第18話 陣容決定

 郭図かくとの持ってきた人事案は博打の要素が多すぎた。

 考え自体は分かる。前線勤務の少ない将を起用し、練度を高めるという狙いがあるのだろう。

 しかし訓練に出かけるわけではない。戦に勝利するには持てる最大戦力を一気にぶつけ、敵の本隊を一気呵成に撃破するのが望ましい。


 目標を達成するには、顔良がんりょう将軍の突破力と張郃ちょうこう将軍の指揮能力が必要だ。

 兵站の維持には、高覧こうらん将軍の実直で勤勉な姿勢が求められる。


「若様、是非とも輜重隊は淳于瓊じゅんうけい将軍にお任せを。帝の信任厚く、西園八校尉に任じられている実績もございまする。本来ならば前線に出ていただきたいのですが、ここは一つ軍の心臓部を担っていただくべきかと」

「聞くところによると、淳于瓊将軍は酒色を好み、よく任務を失敗しそうになるそうだな。相手が賊徒とはいえ、公孫瓚こうそんさんに対する明確な楔となる一撃だ。万全の態勢で臨むのがよいだろう」

「むむむ……」


 何がむむむだ! とで言えと天の声が聞こえた気がする。

 侃侃諤諤かんかんがくがくの議論の末、概ね俺の案が通り、陣容が決定される。

 一刻はとうに過ぎ、諸将も待ちくたびれていることだろう。酒を出しておいたのは、それに手を付けるかどうか、そして飲んだとしても前後不覚になっていないかどうかを試すためのものだ。

 さて、結果はどうかな。


――

 ものの見事に二つに分かれていた。

 宴席もかくやと言わんばかりに飲みしばいてる武将と、酒には一切触れずにひたすら待機命令を遵守していた者。

 どちらが戦場で役に立つかは自明の理だろう。


「おかえりなさいませ若様。どうにも立場を弁えていない者がおりますので、念のために手勢を配置しておきましたッピ」

「張将軍の差配、見事なり。さて公則こうそく殿、貴君が推挙した人物は夢心地のさなかにいるようだが、これでも戦働きが十全に出来ると思うかね」


 審栄しんえい、淳于瓊などはすっかり出来上がっている。下品にも箸を両手で一本ずつ持ち、チンチンと器を鳴らしていた。その音頭に乗って、張南ちょうなん猛岱もうたいが踊りを披露している。

 これが袁紹えんしょうの前だったら即刻打ち首になっているところだが、今いるのはその息子の俺だ。きっと惰弱な総大将として舐められているんだろう。


「好きに酔わせておけ。今から呼ばれた者はこちらに来るのだ」

「ハッ」


 おい郭図。この惨状どうするんだ?

 武将は俺の案で進めるが、酔っ払った阿呆どもをきちんと処理しろよな。

 そう思って振り返ったら、郭図は大げさな動きで腹を押さえた。


「ややや、この郭公則、腹が急に痛み始めましたぞ! これは至急厠に行かねばなりませぬ。口惜しいですが、一時中座をお許しくだされ」

 俺の返事もろくに聞かず、郭図は脱兎の勢いで走り去っていった。仮病なのは百も承知だが、あそこまで堂々とされると逆に清々しいまである。


「張将軍、手勢に命じて酔っている者を他の部屋へ放り込んでくれ。それでは陣容を発表する」

 執務室で決めた通り、顔良・張郃・呂威璜りょいこう袁春卿えんしゅんけい・高覧・辛毗しんぴ陳琳ちんりんの従軍を命じた。追加で牽招けんしょうには伝令総括を任せることにする。


 特に顔良は張り切っていたようで、大好物の酒を目の前にしても、飲んだらおしまいだというブレーキを利かせていた。その自制心は大いに評価できるだろう。

 後世に猛将と称えられる人物は、ここ一番では勝負に勝つ性質を持っているようだ。


「顔将軍、呂将軍にはそれぞれ三千の兵を与える。先鋒部隊として武威を振るわれよ」


「張将軍には俺の側で全軍の統括を手伝ってもらいたい。見ての通り若輩者故、迷惑をかけるかもしれぬがよしなに頼む」


「袁春卿殿は私の近衛をまとめてもらいたい。同じ袁の血が流れる者同士、協力して事に当たろうぞ」


「高将軍の堅実さは皆も知っての通りだ。輜重隊を安心してお任せ出来るのは、将軍の実力を重視してのこと。重要な任務だが、是非とも完遂してもらいたい」


「辛毗殿には敵への離間、調略を担っていただきたい。本陣を落とす前にどれだけ兵力を分散させるかが鍵となるだろう」


「陳琳殿は建安七子として称えられる名文家であらせられる。その筆の力を以てして、兵士の士気を高め、敵の力を削ぐ檄文を書いてほしい」


 賊徒とはいえ気は抜けない。公孫瓚や曹操との雌雄を決するための、重要な戦だ。

 敵軍を分断し、猛将顔良と名将張郃の支援で各個撃破していく。焦れて出てきた本隊を討てれば上々だ。


「では各々、出陣の準備を抜かるなかれ。張将軍は戦まで私に戦術を教えてほしい。それから敵の根城と思しき常山付近の出身者を見繕い、地理の研究もせねばな」

「承知いたしましたッピ。敵の退路も考慮し、荊都や幷州の者も待機させるッピ。公孫の援軍が来る可能性もあるので、易京方面の田豊・文醜殿にもお伝えするのが得策ッピよ」


 わかったッピ。


「ではそのように書状を出そう。諸将よ、下がってくれてよい。今日はありがとう」

「ハッ、失礼いたします」


 俺は張郃だけを残し、作戦の大枠を固めることにした。

 張郃が提案するのは質実剛健で、安全な戦法だ。敵の小勢力を囲み、数的優位を保ちながら圧殺する。そして投降を促して袁家の軍を増やしていくという設計である。

 賊徒が即自軍に転換することはできないが、労役の代わりに兵役というのであれば喜んで従事するだろうとの読みもある。


 孫子の兵法では拙速は巧遅に勝ると書かれている。

 こちらの軍勢が大規模で準備を進めていることは、恐らく相手に伝わっているので、初撃で奇襲というわけにはいかない。これは大きな痛手だ。


 故に兵は詭道なりという格言を利用させてもらう。

 徹底的な離間とプロパガンタだ。

 陳琳の筆力を使い、味方には高揚効果のある激励の言葉を作ってもらおう。

 相手には張燕が如何に残酷で恨まれているか、そして仲間の命など屁とも思っていないかという内容を、極限まで煮詰めた文書として作成してもらう。


 辛毗に間者を用いさせ、兵の調練を仕上げている間に、黒山賊には疑心暗鬼の種を仕込んでおく。

 敵兵に偽装し、金銭奪取や不可解な命令、多数の怪我人を出させる。それによって、張燕への忠誠心を揺らがせていくのだ。 


 山岳地帯での戦いを考慮し、足場の悪い地形での訓練を積ませていく。平原での騎兵戦に持ち込めればほぼ勝勢だが、相手もそこまでバカではないだろう。

 山狩りともなれば、兵が駐屯するだけで国庫がゴリゴリ削れていくが、河北を手中にするには必要な経費と納得してもらうしかない。


 張燕を討つこと、そして兵士をゲットすること。

 これがこの戦の達成すべき任務である。


「けどなぁ……張燕ちょうえんって呂布に攻められても逃げきったんだよなぁ」

 諸将が去り、俺はマオと二人になった執務室で愚痴をこぼす。

 劉備や孫権みたいに、ここ一発での逃亡には成功してるのが張燕だ。普通は呂布が攻めてきたらチビる。俺だったらマジ泣きするわ。


「大丈夫ですよ顕奕様。まおは最近薙刀の腕が上がったのです。御身は必ずやお守りしますよ!」

「はは、頼りにしてるぞ」


 ふと気になったので、強力編集でマオのステータスを確認してみることにした。

 もしかしたら成長要素があるのかもしれない。


姓:未登録

名:鈴 りん

字:猫 まお

年齢:15

相性:101

親愛武将:袁煕えんき


武力:85

統率:70

知力:75

政治:66

魅力:84


得意兵科:歩兵

得意兵法:伏兵 護衛 一騎打ち

固有戦法:補給強化 血路

固有性癖:耳舐哎呀みみはダメ。アイヤー


――

 なんかめっさ能力が爆増してる。

 武力85って、高覧より上だぞ。

 しかも兵法や戦法が増えて……まあ性癖は見なかったことにしよう。


 残る金銭は1000。必要ならばこれで能力を上げるしかないかと思っていたが、この世界は成長要素も十分にあるらしいな。

 二回分のウルトラバフ効果を残せたのはありがたい。人間切り札があると心に余裕が生まれるもんだと痛感した。


 さぁ行くぞ、張燕。冀州の覇権はこの袁家がもらう!

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