第4話 負の軍師、袁煕に憑りつく
姉である
善意100%なのはよくわかるのだが、転生者の俺にとっては他人感がすごいので、どうしてもよこしまな気持ちが出てきてしまう。
そんな場合じゃないと怒られそうだが、この袁煕の体は不健康気味だが若い17歳なのだ。脳が自然と反応し、目が色々と追ってしまうのは無理からぬことだろう。
「お久しぶりの
「なんというか強烈な姉上であることを確認できたよ。いつもああやって突撃してくるんだっけ?」
「まだお記憶が朦朧とされておりますね。おいたわしや……。顕思様はいつも顕奕様のお手を取って、あちこちにお出かけになられますよ。姉弟仲がおよろしくて
マオは漢服の居住まいを正し、未婚の女性特有の垂らした髪を整える。頭飾りの猫耳のようなカチューシャ的なものは、どうも過去の俺が贈ったものらしい。
こやつ、転生前からマニアックな趣味をしていたのだろうか。
「ははは、ではマオ。すまんが茶を持ってきてくれんか。いつものやつで頼む」
「主命承りました。猫にお任せくださいませ!」
すっと足音なく戸の外へと消えていく姿は、本当に気品のある猫のようだ。
そして重大なことを思い出した。この時代、茶葉は超高級品だったということに。
いつも、俺は何を飲んでるたんだろうか。
未来人であることがバレると、この時代は速攻で斬首されそうだ。どこそこの妖術使いとか、下法の蛮族とか難癖つけられるだろう。
俺一人で済めばいいが、マオが連座になる可能性が高い。目に見えて派手な真似はしないよう、心がけるとしようか。
――
「お待たせいたしました、顕奕様。本日は呉より御館様がお取り寄せになられた
「おお、なるほどそうなのか……コホン。うむ、いつも通りで、美味しい……かな」
コクの無い緑茶だった。微妙に薬臭く、それでいて薄い。
腹を壊しそうなくらいの抽出度で、お腹がたぽたぽになりそうだ。
俺が自称風流に喫茶を嗜んでいると、扉を叩く音がした。
「猫にお任せください! 顕奕様はどうぞ寝台でお休みを」
何も言う隙を与えず、マオはすっ飛んでいった。多分これ、他人から見ると病床で薬湯を飲んでるように見えるんじゃなかろうか。寝ていては心配されるかもしれん。
「大変です顕奕様、袁顕思様からのご紹介で、お呼びしてありました軍師さまがお見えになりましたが、お通ししてもよろしいですか?」
姉の紹介というワードが恐ろしいが、袁家の家臣群から有能な人材を側に置いておけるチャンスでもある。ここは一つ営業スマイルを欠かさずに応えて見せよう。
「うむ、寝台では失礼だな。よし……冠を被って、と。では案内してくれ」
マオのてのひらに誘導され、衣冠正しく隙の無い、一人の博士然とした男が入ってきた。年は40代半ばだろうか。
「若様—―袁顕奕様にご挨拶申し上げます。顕思様よりの推挙で、この度軍師の任を賜りました、
「お会いできて光栄です、ええと、公則殿—―」
ん。ちょいとお待ち。
郭公則……こいつ、まさか……!
「失礼だが、公則殿の
「では改めて自己紹介をさせていただきまするぞ。姓は郭、名は図、字は公則。御館様のお側で参謀を務めておりました。袁家を背負って立つ若様と共に歩めることを、心から誇りに思いまする」
提案する助言はことごとく外れ、巡らせる策略は全て読まれる。いわゆる逆神だ。
しかも自分の失態を人のせいにする癖まである。
親父殿、なぜこいつを登用したし。
むしろ居ない方が良いまであるレベルの、出ると負け軍師、郭図。
「こ、公則殿がこれから俺を支えてくれるとな」
「左様でございます。顕思様からの史上稀にみる強さのご要望でしたので」
そうか……断れんよな。よし、ならば郭図のステータスを見てみよう。
「うむ少し眩暈がしてな。少々お待ちあれ」
「いけませんぞ若様。どうぞ寝台で横になられ、そのまま臣とお話くだされ」
「すまぬが、そうさせてもらおう」
挙動不審になるから、少し横になって……と。
よし、
姓:郭
名:図
字:公則
年齢:40
相性:111
武力:50
統率:56
知力:82
政治:68
魅力:26
得意兵科:歩兵
得意兵法:火計 攻城
固有戦法:全言裏目
……。
なんやこいつの固有戦法。もはや仲間を殺しにかかってるのと同義だぞ。
微妙に知力が高いのが腹立つくらいで、特にめぼしいステでもない。
しかも親愛武将はゼロで、犬猿武将がやたらといる。
姉・袁譚からの埋伏の毒ではないかと疑う次元だが、彼女がそこまで策を弄する理由もないだろうしな。完全なる善意で送りこんできたのだろう。
仮病で寝込んでいるが、本当に具合が悪くなりそうな状況だ。
まあでも、仮にも河北に一大勢力を築く名族・袁家に仕える参謀だ。もしかしたら史実で言われているほど愚かではないかもな。
よし、では今から俺が何をすべきか訊ねてみよう。
「公則殿、俺もおのこだ、袁家の繁栄と安泰を願って日々過ごしている。斯くある忠義を果たす為に、俺はこれからどのような行動を取るべきか、指南してもらいたい」
無論
史実では易京の戦いで公孫瓚を滅ぼすルートがあるんだが、既に俺は兄と弟の性別をぶっ壊してしまった。今後の行動では未来が大きく変更される可能性が高い。
「若様の問いにお答えいたします。臣思いまするに、ここは速戦速攻案を献策させていただきたく」
「ほう、その心は如何に」
「はっ、現状憎き公孫の害虫どもは皇族たる劉虞を刑死させ、我ら袁一門の土地を虎視眈々と狙っておりまする。南皮の北にある城砦は堅固で、これ以上放置しておくと難攻不落になりかねませぬ」
「なるほど、不安の芽が育ちきる前に摘んでおくべしということか」
「ご賢察感服致しました。さればこそ、御館様が賊の討伐成功を成し、士気の上がっている今が攻め時かと。兵に休養を多く取らせると、厭戦感情が高まりまする」
言ってることは概ね理解できる。
確か今頃は曹操は呂布や
まあ袁紹が敗北しなければ、の話だけどな!
今のご時世、黄巾族の残党があちこちで不埒な行為を働くのが日常茶飯事だ。領主としては当然討伐に兵を動かすしかなく、必然的に拠点の兵力は減少する。
河北は豊かな土地だ。一大穀倉地帯になる江南の開発も遅れている時代なので、荒らしまわる賊は必然的に北に流れてくる。
また、支配域にある冀州では、
「公則よ、現在は一つずつ賊を潰し、兵力を温存するのが良いと俺は思うのだが、そこについては言及はあるか」
「はい、公孫瓚は多くの賊徒とつながりを持っております。若様が懸念されているように、黒山賊や黄巾の残党どもが我が物顔に跋扈しているのは、ひとえに公孫瓚という存在があってのこそでしょう。故にこれを討つは戦の常道かと」
「しかしこちらが全軍を以て公孫瓚を攻めれば、賊徒どもが一斉蜂起しよう。その対策はあるのか」
「士気が高い今であれば、防ぐは容易かと存じまする。袁家の旗印のもと、敵の懐を脅かせば、是即ち敵から降り来ることでしょう」
……。
つまり君が言いたいことは、今調子に乗れてるから、やっちまおうぜ! ってことで合ってるかな。
袁家の旗出して勝負決まるなら、盗賊なんて出るわけないだろ。
「父上には奏上してみよう。他の幕臣たちが反対するかもしれんが、念のためな」
「若様、
ほぼ幕僚の全員と敵対関係にあんのかよ。一体何をしたらここまで嫌われるのか、逆に興味が湧いて来たわ。
郭図は急襲すべきところでは守りに入り、堅守すべきところでは突撃論を出す。無論全て負けるわけだ。この逆神ぶりはレジェンド級で……。
ん、待て。ちょっと待って。
今閃いた。郭図、この男は実は超有能かもしれない。
気づいてしまったよ。
こいつの進言の真逆を行えば、もしかして常勝不敗になるのでは、と。
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