冴子

松司雪見

第1話

 ーー冴子の唇は涙でしょっぱくて冷たかった。やわらかかった。女の子の唇ってあんなにもやわらかいものだったのか。冴子も私のこと、同じように感じてくれたかなーー



 これは冴子と初めて唇を合わせた日の日記。


 びっくりしはった? あはは。まぁそうやわなぁ。せやけどうちの初恋について聞きたいいうことやったやろ? 


 うちかて初めはびっくりしたよー。びっくりいうか、戸惑うたいうほうがええかな。これは何なん? この気持ちは何なん? て。なんせうちも冴子も女の子やさかいになあ!


 女の子にこないな気持ちになるやなんて、自分自身なかなか受け入れられませんでした。それが嫌やいうんやないんやけど、それまでキャーキャー友達と熱上げて騒ぐ対象は男の子やったし、女の子相手に、いうんが想像出来へんかった。冴子に持った気持ちを上手ぁいこと腹落ちさせられへんかったんやな。


 で、何回自問を繰り返しても、どうしても「うちは冴子が好きなんや」いうことに行き着くし、それが一番しっくりくるいうことを認めざるを得えへんかったわけ。そこを受け入れるんはなかなかの壁やったわ。


 観念するみたいにして認めてしもたらしもたで、それはそれで大変やった。自分の気持ちが溢れて溢れて。冴子のことが愛おしゅうてたまらんようになったんよ。あの苦しいのんと甘いのんがないまぜになった気持ちな。これが恋いうもんなんやな、とガツンと思い知りました。


 さっきも言うたけど、それまでも小学生や中学生の時やなんかは友達とサッカー部の男子に○○君ステキ! とか言うて黄色い声あげてたこともあったけど、冴子に抱いた気持ちと比べたらあんなんは物の数には入りませんでした。あれは単に、恋に恋してたんやね。その子ぉらには、冴子に対してみたいな切ない思いにはなったことなかったから。


 うちももう長いこと少女漫画家としてやってきたけど、冴子とのことからヒントもろうた作品はようさんありますえ。

 そういうのは不思議と読んでくれはる人からの反応が良うてねぇ。多分やけどそういう作品は描いてるこっちも上手いこと気持ちが乗るよってに、それが作品伝うて読者さんに届くんやろか思てます。


 それでもなあ、冴子とのことをそのまんま作品にしたことはないの。作品どころかこうして誰かに話すんもこれが初めてですんよ。このまま誰にも話さんと一人胸に秘めていくんやろな思てました。


 そこまで秘密にしときたいわけやなかったんですけど軽々しゅう発表なんかして、冴子との思い出が安っぽいもんになってしまうんやないか、いう不安が顔を出してたんです。


 今回この依頼をお受けしましたんは、そないな不安ももう昇華したかなと思たからです。冴子と初めて会うてからもう半世紀近くになりますからね、そろそろ目に見える形で残しておきたい思い始めたとこやったんで、ちょうどええ機会かなと。


 この日記帳もだいぶ年季が入ってますやろ? 中学生の時に「アンネの日記」を読んで感化されて、その時からうちも日記をつけるようになったんですよ。自分で書いたもんやけど、漫画の資料にもなってます。これは特に冴子といた時分のもんやさかい、特に出番も多て何回も何回も読み直ししました。せやから冴子とのことは今も鮮明に覚えてますけど、今日はこの日記を元にお話していこう思てます。


 

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