第6話 精霊の宿りし森
アレイシアの迷子事件から三カ月が経っていた。
娘が森で死にかけた話を聞いても無関心なオンズロー家は、その後もアレイシアを無視し続けている。相変わらずアレイシアは孤独で、寄り添ってくれるのは精霊だけだ。
そんな何も変わらない日々の中で、アレイシア一人だけが今までと違う毎日を送っていた。
今までは家族や使用人を避けるように、ひっそりとカーテンの閉じた部屋にこもっていた。息をひそめ、息をしているだけの長い一日。
そんなアレイシアが朝起きるとすぐに図書室に飛び込んで、古代語や国の歴史についての本を読み漁っている。
目標を持って生き生きと輝くアレイシアの変化に、家族の誰も気づいていない……。
その日は図書室に行くより先に、名ばかりのアレイシア付きの侍女が部屋に現れた。
アレイシアのことを本気で魔女の生まれ変わりか仲間だと思っている侍女は、心底嫌だという顔を隠さず無言のまま外出の準備を始める。
一体どういうつもりなのか分からないけれど、聞いたところで嫌悪感丸出しの視線を向けられるだけ。何も教えてもらえないのは分かっているのだから、わざわざ不快な思いをする必要はない。
そうこうしている内に、何も言われないまま馬車に押し込まれた。屋敷にいない者として扱われているアレイシアは、外出なんてそうそうあるものではない。訳が分からずそっと窓を開けると、前を行く立派な馬車が目に入った。両親のものだ。
外出用の綺麗な格好をさせられて、馬車にも乗っている。両親まで一緒に移動しているのだから、どこかで捨てられるのではなさそうだ。
だからといって、安心することはできない。アレイシアのことなんて忘れてしまいたい両親が一緒だなんて、一体どこに連れて行かれるのか……。
アレイシアの小さな心からは、不安が溢れ出していた……。
馬車の揺れでいつの間にかウトウトとしていたアレイシアは、窓の外の景色が一変しているのを見て驚いた。見渡す限り木しか見えない! 何と、いつの間にか森の中を馬車は進んでいる。
(まさか……、懲りずにまた、山に置き去りにするつもり……?)
アレイシアが青ざめていると、新緑にキラキラと光が降り注ぐ大きな森の前で馬車は止まった。
馬車が通れるような大きな道は終わっていて、この先の森へは歩いてしか入れないようだ。
森の前には何台もの馬車が止まっていた。同じくらいの年の子供と、その手を引いた親が森の中へ入る細い道に向かって歩いている。
キーラの隣の馬車からも親子が降りてきた。子供は両親の間に入り二人の手を握ると、不安そうに二人に向かって問いかける。
「私、愛し子になれるかしら?」
「愛し子に選ばれる子供は減っているからな……。愛し子に憧れる気持ちは分かるけど、選ばれたら自由がなくなるぞ? 遊んでられないぞ? 王家に嫁ぐことになるぞ?」
「……なら、愛し子になれなくていいや……。なりたくない!」
どの言葉が決め手になったのか、子供は青い顔で震えている。憧れは無事に消え去ったようだ……。
こんな話をできるのだから、平民の親子なのだろう。例え同じように思っていても、貴族では立場上そんな発言はできない。
カレイド国では「貴族とは国のために力を尽くすものである」と、子供の頃から教え込まれる。その最たるものが精霊の愛し子で、精霊の力を借りて国のために身を捧げるのだ。
だから精霊の愛し子を否定するようなことも、貴族の義務を拒否するような言葉も、決して口にはできない。
無言で馬車の扉が開くと、アレイシアは誰の手を借りることなく馬車から降りた。勝手に進んでいく両親の方を見ると、濃い緑の森が広がっている。
初めて見るけど、アレイシアにも分かる。目の前に広がる美しく神聖な森は、『精霊の宿りし森』だ。
精霊に守られているカレイド国には、各地にいくつか『精霊の宿りし森』が存在する。ただ単に精霊が住んでいるだけではなく、精霊に愛し子を選んでもらう儀式を行う場でもある。
カレイド国では五歳になる子供には、『精霊の宿りし森』で儀式を受けることが王命で義務付けられているからだ。
義務だからこそ、両親も仕方なくアレイシアを連れて来たのだ。その両親が何も言わずに森に入っていくので、アレイシアは慌てて後を追った。
馬車で進んできた森の中は、高い木が多く鬱蒼としていて陽の光が入り込めず薄暗かった。
高い木が鬱蒼としている点は同じなのに、『精霊の宿りし森』は違う。陽の光が降り注いで明るいのだ。神聖な空気で満ち溢れていて、身体中から力が沸き起こってくる。
それに、そこかしこに精霊が飛んでいるのが、アレイシアには見える。みんなアレイシアを歓迎してくれていて、キラキラと輝く笑顔を向けてくれる。
そんな爽やかな景色と空気の中、アレイシアの両親だけ顔色が悪い。それもそのはず、精霊達が両親を囲んで叩いたり蹴ったりと大騒ぎだ。
止めるようにお願いしたいけれど、そんなことを口にすれば精霊が見えているのが知られてしまう。だからアレイシアは、「止めて~」と目で訴えることしかできない。
森の中を暫く歩くと森の中心らしき場所に、空に向かって伸びる円筒形の建物が見えてきた。白い石を積み上げて作られたこの素朴な建物が、『精霊の宿りし森』の神殿だ。
この森もこの神殿も精霊のもの。本来なら人間が入ることは許されない聖域。精霊が愛し子を選ぶ儀式の時だけが特別だ。
その神殿の前に白いローブをまとった初老の男が立っている。儀式を見届けるために、カレイド国から派遣されてきた神官だ。
不思議なことに雨風にさらされた神殿の白い石よりも、神官の真っ白なローブの方が薄汚れて見える。
そう見えてしまうのは、彼が神官としての役割を果たすために来たのではなく、精霊に選ばれし子供を王家に報告するためにやって来たからだろうか?
何にしても、カレイド国の神官なんて権利と欲にまみれた俗物だ。自然や精霊の力がみなぎる森や神殿には相応しくない薄汚れた存在に見えてしまうのは当然だろう。
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読んでいただき、ありがとうございました。
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