俺たちは本気じゃないらしい

さくさくサンバ

俺たちは本気じゃないらしい

 静かなものだ。

 空調の良く効いた会場には選手たち、それと時には顧問だか何だかの大人の声が響いている。それだけ。

 観客はなし。審判もなし。

 そもそも、今居るのは何の変哲もない小部屋でしかない。ビルの一室でしか。

 小さな部屋に作られた即席の会場が、ミカゲやユキ、選手たちに与えられた舞台だった。

「決勝の前に一言、よろしいでしょうか」

 気取ったインタビュー。フラッシュは一つ。それがそのまま注目の大きさだろう。

「えーと、がんばります」

 ミカゲはいつものように陰気な口調で一言だけ。

「必ず勝ちます!」

 同じくらい短くても、ユキの言葉は力強い。それもいつも通りで、ただ今日はもう少し長く続いた。

「全力で! 戦って……勝ちますっ!」

 さすがに全国大会の決勝戦ともなると気合いが違う。たしかにそれは一因ではあったが、それだけではないことをミカゲが明らかにする。

「なんか、気にしてるらしいんですよ、クラスの人に言われたこと」



 一か月前、教室。

「はぁ? ユキ、なんで来られないわけ?」

「ごめぇん。そこ、大会なんだよぉ。許してん」

 夏休みの予定を立てる女子たちの輪の中でユキは片目を瞑って演技クサい謝罪を友人らに投げかけていた。

「最後の夏じゃん。行こーうーよぉ一緒に、旅行!」

「あはー、最後の夏だからさー。ね?」

 高校最後の夏休み。ユキを小旅行に誘う友人たちは籍を置いていた部を既に引退している。

「ゲームくらいいいじゃん。いつでも出来るっしょ? いいじゃんいいじゃんそんなのより海行こうってばぁ!」

 割とよく聞くことであった。悪意はないとユキもわかっている。例えばユキだって、友人の入れ込むアイドルというものには無理解で、時には傷つけることがある。

 傷つくことがある。

「ゲームだけど、部活……ていうかeスポのね、大会、大会だから流石にね」

「どうせ本気でもないんだからゲームなんかより海の方が絶対楽しいよ!」

 時には深く、傷つくこともあるものだ。



 理解され難く理解し難いものだが、どうやらゲームというものに本気は存在しないらしい。

 もちろん全員が全員そんな考えじゃないのだろうが、身近な人に突き付けられて心痛まないはずもない。だからといって些事で友情を打ち捨てるほど薄ら寒い人間にはなりたくない。

 でもやっぱり少し、見返してやりたくはなる。

『大会がんばれ!』

 一言と、十も続く写真がチャットを埋めているのを確認してユキはスマホを仕舞った。

 このどうしようもなく粗雑な熱が夏のせいで、夏のせいじゃないことを証明しにいこう。



 夏休み明けの校舎。

 活気が溢れすぎて教師陣もお手上げの二学期初日に、廊下の一角の掲示スペースにそれは貼り出されていた。

 バスケ部のように大々的にじゃない。サッカー部のように知れ渡ってはいない。

 ただ確かな事実と、五枚の写真が添えられた校内新聞。

『eSports部、全国大会準優勝!』


「ごめんユキ……。おめでとう。……それから、惜しかったね」

「やめろぉ。思い出したらまた泣いちゃうじゃん。てかはずいからあんま見んなよぉ!」

 ユキとユキの友人とは、そんな短い会話の後にはもう、笑みを浮かべて文化祭と受験の話題ではしゃぎだす。次の本気は思い出と将来のどちらか。あるいはどちらも。

 そうして二人を見送って、ミカゲは改めて記事を見上げる。

 大きな紙面の半分に写真が五枚。校内での練習風景が一枚。大会会場の試合前の様子が一枚。試合中が二枚。それと、声が聞こえそうな臆面のない感情の発露が一枚。

 そして紙面のもう半分には、ぎっしりと文字が連ねられている。

「ありがとう。俺たちのこと残してくれて。新聞、記録に」

 それはてきとうでも遊びでもない本気の活動だった。

「お疲れ様。でいいのかな?」

 『新聞部』の最後の記事は、そうして二週間後に撤去された。

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