第4話 回答 明るくて傍若無人なギャル

 ペルセウス座に属する巨大衛星ペロシ・デル・マーン公92、この星系を代表するファッションや流行の最先端とされる「若者の星」と呼ばれる。

 その中で最も人通りが絶えず、若者向けの派手なファッション・ブティックで小規模な店舗が多くひしめき合う「タケノコ通り」は、わずか300メートル程だが一種の聖地と化している。


「キャハ! ヤバカワイイ、コレ!」


 私(関川フタヒロ)は今、未成年のギャルもとい顧客とともにカフェで援助交……もとい債権回収の交渉をしている……はずだった。

 それなのに目の前のギャルはマイペースに四次元カフェラテアートに夢中になっている。

 私は話に集中してもらおうと大げさにため息をつき、カフェラテを一口含んでからギャルに話しかける。


「……あのですね、話を聞いてください、牛野花子さ……」

「ノン! あーしの名前は『はなぽよ』! そーなダサい名前捨てたしぃ! 大体さぁ……」


 花子はガンジー牛の変異細胞核を無意識に覚醒させ、黄褐色の明るい頭髪から角を立たせ、雪のように白い肌を鼻息荒く紅潮させる。

 怒りに任せてテーブルに乗り出そうとしたせいで、ホルスタイン程の大きさではないが形の良いデカメロンがぽよっと揺れる。

 ちなみに、ガンジー牛は乳量は少ないが乳質は風味が非常に良く、良質なチーズやバターが作られる。


 私はどうやってこの異生物と会話を成立させようか考え込んでいた。

 すると、花子はハッとして口撃をやめ、暴れ狂う軟体物を両手で掴み上げ上目遣いで見上げてくる。


「……ふぅん? あーしのコレがそんなに気になるぅ? じゃあさぁ、今月の支払い、コレで払うよ?」

「はぁ? バカを言うな」


 私はどんな呆れ顔をしているのかも分からない。

 これだからギャルという生き物の相手は嫌なのだ。

 精神が短絡的で未熟者の無鉄砲さ、それでいてまだ青臭いが身体だけは成熟を始めている。

 

「ええ、いいじゃん、いいじゃん! オジサンも楽しめるしぃ、あーしも今月分の借金キャラだしぃ、みんなハッピーじゃん!」

「……そういう問題じゃな……」


「おう、コラ! ここにおったんかい、こんガキャァ!」


 私が大人らしく真摯に、安易に体を売ろうとする花子を諭そうとしたところだった。

 このシャレオツなこの街にふさわしくない人相の悪いトカゲ人間たちがカフェの入口から怒鳴り込んできた。

 

「ひぃ?! で、でで、でも! き、昨日はちょっとだけ支払いを待ってくれるって……」

「ああん? 待ってやったじゃろうが、一日だけのぅ。じゃけえ、今日はきっちり回収に来たったんじゃろうが!」


 花子はトカゲ人間に詰められ、青い顔でガタガタと震えてしまっている。

 私はトカゲ人間たちの襟元の代紋を見て、何者か納得した。


 どうやら花子は、私の会社だけではなく別の金貸しからも借金をしてしまった多重債務者のようだ。

 通常ならば、未成年者が借金を申し込むには保護者の同意が必要になる。


 しかしながら、相手は我々の業界でも悪名高い闇金業者カッドカーワ商会だ。

 一度吸い付かれたら最期、骨の髄までしゃぶられることになる。


「そ、そんなこと言われたってぇ、今お金無いしぃ……」

「そうけぇ? しゃあないのう、ほなら、ウチの系列のお風呂屋で働いてもらおうかいのぅ。お嬢ちゃんなら人気者になれるけぇ、1年休まずに働けばこの程度の借金はチャラんなるじゃろ?」

「そ、そんなのイヤ!」

「イヤや言うてものぅ? 契約書にちゃんと書いてあるじゃろ? 契約不履行の場合は強制執行もありますってのぅ? 昨日の期日に支払い能力が無いと判断したけぇ、今日は強制執行に来たんじゃろうが!」

「こんなはずじゃなかったのにぃ、ぴええええん!」


 トカゲ人間たちは冷血に牙を剥き出して恫喝している。

 世間の怖さを知った哀れな子牛の花子はただ泣きじゃくっていた。


 私は、花子に充分にお灸が据えられただろうと見計らい、カフェラテを最後の一口で飲み干した。

 そして、花子の手を無理矢理取ろうとするトカゲ人間たちの間に入った。


「まあまあ、落ち着いてください。彼女の借金は我が社で買い取って一本化いたしますので、ここは穏便に……」

「何じゃワレェ! ひっこんどらんかい、こんダボがぁ!」


 トカゲ人間は脅しのつもりで私に拳を振るおうとしてきた。

 だが、これは最大の悪手だ。


 トカゲ人間の拳は空中で微動だにしなくなった。


「……貴様、どの御方に手を上げるつもりだ?」


 私に危害が加わる直前にSARAが空間転移をしてきてトカゲ人間の手首を掴んでいた。

 トカゲ人間たちは見目麗しいSARAを見た瞬間、氷河期に入った恐竜のように死滅しそうに震え上がった。


「あ、ああ! ビ、ビッグベンのところの『熾天使』SARA! ペルセウス座最強、いや天の川銀河最強と噂のあの!」

「……だから、どうした? まだやるかい?」

「ひぎゃああああ?!」


 SARAが掴んでいたトカゲ人間の手首を握りしめると、血管とともに筋繊維が弾け飛ぶ。

 握撃を喰らったトカゲ人間が床を転げ回ると、他のトカゲ人間たちは両手を上げて降伏を示した。


「わ、わかった! こ、この小娘の債権は売渡……いえ、譲ります! だ、だから命だけは……」

「……だ、そうですよ、ご主人様? いかが致しますか?」

「……う、うん。良いじゃない? 後でお互いの支社長を交えて話し合おう」


 私はちょっとやりすぎかな、と思ったがニコリと艶やかに微笑むSARAにこれ以上何も言えなかった。

 トカゲ人間たちが転がるように店を去ると一瞬だけ静寂が訪れた。


「か、カッコいい! あ、あーし、お姉様みたいになりたいです!」


 花子が目を輝かせながらSARAの元に駆け寄ってくる。

 SARAはフッと微笑み、長い髪を振り上げる。


「そう? だったら、恋も勉強も真っ直ぐに青春を突っ走りなさい。全力で、ね」

「はい! あーし……ううん、私、推し活なんかやめて、憧れのお姉様に追いつけるように自分を高めます!」


☆☆☆


 後日談


 我が社とカッドカーワ商会との話し合いはすんなりとまとまり、花子の借金は我が社で一括で管理することになった。

 債権の回収は、満期になるまで私とSARAで担当することが決定となった。


 花子は心を入れ替え、SARAの教えどおりに全力で青春を謳歌しているようだ。

 借金返済のために、私たちの話し合ったカフェでバイトもしている。


 利子であるガンジー牛の牛乳はさらに良質になり、評判に評判を生み高級レストランに卸されるチーズに使われるようになった。

 

 さらに後日の話になるが、花子の設立した花印乳業はペルセウス座を席巻することになるが、まだ先の話。

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