、アカネが〝銀将〟のようです」

「〝将〟? 将軍ということですかな?」

「ええ、そういう意味になります。ヤシマの師駒管理局が定めたクラスですね。帝国で言えば、ナイトにあたるでしょうか」

「ほう、素晴らしい」

「はい、まさかC級の師駒を二体呼び寄せられるなんて……」


 アキトは技能にも目を通す。シスイもアカネも共に、剣術弓術体術に秀でている。それば

かりか、周囲の味方の戦闘能力を上げたり、訓練することで他者の能力を大幅に向上させることも出来るようだ。


「隊長を任せられる人材だな……」

「遠かりし者、耳に聞け! 某の鎧は、ミカドより」


 スーレを始め、広場の群衆に語りかけるシスイ。

 よっぽど鎧を自慢したいらしい。

 赤面したアカネが必死に腕を引くが、シスイは聞く耳を持たない。


「変わった姉妹だ。それに、何故二つの師駒石がいきなり……だが、これで十分に戦えるぞ」


 アキトは新たに加わった二人の師駒を見て、そう顔を明るくするのであった。

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