ダークサイド・クロニクル
冬青ゆき
EpisodeZERO
とある終焉と始まりの糸
そうさな。
これを語る前に、少なからず私の生い立ちを伝えておかねばなるまい。
──────────────────……
かつて私が暮らしていた地域はスイスの貧農地帯で、流行病に喘ぐ住民の命を救うべくして兄妹で日夜研究に身を
父母を早くに亡くした私と兄を育てたのは母方の祖父で、貧しくも日常の中にあるささやかな幸せに三人で身を寄せあって生きてきたのだが───現実は残酷でしかなく、どんなに研究を重ねても流行病による死の流れは止まらない。
そして遂に、大黒柱である祖父が流行病で死んだその日を境に兄は塞ぎがちになり、錬金術関連の書物を手当たり次第に狂ったように読み漁るようになっていった。
それはもう
兄妹仲はいい方だと(勝手に)思っていたのだけれど、こんな
お互いに決して嫌いになった訳ではないが、それからというもの…私達はいつしか狭い家の中で住み分けて暮らすようになっていた。
◆❖◇◇❖◆
そして、
その日、私は隣村の麦刈りの手伝いに駆り出されて朝早くに村を出ていた。
出掛けしなに僅かな戸口の隙間から見えた兄は、土間の隅で泥のように眠っている。
起こさぬようにして家を離れたが、それが生きている兄を見る最後になるとは…その時は思いもしなかった。
隣村の広大な麦畑で、駆り出された仲間達と共に早朝から黙々と作業をして、気がつくと日はすっかり登りきっていた。
一休みしようかと誰ともなく口々に話していたその時、この村の村長が血相を変えてこちらに向かって走ってくるのが見えた。
『犬があまりにも隣村の方角に吠えつけるので櫓に登って窺い見たのだが、
はるか後方で静止する声も聞かずに、私は自分の村までの長い道程を死に物狂いで駆け抜けた。
走る。走る。走る。
そして何度も転び、起き上がってまた走り続けて────ようやく辿り着いた私の目に映ったのは、頭から油を被った兄が燃え盛る炎の向こうで狂ったように高笑いする姿だった。
生家を始発点にし、特殊な陣形の図体を模して村中で燃え盛る炎を見て、ようやく兄が行おうとしている《術式》を理解した私は声の限りに兄の名前を呼び叫ぶ。
何時だったか、永遠の命を授ける
だが同時に、それが如何に危険で倫理に悖る実験であるかは素人である自分にさえ簡単に理解できた。
兄が挑もうとしているのは、多くの生贄と己の命を礎にして
しかし、兄を止めたい一心で炎の向こうに踏み出そうとした私の腕を捕まえたのは、隣村から追いかけてきた数人の仲間だった。
「行っちゃいかん」と諭す大人達の必死の形相は、今でも忘れないね。
炎と煙を避けて這う這うの体で避難した私達は、完全に鎮火されるまでの一晩を隣村で明かした。
◆❖◇◇❖◆
「兄さん!!」
翌日になって、私は自宅へと戻る為に村へ踏み入った。
村中、歩く道すがらに焼け焦げて未だに
つい昨日まで笑ったり泣いたりしていた人達が、まるで炭のように呆気なく燃えてしまうだなんて…。
むごい光景に吐気を催してえづきながらも、焼け跡で声を張って兄を呼ぶ。
兄は────あの業火に巻かれて生きているとは到底思えなかったが、せめて一部でも残っていないかと思って生家の焼け跡を訪ねたが…やはりそこに求めた姿はなく、その代わり不自然に焼け残った右腕だけが横たわっていた。
焼け落ちたのか爆ぜたのかは定かで無いが、右腕を除いた体は、どこにも見当たらない。
「…兄さん……どうして……」
人一倍優しい兄が、越えられない死の壁に苦悩していた事を知っていた。
けれど、だからといって禁術に触れるだなんて倫理に悖る決して許されない所業。
狂うまでは優しかった、たった一人の兄が死んでしまったことが悲しくて堪らず、子供だった私には涙を零す以外の方法がなかった。
「でも…右腕だけ焼け残っただなんて、どうして…」
死後硬直にきつく握られた掌を苦労して開くと、鈍い赤色が斜陽の中でギラリと生々しく輝いた。
「
兄の右腕を生家の庭に葬ったその後、当時12歳で孤児になった私は、数少ない親類を頼って比較的豊かな街に移り住むことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます