第43話 三名の仕官希望者……これマ?
袁煕です。
ブラック企業勤務の経験が生きてしまっているのが悲しい限りだが、需要があるところに供給がもたらされるのは必然だ。
「顕奕様、次はこちらの市場価格調査にお目通しをお願いします!」
「明兎、それらは文机に置いておいてくれ。今はこっちの家畜数検査を読んでいるから、手が離せない! おのれ……どうしてこうなった……」
内政官を連れてこなかったことが災いしてか、まさにマオの手も借りたいぐらいには現場がテンパってる。
次々と運び込まれる竹簡や書類を横目に、俺は一心不乱に印を押していく。
バチコーンと快音が鳴り、扉が開かれる。
「顕奕様! マオはそろそろ我慢の限界ですよ!」
猫のような髪飾りを付けた俺の腹心が、柳眉を逆立てている。
「駄目だ。今俺が抜けると決済ができなくなる。今日は見逃してくれ」
「駄目の駄目のぷーですよ! 一か月前から同じこと仰ってるじゃないですか。マオはもうこれ以上看過できませんからね!」
アカンよな。知ってる。
でもこの後にも、その後にも、またまたその後にも予定がミッチリつまってるんだわ。
郭図に任せた田んぼを放置しておくのは自殺行為だし、郭嘉の下水工事も引継ぎの人材を当てないといけない。
軍関係は許攸と文醜に任せているので、視察するのは先に延ばしてもいいだろう。
「ならぬ。マオ、これは君命だ」
「はぅあっ! ぐぬぬ、そう申されたら返す言葉もありませんですよ……」
よよよ、と泣き崩れそうなマオを励まし、俺は再びハンコマシーンに変貌する。
「治水工事の予算増加の嘆願……よし。間伐の許可申請……よし。鳥獣被害に対抗する人員の増加……よしと」
トップが休まないと部下が早く帰れないってのは重々承知してる。
だが、ガチで生殺与奪の権利を持ってる身からすると、生半可な仕事はできんから、そこんとこは文官さんには諦めてもらうしかない。
「宴会の予算増額……会場手配に兵士動員……山海の珍味輸送……」
文官君、そんな済まなそうな顔せんでいいよ。
もう誰が申請者だかわかってるから。
郭図には空の盃でも送ってみたい。
荀彧君は察しすぎて自害してしまったそうだが、ボケ軍師は遠慮なく酒に使うだろう。もうかれこれ二年か。我ながら良く生きてると思うわ。
「顕奕様、仕官者の面接が迫っております。お支度をなさいませ」
「おっと、もうそんな刻限か」
すっかり忘れてた。
こう色々なイベントが増えると、どうしてもスケジュール管理に抜けが生じてしまう。マオや明兎も東奔西走して業務にあたってくれているが、もう少し人材を増やしてもいいかもしれん。
「よし、では参ろうか。できれば実務に耐えうる壮士が来てくれると嬉しいんだが」
俺は衣冠を正し、ちょびっと生えている髭を捩じって整える。
なんとなく情けないアクセサリーだが、逆に今では髭が無いと寂しいとまで感じてしまうほどだ。
――
城の中央にある執務室から出て、俺は面接会場に使われている広間へと向かった。
執戟郎に合図を出し、重々しい扉を開け放つ。
中には陳琳先生が居住まいを正し、拱手を以て出迎えてくれた。
「袁家ご嫡男。袁顕奕様のおなりにございます!」
流石竹林の七賢。貫禄は十分である。
一斉に面を下げる仕官希望者たちに、俺は精一杯の虚勢で言葉を紡ぐ。
「俺が袁顕奕である。袁家のために集まってくれて嬉しい限りだ。できうるならば、猛将賢人との深きよしみが結ばれることを願う」
「ははっ!」
希望者は三名だ。
見るからに戦働きをしますよっていう体のガチムチ君が一人。
そして郭図よりも兆倍は頭が切れそうな人物が二名である。
「それでは卿らの名を聞かせてもらえないだろうか。俺は堅苦しいのが苦手な不調法者でな、ささ、そちらの席にかけてくれ」
用意してあった喫茶机に案内をし、和やかに進行しようと努める。
マジレスすると、俺の襤褸が出ないように必死こいて考えた懐柔作戦なんだわ。
「さて、ではそちらの偉丈夫からお願いできるだろうか」
「はいっ!!」
声でっか。何デシベル出てんだこれ。
勢いで茶の容器がぶっ壊れそうだったが、まあそこは不問ということで。
「拙者、姓を魏、名を延、字を文長と申します!」
ぶっ。
鼻から茶柱が出たわ。
おいおいおい、何で荊州人がこんな冀州くんだりまで来てんだよ。劉表に仕えるんじゃないんかい。
「よくぞ袁家に来てくれた。その理由は後ほど訊ねるとして、先に残りの方々のお名前を頂戴しよう」
「了解でございます!!」
うっせえうっせえうっせえわ。
裏切るとか反骨の相とか以前に、声量をコントロールする方法を身につけてくれ。
「では、某からご挨拶申し上げまする。姓は陳、名は羣。字を長文でございます。些かながら政を学んでおりますので、お役に立てるかと存じます」
ごふっ。
口から茶葉がはみ出たわ。
えぇ……今劉備君は呂布魔人とドンパチしてるって聞いたけど……どうやってここまで来たし。
「恥ずかしながら玄徳公とは反りが合わず、さりとて呂将軍に降るほど落ちぶれてもおりませぬ。ならば運に身を任せてみようと思い至りましてな。こうして賽を振ってゆくべき場所を定めた次第でございます」
おらっしゃあああっ。リーチ一発ツモ、陳羣!
劉備陣営から逃げ出して、河北まで来たっていう、この偶然に乾杯だ。
「じゃ、じゃあ最後の方……は……」
「はっ、私は陸、名を駿。字は季才でございます……ゲホ、ゴホッ」
すっげえ死にかけてる。
顔が土気色だし、手足も枯木のように細い。
一見してそこらの流民と大差ないように思えるが、目の光は衰えていないようだ。
「わ、私はご覧の通り病弱の徒でございまして……しかし、息子の遜と瑁は幼いながらも英傑の器であると信ずるものです。どうぞ陸家をお召し抱えくださりますよう、お願い申し上げます」
「……すまぬ、ご長男のお名前はなんと?」
「遜でございます。字は伯言と申しまして――」
「採用」
「えっ!?」
「全員採用する。というよりむしろ俺の方が頭を下げて頼まねばならぬ立場だ。賢人を迎えるには相応の礼を尽くすのが道理であるしな」
「勿体ないお言葉……江南陸家は分裂し、存亡の危機にございます。救ってくださるならば、犬馬の労をも厭いませぬ」
ケツからやべえもんが出そうになったわ。
ガチャぶん回したら全部SSRが出たようなもんだよ。
それどころか、宝くじの一等前後賞直撃したレベルだ。
魏延、陳羣、陸駿(陸遜の父)……ちょっと綺羅星の如く人材が集まりすぎて、脳が処理しきれていない。
片付けてほしい案件や、任命したい位は数えればきりがない。
俺はこの幸福を噛みしめながら、少し汚れたケツを拭きに厠へと向かうのであった。
「顕奕様! マオがお拭きいたしますですよ!」
「……頼む、そっとしといて」
来てる。流れは来ている。
公孫瓚なにするものぞ。一気呵成に踏みつぶして進ぜようとの気迫とともに、俺は一生懸命厠でふんばった。
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