第8話 水、食料!
人を愛したことがない。確かに、さっきも河原に珍しく取り乱していると言われた。取り乱すくらいには初めての感情だった。
俺は、姫様のスキルによって強制的に好意を抱かされても違和感を覚えるほどだった。
別に、間違っちゃいない。間違っちゃいないんだろうが、改めて面と向かって言われると俺ってものすごく薄情だったんだなと思い知らされる。
だが、この特性のおかげで助かったと言ってもいいはずだ。これまでだって、山垣に話しかけてくるなと言われて授業の伝達が来なかったくらいだし。
結局は場面次第だ。
「じゃあ、一段落したところで自己紹介ってのをしようよ」
「そうだな。神様とはいえざっくりと知らせておいた方がいいだろう。河原もそれでいいか?」
「まあ」
「それじゃ、わたしからね。わたしはフェイラ。溺愛の女神で、一番の女神。好きなものはリュウヤ。よろしくね」
「よろしく」
好きなもの、俺か。
それより、自己紹介か。苦手なんだよな。
「俺は溝口龍也。正直今は早く水が飲みたい。」
「あたしも。あ、あたしは河原雪。よろしく」
「よろしくね!」
さて、簡易的に自己紹介も済ませたし、これでいいか。
フェイラから不満も出ないし。
「それで、これからどうするの?」
「とにかく水だ。食料だ。目の前の命のことばかりで考えられなくなってた」
「うーん。さすがにそれはわたしじゃどうしようもないかも」
「神様なら水とか食べ物とか出せたりしないの?」
「わたしは溺愛の女神だから。ごめんね、今は力もないから」
「困ったな」
頼みの綱のフェイラもこれじゃ、やっぱり地道に探すしかないか?
「ん? どうした?」
オオカミの中でも一際大きな個体であるバシィが、器用に服を引っ張り、なんだか気を引いてくる。
アゴで背中を指しているように見えるが。
「背中に乗れってことか?」
大きくうなずいている。俺の言ってることがわかるのだろうか。
ぞろぞろと河原、フェイラの近くにも二匹のオオカミが近づいている。
「なにか知ってるってことなのか?」
「行ってみよう。もう、このままだとまずいよ」
「ああ」
俺よりも先に河原がくたばるだろうし、どうせできることは歩いて探すくらいだ。
俺はバシィの背に乗った。
二人もそれぞれオオカミの背中に乗ると、やはり乗れということだったのか、バシィは俺を見て満足そうにうなずいた。
「アオーン!」
「うぉっ! 速っ! 車より速いんじゃないか?」
大きな声で吠えてから、バシィは勢いよく走り出した。
風を切るようなスピード。俺を乗せていてもそのことを全く感じさせないほどの速さ。
後続も同じように木々の間を高速で駆け抜け追いかけてくる。
この先に何があるのかわからないが、言葉がわかるようだし、どうか。どうか。
「うおっ!」
しばらく風を切っていたところで、急ブレーキ。
危うく転げ落ちそうになりながら、もふもふに顔を埋めてなんとか踏ん張る。
ちょっと速すぎて目を開けてられなかったが、目的地に着いたらしい。
「大丈夫か?」
「アウッ!」
結構走っていたように感じたが、バシィに疲れは見えない。
俺はというと、結構揺られて体力的にももう限界が近い。ふらふらになりながら地面に下りる。
「おい、これって」
川。
それも清流。キラキラと水が光を反射し、水の中には魚も泳いでいる川。
「飲めるのか? 飲めるんだな?」
「アウッ!」
「わたしも大丈夫だと思うよ」
「底が見える。水だ。水だ」
我慢できず、手ですくって飲む。
「うまー! あまー!」
カラカラだった喉が潤される。
久しぶりの水。川の水。めちゃくちゃ美味い。
「ねえ、飲める?」
「多分大丈夫だと思うぞ」
河原も隣で水をすくって飲んでいる。おそらく大丈夫だろう。きっと。
こうなると、あとは飯だ。やはり、これが大問題だよな。
ボトリ。
やたらと重々しい音がして、俺は慌てて振り返った。
そこには尻尾を振りながら獲物を仕留めたらしいオオカミたちの姿があった。
「おおー。よしよし。リュウヤたちのご飯をとってきてくれたんだねー」
「アウ!」
返り血を浴びた状態で自慢げに目を輝かせて見てくる。
その足元には生肉。
「おお、肉! でも、生じゃ食えない。河原、火起こせる?」
「無理無理無理無理! そういうのは男子の仕事でしょ? 溝口に任せた」
「火打石とかって奥さんの仕事じゃ、いてぇ!」
「だ、誰が奥さんだ、バカ! もう! ちょっと来て」
「え、痛い! 痛い痛い! そんなに嫌だったか? でも、肉」
「すぐだから」
耳を掴まれて、どこかへと引っ張られていく。
やべー。何かミスったかな?
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