05
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「……しつこい、な!」
しつこいハエのように追尾してくる怪物を何度も避けながら攻防を重ねていたソラだが、何度めかの襲撃で湿った路地裏から勢いをつけて飛び掛かってきた異形の獣を怒りのまま蹴りあげる。
「やれやれ…」
その勢いのまま自販機の天辺に着地を果たすと、黒いジャケットに付着した土埃を軽い手さばきで叩き落とした。
「こちらも暇ではないのだがな。まあ…煩い小虫には言っても分かるまい…」
【い゛いぃいいいいいいいいいい…っ!】
腹を蹴りあげられた
「…うるさいハエとは、字の如くだな。小煩くてかなわない」
【いゃ嗚呼ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙あああア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!】
薙ぐような仕種で振り翳された爪を、ソラは首を僅か左に逸らして躱す。
勢いのまま軌道をずらされた爪が、アスファルトで舗装された地面を抉り取り、筋状の痕を刻んだ。
「……うん?」
爪が繰り出す斬波に幾度なく空気の剃刀が爆ぜて、その度に街路樹や道路標識などが切り落とされていく。
空気の斬波を片腕で弾き返しながら、ソラは不意に奔った違和感に眉を寄せた。
可笑しいのだ。
項の産毛が逆立つ寒気にも似た、いうなれば意識の底が言い様もなく騒ぐ感覚に、ソラは短く舌打ちを打つ。
違和感は身体的な嗅覚ではなく、本能が嗅ぎ分けたのだ。
それは、気に紛れてしまえば見落としてしまいそうなくらいに精巧な違和感だった。
「ふうん、成る程な……そういう趣向か。主犯は相当の切れ者だな」
ならば、いま自分を足止めしているのは未変異の死霊、それに他ならない。
「こちらを弄ぶとは、舐めた真似をするものだ」
攻撃よりも救済されることに執着する
【がうっ…ううう、うううううう…】
言葉を理解した
怯えているのだ。
「まあ、多少頭は働くようだな。さて、殺す前に一つ質問だ」
こつ……こつ……こつ……こつん…。
ソラは手のみを鋭利な鉤爪をもつ鬼梟の手に変形させると、静かに歩を進めながら震える哀れな怪物を睨み据える。
「答えろ、成り損ない」
冷酷で明確な殺意を宿した瞳は、青白い月明かりの中でも爛々とひときわ青く輝いていた。
【ヒィ……ッ、ヒィィィ…】
やがて靴音は獣の間近で止まり、恐怖に打ち
「お前を殺したやつは何処だ」
失意に
【…うぅ】
薄い卵の殻が剥けるようにも似た音のと共に
レプリカの骨格標本のように脆い破片と共に傾れ落ちて現れたのは、半身を喰い千切られた男の霊体であった。
【死にたく、死にたくなかった…っ、嫌だよォおぉぉぉ…嫌だよおおおおおぉぉぉぉ…っ】
「やかましい! 早く答えろ。気配まで絶ってお前を殺した張本人はどこに行った…っ」
暗めの茶髪を掻き毟り、声を上げて泣きわめき始めた男を無感動に見下したソラは、怒りのまま眼球に爪を振り
【ヒィ……ッ、かは、かは…知らない。俺は何も知らないんだよぉ! 頼む…見逃してくれ…お、俺だって突然殺されたんだ! なんでオレが死ななきゃならなかったんだよおぉぉ…っ】
「犯人」は、替え玉を考え付くほど知に長けている。
一筋縄ではいかないだろうことは、容易に想像がついた。
「チッ、無駄足か。だが、こちらも対策を練らねばならん」
錯乱する男の喉笛からゆっくりと爪を外すと、今度はその喉首を握って引き寄せた。
「記憶を読ませてもらった。貴様の名は葉山裕一…。かつて同僚だった葛西修平を卑怯極まりない方法でいじめ抜き、自殺に追い込んだ張本人。そして、その報復で、一家関係者もろとも葛西に殺された…と」
【俺は、被害者だろ!アイツが俺を殺したんだからっ】
「この期に及んで被害者ヅラとは……実に滑稽だな。そもそもの始まりは葛西にイジメを働いた貴様の不手際だろうが…っ」
【あぐ…っ。助け……助けて、くれ…っ、ぐあぁっ!】
ソラの鋭利な凶爪が葉山の首に深々と食い込み、剛力で締め上げる。
凶悪な怨念体を生み出すほどのいじめ、リンチを仕出かしたこの男の罪は重い。
「貴様を、今このまま
【提、案…?】
「そうだ。貴様には、私の
【げはっ、げほげほげほ!!】
爪が外れると、葉山裕一の幽魂はあからさまに肩を落として噎せ込んだ。
【使令って……具体的には何をするんだよ?】
「ほう、やってくれるか」
【やりますぅぅ。…やりますから、離して…下さい…】
再び鋭利な鬼梟の爪を腹に突きつけられた葉山は、引き攣り青褪めながら頷く。
そうでもしないと、3度目の死を味わう羽目になるのだろう。不遇な我が身を見越して、葉山は少しだけ泣いた。
「よしよし、社会貢献とは良い心掛けだ青年。…にしても、剥き出しでは芸がない…」
傲岸不遜に言いながら、ソラは油断していた葉山の幽魂を隙をついて丸めてしまった。
【んぎゃあああ…っ、今度はなにいいいい!?】
「そうだなァ。なにか、魂の抜けた
あっという間にビー玉化した葉山を胸ポケットに入れ、ソラは夜の公園内を物色する。
「容れもの、容れもの…。おお! ちょうどいいのがあるじゃないか」
公園の公衆トイレの裏、厚く落葉が積もった死角に黒猫が死んでいた。
どうやら亡くなって日が浅いようで、腐敗や目立たしい外傷は一切見当たらない。
【まさか……猫おおぉぉぉっ!?】
尻込みするような声音で葉山がぼやいたが、ソラはまだ新しい黒猫の亡骸の口を開くとビー玉(葉山)を喉の奥に押し込んだ。
「どうだね、猫になった気分は?」
【ウー…】
いいわけあるか!
猫に入れられた葉山は、鳴くための声帯しか持っていないので唸り声+イカ耳でソラの問いかけに応えた。
「猫になったせいか、気配が変わったな。これなら“ただの猫”と言えば誰も疑わないだろう」
どこか楽しげに金碧の双眸を細める雇い主(仮)を見上げながら、葉山は猫らしくなく溜息をついた。
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