白狐の嫁入り〜禁断なる婚姻を最愛のあなたと〜

遊井そわ香

一章 白い月夜の出会い

第1話 寒い冬の夜

 空さえ凍てついてしまいそうなほどの、寒い冬の夜。氷が砕け散ったかのような、星々の輝き。

 白い満月が、夜空に浮かんでいる。明るい月の光は帯のように降りてきて、地上に積もった雪の結晶をきらきらと浮かびあがらせる。

 寒風が吹き渡るたびに積もった雪が舞い、子狐の視界を遮る。それでも子狐は走ることをやめない。ひたすらに村を目指す。


「助けなきゃ! 死んじゃう。希魅きみ様が死んでしまう。助けなきゃ!!」


 さらさらとした軽い雪に、小さくて丸みを帯びた足跡がつき、それは森の中を伸びていく。

 雪は白く、子狐の毛も白い。けれど真っ白な雪に対し、子狐の毛は薄汚れている。しかもその毛はボサボサで、ところどころむしられている。むしられた箇所から覗くのは、薄紅色の地肌。子狐の口の右端には、乾いた血の塊。

 杉の木にたまった雪が、どさっと音を立てて落ちた。狼の遠吠えが森にこだまする。それでも子狐は気を取られることなく、前だけを見て懸命に走る。

 満月が灰色の雲に覆われ、薄暗くなった。そのせいで、子狐は雪から突き出た倒木に気づくのが遅れ、飛び越えはしたが、右足をしたたかに打ってしまった。


「痛いっ!」


 着地のバランスが崩れ、子狐は坂を転がっていく。ぐるぐると回る視界。薄汚れた毛に雪がつき、子狐の体を真っ白に染める。


「きゃんっ!!」


 背中に走った鋭い痛みに、子狐は悲鳴をあげた。大木にぶつかったおかげで止まることができた。けれど、打った背中がズキズキと痛む。さきほど痛めた右足は腫れぼったく、ジンジンと痺れる熱をもっている。

 子狐は、十キロほどを無我夢中で走ってきた。足を止めてしまったことで、疲労を自覚する。四本の足がふらついて、うまく立てない。

 子狐はよろけ、そのまま雪の中に倒れた。雲の切れ間から顔を覗かせた白い満月が、子狐を照らす。


「わたし、役に立たない。駄目な子。いらない子」


 つぶらな黒目に涙の幕が張る。

 子狐の名前は、真珠まじゅ。白狐一族に生まれたが、不吉な者として疎まれている。家族にも一族の者にも、除け者にされ、罵られ、突かれ、毛をむしられ、石を投げられ、噛みつかれる。

 やさしくしてくれるのは、白狐一族のおさである希魅きみだけ。その彼女が命の危機にあるのだから助けたいのに、人が住む村まではまだ遠く、明かりが見えない。


「行かなきゃ。わたしが、助けなきゃ……」


 白狐一族の頂点に立っている希魅がひどい怪我を負って帰ってきたというのに、真珠の父親は冷たく言い放った。


「捨て置け。我が息子が、長となるのだ。誰もあの女に近づくな!」


 真珠はよろよろと立ち上がった。


(わたしがこれからやることは、父の命令に背き、兄様を裏切ることになる。それでもわたしは、希魅様を助けたい。恩に報いたい)


 赤い月の晩に生まれた真珠。父親は不吉だとして、生まれたばかりの真珠を殺そうとした。殺してはならぬと、命を救ったのが、長である希魅。

 両親や一族の者たちの不当な仕打ちに、真珠はあのとき死んでも良かったのでは? と思わなくもない。

 だが、真珠は生きている。そして、希魅は血止めの薬を求めている。それならば全力で、希魅の要望に応えなくてはならない。 

 真珠はなけなしの力を振りしぼって、ふたたび駆けだした。



 ◇◇◇




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