第6話 張郃と沮授
親父殿である袁紹が諸将を招集し、対
結論は持久策だ。
そんなわけで、現在の二正面を維持しつつ、攻撃に抽出できる兵士を養うことが肝要との結論に至ったらしい。
重畳、重畳。
俺は自室で
名門袁家の長男の自室に、一介の参謀が出入りするのはあまり褒められた行為ではないのだがね。今後様々な武将と交流するうえで、自室に招くっていう前例があった方が良いだろう。
「実に残念でするぞ! この郭公則、渾身の献策でしたのに、御館様に受け入れられずとは……無念の極みで血の涙が流れそうでする。おのれ、どうせ
なにがむむむだ。
誰が精査しても速攻策なんぞ自殺行為と同義だ。
鉄壁の城砦相手に突っ込んでいくのは兵力が三倍以上必要だし、後背地には100万人の賊徒がいる。
「むむむ、この公則。さすれば次善の策を練りとうございます。しからばこれで御免」
「うむ、公則殿の智謀に期待している。是非乾坤一擲の策を考えてほしい」
「ははあっ!」
ぶつぶつ言いながら、郭図はズレた冠のまま部屋を辞して行った。
まあ何を言って来ても、その逆をするのだから、彼はストレス溜まるだろうな。
「公則先生のお見送りをしてまいりました。途中で先触れの方にお会いしまして、これから沮先生と張将軍が
「む、早速来てくれるか。粗相のないようにせねばならん。マオ、いつも通りに支度を整えてほしい」
「はい、顕奕様! 万事恙なく
――
大柄な美丈夫と、威風漂う甲冑の男が俺の部屋に入り、拱手にて挨拶をしてくる。
「御館様の命により、
沮授はそう謙遜して礼をする。
大丈夫。こと知略と軍略に関しては、沮授さんは袁家でナンバーワンだ。伊達に未来の名門三都督なわけじゃない。
「ふむ、それでは某も拝謁を。御館様より若様の武を鍛えよとの命を賜りました、張儁乂と申す者だッピ。訓練は過酷なものになるかと存じますが、ゆめお気持ちを折られぬよう、強くあられてほしいッピ」
ピ?
なんやこいつ。俺の耳がおかしいのか? なんかそれとも訛ってるだけなのか。
「い、忙しいところ、よく参じてくれた。俺はこの通り凡庸な男だが、乱世を終結させたいと願うのは御父上と同じである。二将の力添え……いや、指導を仰ぎたくお願いする」
「もったいなきお言葉です。では若様、早速ですが今後の方針に関してご相談してまいりましょう」
「予定を立てるのは将として重要な能力だッピ」
もうピは無視だ。彼らの温度差に突っ込んだら負けだと思ってる。
「この沮授めが提案するのは、まず若様には兵法書を学んでいただきたく……。これまでお体に障るので読書はあまりなされておられなかったと聞きましたので。この戦乱の世に通じる知識を得ることが肝要かと」
「『孫子』『呉子』『
「よくご存知で。沮授めが写した竹簡がございますので、そちらでひとまずは御学びくださいませ」
「学ぶと言うのは具体的にどうすればいのだ」
「暗唱できるまで読み込まれてください。戦場では常に竹簡を広げられる余裕があるとは限りません。戦を始める前の準備段階から、常に変化する状況に対応できるよう、兵法を用いることができるようにするのが狙いでございます」
難易度ベリーハードだ。今まで読書なんぞろくにしてこなかった俺だが、ビブリオマニアへとジョブチェンジしなくてはならないらしい。
てか竹簡とか読むの辛そうだな……。
「あいわかった。沮授よ、軍略面の勉強は貴殿の言うとおりにしよう。早速今日から始めることにする。貴重な献策を感謝しよう」
「勿体ないお言葉でございます。若様ほど聡明であらせられば、きっとこの沮授めを抜く日も近うございますよ」
再び拱手して、沮授はそっと後ろに下がる。自分の発言を全て採用されたことに満足したのか、晴れやかな表情をしていた。
俺の軍師は犬猿武将の郭図だしな。心配だったんだろうね。
「では某が武の修行方針を定めるッピ。まずは若様のお体作りからはじめるのが王道と存じますッピ。床に臥せる日々が多いとどうしても体力が落ち、筋力が少なくなるッピ」
「確かにな。剣や槍を握り、馬に乗って戦場を駆けるにも体力は必須だ。してどうすればよい」
「若様には人よりも多く食事を、それも肉食を摂っていただき、山野を走ることをお勧めするっピ。戦場は足場が均されている地形ばかりとは限らないッピ。悪路を疾走し、いかなる状況でも生き延びて戦い続けることが出来るお体を仕上げてほしいッピ」
力抜ける語尾だが、言ってることはまとも極まる。
この鈍り切った体に鞭を入れ、体力負けしないような――つまりは生き切る力を手に入れることが大切ということだ。
きちんと食事にも言及していることから、
「張将軍の提案を受け入れよう。麾下の兵士に後れを取らぬよう、惰弱な精神を払拭し、強靭な体を作っていくことにする」
「顕奕様の向上心には感服するッピ。では部下から指導役を選び抜きますので、その者に何でもご用命くだされッピ」
「わかったッピ」
移るよこの口癖。
関東人が一週間くらい関西に行くと、言葉のアクセントが変わるって聞くけれどな。張郃の語尾の破壊力が高すぎて、同じ部屋にいるだけで浸食されるわ。
「今日はご苦労であった。早速手配してほしい。袁家の男として恥じぬ働きが出来るよう、俺に力を貸してくれて感謝する」
「ははあっ」
あ、ついでに彼らのステを見てみよう。
一軍中の一軍だからな。ゆくゆくは俺もオール80台くらいには成長したいしな。
姓:沮 そ
名:授 じゅ
字:不明
年齢:39
相性:96
武力:35
統率:80
知力:91
政治:89
魅力:76
得意兵科:騎兵 衝車
得意兵法:部隊鎮静
固有戦法:看破
――
姓:張 ちょう
名:郃 こう
字:儁乂 しゅんがい
年齢:28
相性:27
武力:89
統率:90
知力:69
政治:57
魅力:72
得意兵科:歩兵・騎兵・弓兵
得意兵法:急襲
固有戦法:
強い。
相性の差異は気になるが、ガチの名軍師と名将やでぇ……。
俺は武者震いが止まらない。ふてくされずに、あらゆることを彼らに学ぼう。
一つ一つ課題をクリアし、結果を残していく。きっとそれが袁家破滅のルートを回避できる手段になるだろう。
俺は両将が去った後も呆けていた。
決してボケっとしてたわけではなく、最前線に立っている者たちの熱気に当てられた高揚感によるものだ。
きっと兵士たちは将の持つ情熱に惹かれて、命を賭けても戦う存在へと変化していくのだろう。
俺もなりたい。そんな名将に。
追うべき背中が見えたのは、この時代に転生してきて初めての感覚だった。
「マオ、俺はやるぞ。きっと袁家を守れる男になって見せる」
「はうあっ! 顕奕様が燃えていらっしゃいます! ですが猫は顕奕様の志が無くなることはないと、硬く信じておりますですよ!」
早速届けられた竹簡の山を前に、俺は今までにない覇気を持って修行に励むことになった。上等だぜ、いくらでもやってやる。
俺は今、全身の細胞が成長を望んでいることに、気づいたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます