第34話 VS.エルディーの師匠

 ティシュラさんの訓練場よりよほどひらけた闘技場で俺たちは本当に三対一で向かい合っている。


 そういえば、俺たちは個々で戦ったことはあるが、連携をとったことはない。

 それを差し引いても大丈夫ということだろうが、戦いをどう組み立てるか。


「改めて。俺っちはオンケラ。ギルド随一の戦士だ。どっからでもかかってきな」


 目の前のオンケラさんは自信たっぷりの様子で、剣を肩に担いだ姿勢で立っている。


「どうするの?」

「俺からいく。おそらく連携を期待するのはやめておいた方がいい」

「じゃあわたしはリュウヤに合わせるね?」

「俺の話聞いてたか?」

「大丈夫だよ。わたしは無理な動きもできるから」


 フェイラはのほほんと言ってのける。が、まあ、拳で木を倒せるし、おそらく肉体的な神性は残っているのだろう。


「怪我するなよ」

「……! うん! 絶対しない! 約束する! ……リュウヤがわたしの心配してくれた……」

「あ、あたしは?」

「俺とフェイラが攻撃した後でさらにスキがあればつけばいい。警戒させるだけでも十分戦力だ」

「わかった」

「よし」


 河原も腹を決めたみたいだ。

 決まったらあとはやるだけ。


「作戦会議は終わったか?」

「ああ。行くぞ!」


 地面を思いっきり蹴り、一気に距離を詰める。

 流れるような動き。ただ、剣の扱いを覚えたわけではなく、しっかりと戦える身体能力も身につけているのだ。


「くっ! ぐぅ! くっ! 想像以上に速いな。こりゃ自信があるわけだ」


 さすがは随一。俺たち程度の攻撃は見切られている。

 いや、それだけじゃないな。


「わたしの勢いに耐えられなくてボロボロになっちゃったよ?」


 実力だけでなく装備の面でも差が大きい。

 さすがにティシュラさんでもフェイラの動きに耐えられるようなものは作れなかったようだ。消耗が激しい。


「手入れの行き届いていた剣をそこまでにするか。こいつは新入りって動きじゃねぇな。三対一は面倒だ。まずは……」


 動いた。

 エルディーさんほどじゃないが、ガタイの割に動きが速い。

 なんとか追えるレベル。


「最後に殴った嬢ちゃんからだ!」

「きゃ」

「誰が嬢ちゃんだって?」

「み、溝口!」


 間に割って入って攻撃を受け流したが、受けるのは無理だった。剣が折れた。


「今のを防ぐか。いいチームだな」


 すぐさまカウンターを警戒して距離を取られる。

 あと一歩踏み込んでくれれば河原がカウンターを入れられただろうが。


「ごめん。溝口。これ」

「いい。それは河原のだろ」

「でも」

「大丈夫だ。気にするな。剣はそれぞれに合うように作られている。俺は折れた剣でどうにかする」


 それに、俺たちは二人じゃない。


「おっとっと」

「ありゃ」

「惜しかったな。一流は常に背後を警戒してるもんだぜ」


 俺たちから距離をとったオンケラさんに背後から攻撃したフェイラだったが、一撃を軽くよけられた。

 フェイラが全力でやると人は死ぬからな。仕方ない。

 致命傷にならない程度に威力を制限するとどうしても見切られてしまうか。


「さあさあ。一番ひ弱そうな嬢ちゃんしかまともな武器を持ってないが、俺っちにどう負けを認めさせるんだ?」


 方法はある。一手目から使えばこんなことにならずに済んだ方法がある。

 できることなら使いたくなかったが、この状況で装備の差を埋めるのが難しい以上やむなしだ。


「河原、俺が右手を挙げたら今のオンケラさんに剣を向けることはできるか?」

「できるけど、多分防がれるよ?」

「十分だ」


 軽く目の前のオンケラさんに溺愛の権能を使ってみる。

 だがあまり効果が見られない。

 やはり、全体と個を使い分けるのは難しい。


 男に対して溺愛の権能を使うことには違和感があるが、親愛っていう愛もある。

 全力でやるか。


「止まれ」


 不自然に動きを止め、驚いた表情のオンケラさん。

 俺は瞬時に右手を挙げ、自分もオンケラさんの前に立った。

 オンケラさんが回避行動を取ることはなく、三人で首に剣を向ける。


「……俺が、動けなかった?」

「チェックメイトだ」

「何をどうやったのか全然わからなかったが、これは俺の負けだな」


 俺が力を解除すると、オンケラさんは武器を捨て、観念したように両手を挙げた。


「嘘、だろ……?」

「オンケラさんが負けた……」

「や、八百長だ!」


 ざわざわとしだす観衆。俺たちへの罵倒の声が次第に大きくなってくる。


「黙れ!」


 だが、オンケラさんの声で一斉に声が止まった。


「俺は全力だった。こいつらが一枚上手だっただけだ」

「……」


 反論は出ない。

 闘技場にいる全ての人間が一斉に黙ってしまった。


「俺の人を見抜く力も下がったか」

「どうだ? わたしの育てた子らは」

「一流だよ。さっきの言葉通り、ここの誰よりも強いだろうな。今の実力ならどんなところに出しても恥ずかしくない」

「そうだろう?」


 エルディーが今は一段と鼻が高いといった様子で嬉しそうに胸を張っている。

 なんだか自分のことより嬉しそうに見える。


「約束は忘れてないだろうな」

「わーってるよ! もってけ。俺が持つよりお前らが持ってた方がいいだろうさ」


 どこかへ取りに行くと、使っていたのとは全く別の三本の剣を投げ渡された。


「ありがとうございます」

「おう。いいってことよ。で、エルディー。挑むのはどいつだ? うちにある最難関すらお前とこの三人なら楽勝だと思うが」

「いや、もういい」

「はあ?」

「ここで一番強い相手と戦い、勝てたからな。戦果としては十分過ぎるほどだ。この上ない」


 ニヤリと笑うエルディー。

 俺にもやっと今回冒険者ギルドへやってきた目的がわかった。


「おまっ! ハメやがったな。ハナから俺っちとの戦い目当てで、他はただの煽りだったんだろ?」

「いつも言っていたじゃないか。騙される方が悪いと」

「こいつぅ! ほらよ! これも持ってけ。孫弟子記念だ。こんなのに教わってるんだろ? 日々訓練ばかりのはずだ。少しは息抜きしてこい」

「金までありがとな」

「ホント。いつの間にこんなになってしまったのかね?」


 なんだかんだ面倒見のいいオンケラさんは金まで渡してどこかへ歩いて行った。


「せっかくだしこの街を見て回るか」

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