第9話 溝口への気持ち:河原視点

 ここまで溝口には散々助けられて本当に感謝してる。多分、一人なら一日も耐えられなかったと思う。

 家事がうまくできたところで全く知らない場所に一人放り出されたんじゃ、そんな力は役に立たない。

 なのに、自分のことで手一杯なはずの、なんの力ももらえなかった溝口は、あたしのことまで考えてくれていた。


「好きなことを好きと言えるのはいいことだと思うぞ」


 そんなこと、面と向かって初めて言われた。


 どこかの誰かが言っている言葉としては聞いたことがあったけど、実際に言われることはないと思っていた。

 好きなものなんて隠さないと生きられないって思っていた。

 これまで、大槻さんたちといる時は誰も話していなかった。バカにしてさえいた。周りじゃ男性アイドルとかドラマとか、SNS映え、メイク。あっても動画投稿者の話だけで、ゲームやアニメ、漫画の話なんて山垣くんといる時でさえ、一度も話題にならなかった。

 あたしは本当に好きなものは隠して、それでもキラキラしてる子たちからハブられたくなくて、無理して笑っていた。

 少し、胸のどこかに痛みを感じながら感じないふりをしていた。


 それでも、他の人たちと違ってあたしの趣味を受け入れてくれたと思っても、初めから溝口を信用できる訳でもなかった。

 ただ、


「俺は正直そういうのはよくわからない」


 なんて、真面目な顔して言っておきながら、それを証明するためなのか、わざわざふらふらになるまであたしを寝かせて近くを警戒してくれた。

 言葉だけじゃない誠意を感じた。

 騙すための甘い言葉じゃないんだって、信用できた。


「ほら」


 なんて、あたしがあの時膝枕したのは、自分でもよくわからない。けど、感想を言うより先に寝た、その時の溝口の顔は少しかわいいと思ってしまった。

 起きてからはくんを外した。本人には元からって言ったけど、男子の呼び捨てなんて初めてだった。


 色々言ったけど、溝口はやっぱり頼れるやつだ。そう、ただ、信用できる頼れるやつ。

 オオカミに襲われた時は、自分を犠牲にしてしまうようなやつだともわかった。


 でもその時から何だか溝口を見る時の自分の気持ちが変わってしまった。

 吊り橋効果か、フェイラという女の子が溝口にキスしていたからか、溝口をまともに直視できなくなっていた。

 推したいと思った時のような、そんな視界に光が差すような感覚を、溝口を見た時に感じてしまった。

 溝口に助けてもらったから? キスなんてしてるところ見てしまったから? それとも、あたしが膝枕なんてしちゃったから?

 初めてで、よくわからない気持ちに、脳も心臓も騒がしくってよくわからない。


 でも、なんだかフェイラって子の前で話すのは違う気がした。

 なんだかあの子と溝口が話していると、胸がチクチクしてしまう。

 確かに、助けてもらったのかもしれないけど、どう考えてもタイミングが怪しいし、見たこともないのに制服が同じなんておかしい。

 かわいいことは認めるけど、溝口の理想の姿って言うのは本当だろうか。あの溝口にはまだ理想もないと思うし……。ロングが好きなのかな……?


「おい、お、おいってば。あんまり離れすぎると戻れなくなるぞ」

「大丈夫。川に沿って歩いてるから」

「そうかもしれないが」


 別に乱暴にしたい訳じゃないのに、つい強い言葉を使ったり、少し叩いてみたりしてしまう。

 感情が幼いのはあたしの方だ。


「どうした? なんか口数が減ったか? もしかして体調が悪いとかか? まあ、異世界の神様に打ち明けるのは少し勇気がいるよな」

「ううん」


 そうじゃない。

 水を飲んだから少し落ち着いてきた。お腹は空いてるし本調子じゃないけど、まだもう少し耐えられる。

 話さないと、何か。ここまで二人きりになるために連れてきたって話さないと何にもならない。

 でも、言えない。フェイラって子と話している時、嫉妬するなんておかしい。

 でも、もう一つは正直に言える。少し落ち着いた状況だから、不自然じゃなく言える。


「……」


 言えない。真っ直ぐ立たれると、声が出せない。どうして。


「なあ、俺のことずっと見てくれないけど、今の俺、そんなに見るに耐えないか? 確かに人間的な生活できてないしな。もう少しどうにか我慢してくれないか?」

「そんなんじゃない」

「そうか? でも、河原って人の目を見て話すタイプだっただろ」

「そんなとこ見てたの?」

「一人だったしな」

「いや、違うの。別に溝口の見た目が悪いとかじゃなくて」

「じゃあ」

「違くて」


 反射的に、顔を見てしまう。

 かっこいい。

 今まで実際の男の子に感じたことのなかった感情。顔が熱くなる。頭がいっぱいになる。


「怒ってるのか?」

「そうじゃないの」

「じゃあどうして、こんな場所に連れてきて。恥をかかせないためじゃないのか? 河原優しいから」

「そんなんじゃないの。ただ、フェイラさんに聞かれたくなくて」

「そうなのか? こういうのって女子同士の方が話しやすいんじゃ」

「ううん。言いにくいことなの」


 言う。言うんだ。


「フェイラさんって信用していいの? あたしは溝口にこれを聞きたかったの」

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