第5話 回答 威厳はあるが軽薄な爺さん

 ペルセウス座に属する白色矮星アーグラ・バイイ45、の近隣にある小惑星帯には星の数ほどの閑静な住宅街がへばりついている。

 特徴らしい特徴が無いことが特徴の一般居住区であるが、強いて例えるならば、日本の高度経済成長期50年後における21世紀初頭の住宅団地のような外観だ。


 私は敵もとい顧客の元へと攻め込も……回収へと向かうために住宅街を歩いている。

 実に静かでハリボテではないか錯覚してしまうほどだ。

 時折、手押し車で散歩する老婦人を見かけると、ここも現実世界なのだと安心できた。


 さて、件の爺さん宅へと到着し、呼び鈴を鳴らそうかと玄関口へと近づく。


「キャッ?! ど、どこ触ってるんですか!」

「お、おお、すまんの? ワシももう足腰立たんでの。バランスが崩れてしもうて……」

「そんなこと言っても、セクハラはセクハラで……でも、ネコちゃんなら許しちゃおうかな?」

「むひょひょ? そうかい、それじゃトイレのお世話も手伝ってもらおうかのう?」


 中から聞こえてきた声に、私は大きくため息をついた。

 そして、堂々と玄関を開けた。


「……やれやれ、またですか、猫田獅子レオさん?」

「ムヒョ?! な、なんじゃアンタか関川さん? いくらアンタとはいえ人の家に勝手に入るのはいかんじゃろ?」

「アナタが変態細胞核の力を悪用しているからでしょう? ……さ、おねえさん、完全に感染してしまう前に帰ると良い。あと、これも飲んでおきなさい」

「へ? あ、はい」


 突然のことに混乱していた介護士に感染症対策の特効薬を手渡し、施設へと帰らせた。

 それから私は、見た目だけはライオンのように、というかライオンのたてがみがあり威厳があって雄々しい猫田へと向き直る。


「……さて、今日で満期となりましたので元金及び貸与していた変態細胞核の回収となります」

「ううん……もうちいと待ってもらえんかのう? ほれ、延長料金も支払うから、の?」

「ダメです。変態細胞核は期日までに回収しないと力が暴走して近隣地域に被害が及びます。これは規定により決まっています」

「じゃが、断る! いでよ、我が愛しい者たちよ!」


 猫田がクワッと牙を剥き出して声を荒げる。

 それを合図とばかりに家の奥から老若様々な女性たちが現れた。

 おそらく猫田の変態細胞核の力、トキソプラズマという寄生虫によって分泌された異常な量の男性ホルモンに感染してしまったのだろう。

 異性にのみ即効性のある催淫剤、強力な惚れ薬に空気感染してしまったのだ。


「ネコちゃんは渡さないわ」

「邪魔者は出ていけ」

「帰れ」

「あ、イイ男、食べたい」

「かえれ」

「カ・エ・レ!」


 だが、その効果は非常に恐ろしい。

 感染した女性たちは脳に異常をきたし、無意識の内に抑え込まれていた身体能力を極限までに作動させている。

 多数に無勢、しかも被害者たちを前に手を出すことをためらう私はこのまま集団リンチをされ、十字架に磔にされてしまうかというところだった。


「平伏せい、メス豚どもめ!」


 間一髪、空間転移してきたSARAによって女性たちは制された。

 両手をかざして凍てつく波動を発しているように見えるが、その正体は超音波だ。

 死屍累々の有様に見えるが、一瞬で気絶しただけ、隙を見て逃げ出そうとしていた猫田への道が開けた。


「では、大人しく返していただきましょうか?」

「ぐぬぬ! ……ふ、フハハハ! バカめ! 貴様の呼び出した者は、女! 異性であればワシの敵ではないわ! さあて、ワシのモノに……へぶし?!」


 私は追い詰めた猫田ににじり寄る。

 対する猫田はSARAを見てニヤリと嗤った。

 変態細胞核の力を使い、SARAを支配しようとしたのだ。

 しかし、結果はSARAにビンタされタテガミを掴まれて終わった。


「バカは貴様の方だ。このワタクシが貴様のような下劣な生ゴミに惚れるものか」

「そ、そんなバカな! わ、ワシのトキソプラズマは異性を惚れさせる最強の力のはず、なぜ、貴様は……」

「クックック。その程度のドラッグなんぞ、ご主人さまへの愛の強さには敵わんわ!」


 SARAは愛の強さと断言しているが、SARAの本体がスペースシャトルだからだろう。

 SARAが追撃の往復ビンタで猫田を黙らせた後、私は猫田から変態細胞核と元金を回収して一件落着となった。


☆☆☆


 後日談


 猫田から回収した変態細胞核の力と実験データから「あの頃のグローリー」という商品が開発された。

 この時代、若くからどこかの元気をなくしていた男性たちは社会問題となっていた。

 しかし、この革命的商品によって男性たちは自信を取り戻し、昼の労働、夜の奉仕に精力的に取り組むようになり、停滞していた経済活動は活気を取り戻した。

 超少子超高齢社会に終止符が打たれることになったのだ。

 

「ねえねえ、SARAさんは関川さんのどこがそんなに好きなの?」

「うふふ、良く聞いてくれたわね、ケイ? それはもちろん……」


 無邪気にSARAに問いかけるケイに頬を赤らめたSARAが嬉々として語っていく。


 私は銀河を駆け巡る旅路の中、SARAと出会ったあの頃に思いを馳せる。

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