第17話 第二次賊徒討伐戦 編成

 袁紹えんしょうの容体は落ち着きを見せたものの、未だに陣頭指揮に耐えうる状況ではないというのが、俺や他の群臣の見解だ。


 黒山賊こくざんぞく討伐軍の総大将として担がれたのだが、俺には大部隊を運用するだけの知識も経験もない。

 手塩に育てた精鋭がいるわけでもなく、忠実な腹心も数少ない。

 

 これは早々に袁家の世継ぎから離脱したことによる弊害でもあり、転生前の性格に起因するものでもある。また、袁家の巨大さから全軍を統率できる将が少なく、袁紹の号令一家で動く家父長的な習慣が根付いているので、錦の御旗なしには動くことが難しい現状だ。


「しっかし、ほんと日本には袁紹軍の将って伝わってなかったんだな」

 多くの子供が、学校にある図書館で触れるであろう、某漫画家の三国志がある。かなりデフォルメされていて読みやすいのだが、俺にとっては致命的な箇所があった。


 ずばり、官渡の戦いがオールカットされている点に尽きる。

 劉備りゅうびを主人公に設定していたため、どうしても三兄弟の活躍にスポットライトが向く仕様になっていた。なので袁紹は読者の知らない間にスッと消えており、いつの間にか曹操そうそうが河北に一大拠点を作り上げている結果だけが描かれていた。


夏昭かしょうとか孟岱もうたいって誰ぞ……。従軍の自薦があったとしても、俺の頭にデータがないからわからん。さりとて一人ひとり会うと時間がかかるしな……」


 表立って兵を集めているので、俺たちの動きは黒山賊に筒抜けだろう。時が経つほど敵陣が分厚くなっていくのは目に見えている。

 冀州は黄河流域を中心に一大穀倉地帯である。黒山賊と公孫瓚こうそんさんが繋がっているので、袁紹軍がいくら輸出を制限しようとも、コメが相手に流れて行ってしまうのが実情だ。


 要約すると、コメの取れる地帯に巣くう賊は滅殺せよという結論になる。


「若様、ここはこの郭公則かくこうそくめが人物を推挙致しましょうか。これでも人相占いには自信がございまするぞ」

「推挙……か。いや、まずは俺の部隊に外せない布陣を考えていこう」

「ふむ、では先鋒の将、戦達者で指揮官適性の高い将、後陣を守る将、輜重隊を任せるに足る将の四将をお選びいただくのはいかがでしょうか」


 郭図の言も一理ある。

 全体に黒山賊討伐という大目標を掲げさせ、それぞれ役目に沿った戦いを行えるよう独立した指揮官を登用するのも悪くない。

 少なくとも俺があてずっぽうで指揮するよりも、帰還できる兵は増えるだろう。


「よし、その意見を採用する。公則殿、候補者に書状を出し、至急参じるように令を出してくれ」

「若様のお言葉通りに致しまする」


 まあ、郭図かくとの第一志望の人物は100%選ばないがな。

 こいつの逆神ぶりはえげつないレベルで発生している。

 いつだったか書庫の整理をしたときに、郭図が第一に読むべき本として挙げた竹簡を取ったら、書棚が崩れ落ちてきた。

 あやうく圧死しそうだったことをふまえ、郭図の言がどれだけやべーのかを身をもって知ることができたわけだ。


 さて、素人は戦場を語り、プロは兵站を語ると言われている。

 しかして、俺は玄人とは口が裂けても言えない。だから兵糧運搬役だけは確実に実行できる将を選びたい。戦闘はその後の問題だ。

 戦う前から戦争は始まってると言うが、俺の場合は状況が先に発生してしまった。なので細かい策は挟めるが、大掛かりなスーパー軍師的大作戦は決めることが出来ない。


 さて、郭図が連れてくるのは誰だろうか。

 俺はマオに淹れてもらった茶と言う名の薄いお湯をすすり、炒った豆をポリポリと齧るのだった。


――

 郭図が俺を呼びに来たのは、書状を出してから七日目のことだった。


「お待たせいたしましたぞ! 若様、諸将が集いましたので、ご謁見くださいませ」

「うむ、時が来たか」


 護衛にマオを連れ、袁家のシンボルカラーである黄色で彩られた扉を開ける。


「若様のおなりである!」

 武官、文官ともに拱手で一斉に控える。武官は片膝付きで床へ。文官は直立したまま敬礼をした。その数十五名。


「面を上げよ。諸将にいつまでも頭を下げさせるほど、この袁顕奕えんけんえきは偉人ではない。御父上袁本初えんほんしょの名代でこの場にいるが、まだまだ若輩者だ。諸将らの知恵と直言を期待するものである」

 ざわり、と言葉が走る。なんだ、俺は何か変なこと言ったかな。

 つーっと冷や汗が垂れるが、ここで帰られてしまったら大変に困る。


「代表して張儁乂ちょうしゅんがいが発言することを許可してほしいッピ」

 あ、ピの人だ。名将の語尾なんて、後世に伝わるはずもない悲しさを感じるなぁ。


「無論だ、忌憚のない意見をもらいたい」

「ハハッ。臣思いまするに、某や呂兄弟など、今まで若様と密接に触れる機会が与えられた者以外は、あまりのお心の変わりように驚いている次第だと思うッピ。決して悪い方向ではなく、若様のご成長を慶ぶものであるッピ」

「そうッピか」


 だから移るんだよ、これ。


「若様の今回の招集、武人としては限りない名誉であるッピ。文官も頭脳として軍を支えるために微力を尽くすことを誓っているッピ。出来ますれば臣らを用い、冀州きしゅう平定の尖兵としてお使い下さること願うッピ」


「張将軍の言葉、ここにはおらぬ御父上も大いに喜ぶことだろう。袁家の忠臣たる諸将は既に承知と思うが、将来公孫瓚と雌雄を決するにあたり、黒山賊からの補給を断つ必要がある。賊徒の討伐なれど、我らの未来を決定する一戦ゆえ、心して事に当たってほしい」


 郭図が呼びだしたのとは別口に、俺も俺で書状を出した。部下への越命行為であり、背信に近いとは思うが、郭図に全軍の舵取りを任せるのは恐ろしすぎるからね。


「ではそれぞれ名乗りをもらいたい」


 左の武官たちに目を向けると、端から一人ずつ前に出て自己紹介をしてくれた。


 武官十名、文官五名。

 

武官:張郃ちょうこう高覧こうらん顔良がんりょう夏昭かしょう牽招けんしょう呂威璜りょいこう審栄しんえい袁春卿えんしゅんけい張南ちょうなん淳于瓊じゅんうけい

文官:陳琳ちんりん猛岱もうたい辛毗しんぴ許攸きょゆう高柔こうじゅう


 文武共に著名な人物が訪れてくれたことに驚きを隠せない。

 誰一人とっても、俺より優れている武勇と、聡明な知性を持っている。


「公則殿、全員を参陣させるのはまずいかな」

「比較的穏当な任地や職責の者を選びました。しかし全員となると政務に支障が出ることは間違いないかと」

「ではどの程度なら問題ないだろうか」


 そうですな……と、郭図はあごひげをこすりながら視線を彷徨わせる。

「武官であれば四将、文官は二名まででしょうな。それぞれお立場もありますので、引継ぎ等も必要でございますれば、これが最大限の範囲でございましょう」

「ふむ……」


 武将の相性、史実での強さ、郭図を押さえられる能力。様々な要素が入り混じり、次第に形となっていく。出陣したのちの南方や北東部の守りも考えなくてはいけない。


「よし、では半刻後に陣容を発表する。それまで酒と肴を楽しみながら、旅の疲れを癒してほしい」

 俺が立ち上がると、諸将は立礼を持って不動の姿勢を取った。正直体がかゆくなるほどの礼儀をもらっている感があるので、どうにもこそばゆい。


「軍師殿、では執務室へ。互いの陣立てを突き合わせてみようではないか」

「左様でございますな。若様のお決めになられた将に、この公則非常に興味がございまするぞ」


 陽の光が十分に入ってこない、薄暗い廊下を歩く。日本では、俺が能動的に人を選ぶ立場になるとは思いもしなかった。しかし中華においては、袁家においては、俺の選択肢如何で人死にが増える。

 

「責任、重いよなぁ……」


 両肩にのしかかるのは、これまで散っていった兵士の魂。そしてこれから死ぬであろう兵士の思いだ。

 無駄にするわけにはいかない。意志ある限り、力の限界まであがいて、乱世を戦い抜いていくしかないんだ。


 俺は執務室に戻ると、早速郭図の選んだメンバーと比較してみることにした。


袁煕陣容

先鋒:顔良・呂威璜

中軍:張郃

近衛:袁春卿

補給:高覧


参謀:郭図・辛毗・陳琳



郭図陣容

先鋒:審栄・張南

中軍:焦触

近衛:牽招

補給:淳于瓊


参謀:郭図・許攸・猛岱


 セーフ!

 郭図と一つもかぶらなかった。マジでよかった、これで陣の面々を決めるのが楽になったわ。てか顔良外す采配とか、どうなん? 郭図よ。


 しかも烏巣うそうの食糧庫で、酒飲んで寝落ちしてる武将を補給係とか、目が曇りガラスすぎんよ……。まあ、西園八校尉とかいう官職持ちだしな、推薦する気持ちはわかるけどさ。


 今回は何とか俺の我儘で通せそうな采配だが、今後人事で郭図とぶつかることも多々あることだろう。俺にはもう幾人か側近が欲しいと思ってしまうのは、仕方のないことかもしれない。

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