第9話 次走はコスモス賞でした

 馬運車で朝早くから運ばれて、競馬場に到着しました。そして、すぐに馬房へと案内されます。


 うん、ここは前回とは違うお部屋ですね。


 フンフンと案内された馬房の臭いを嗅ぎます。他のお馬さんの匂いが付いているような気がするんですが、だからと言って特にないんですけどね。


 レース前だからと言って、特に緊張しないのは段取りを知らされているからでしょうか? 普通の馬だと不安でいっぱいにならないのかな?


 ただ、レースの日は、普段以上にブラシを掛けて貰って、リボンまで付けて貰えるので私はすっごく楽しくなってきます。前世ではもう少し緊張する子だったと思うんですけど、これもお馬さんに意識に引っ張られているのかな?


「ベレディー、さあ、移動するぞ」


 調教助手さんがやって来て、引綱を付けられてパドックへと移動します。


 いっぱい人がいますねぇ。カメラを持っている人も居ます。


 ここで私の可愛さを存分に皆さんに愛でて貰うのです。これも将来のための布石なのですよ。


「ちょっと待つんだぞ、今日は5番目だからな」


 さっさと進もうとしたら、止められちゃいました。


 目の前を通っていくお馬さんを見ていると、そういえばさっき付けて貰ったゼッケンは5番だったなと思い出します。前回は1番でしたね。だから先頭でパドックにも入っていったので、気が付きませんでした。


「ブフフフフン」(前よりおっきな子がいるなあ)


 2回目のパドックです。前回より余裕をもって回る事が出来ました。


 パドックを周りながら周囲にいる人達をチラチラと見ていたら、なんと桜花ちゃんの姿が見えましたよ!


「キュヒヒーン」(桜花ちゃんだ~)


 思わず近づこうとしたら、思いっきりおじさんに引綱を引っ張られます。


「こら、ベレディー」


 しょぼん、どうやらあっちに行っちゃ駄目みたいです。


 チラチラと桜花ちゃんを見ながらパドックを回っているんですが、何故か桜花ちゃんが真っ赤な顔をしています。ついでに、何故か私の写真を撮る人がさっきよりいっぱいいますね。


 何かなあ? でも写真を撮られるって事は、あとあと人気にもつながりますよね? 桜花ちゃんだけでなく、カメラまで気になり出しちゃいます。


 そうしたら、止まれって声が聞こえて来て騎手の人がドヤドヤと出てきました。


 鈴村さんも小走りで私の横に来て、首をトントンしてくれます。


「ほらほら、桜花ちゃんには後で会えるから。今はレースに集中してね」


 私の視線の先に桜花ちゃんが居ることに気が付いた鈴村さんが、首をトントンしながらそう注意してきます。


「ヒヒン」(は~い)


 仕方なく、桜花ちゃんに耳をピコピコさせて、鈴村さんを乗せてトンネルを潜ってレース場へと向かいます。お馬さんだと手を振るとか出来ませんからね。


 タッタカ走って、また他のお馬さんと集まってぐ~るぐる。

 この場所の意味が良く判んないんですけど、とりあえず私も回り始めます。


 周りを見回すと、相変わらずぶんぶんと頭を振って気合を入れている馬が居たり、お口に泡を吹いている馬が居たり、みなさん色々ですね。


 私はというと、のんびり鈴村さんに指示される通り回っていますよ。暫くぐるぐるしていたら、やっとゲートへと案内されました。


「今日は中団につけてレースするからね。1800メートルだから前回と大きく距離が違うから注意だからね」


 鈴村さんの言葉に耳を傾けながら、今日も周りのお馬さんの様子を横目で見ます。


 うん、今日もゲート入りを嫌っているお馬さんがいます。そのせいで、すでに枠入りしているお馬さんもイライラしている感じかな? 何か力業で最後の1頭が押し込まれて、最後の係員さんがゲートをくぐって退避しました。


「ベレディー、ゲートが開くよ!」


 私も、係員さんの動きを見てスタートの体勢に入ります。


ガシャン!


 大きな音と共にゲートが開き、今日も中々のタイミングで飛び出せた気がします。


 ただ、スタート直後に観客席から歓声が聞こえてきて、ちょっとびっくりしました。


「よし! 良い感じだったよ」


 鈴村さんの声を背中に、スススと前に進みながらカーブを気にして右へと体を寄せていきます。


 ただ、すでに内側にお馬さんがいるために、私はその外へと付ける感じになっちゃいました。


ドドドドド


 みんなが駆ける足音が聞こえますが、今日は覆面をしているからちょっと小さめの音ですね。


 前走った1200mの時と違って、ちょっとゆっくりかな? 気持ちの問題かな?


 ぐるーっと回って反対側の直線に来たら、何か後ろから一頭お馬さんがタッタカと私を追い抜いて前に出ていきます。その際に土が顔に飛んできたんですけど、目の所につけて貰ったネットの御蔭で特に怖い事も無く安心できます。砂が目に入ると痛いですからね。


「ちょっとかかってるね、あの馬。気をつけないと直線でズルズル落ちてくるよ」


 成程、乗っている騎手の人が手綱を引いているけど、全然速度を落とす気配は無いですね。そのまま先頭に立っちゃいました。で、私は現在4番手の位置にいるのかな?前よりに1頭いて、その後ろをお隣の馬と一緒に走っています。


「隣の馬にプレッシャー掛けるからね」


 次のカーブの手前で鈴村さんがそんな事を言いました。


 うん、前の時の外に大きく膨らんじゃったお馬さんの感じですね。あの時は膨らんでくれて助かりました。ましてや今は前にも2頭馬がいますし、そうなると外側に蓋があると嫌でしょうね。


 そんな事を思っている間に、もうカーブに入ります。出来るだけ小回りで回れるように脚の動きを気にしながら回っていると、内側の馬がちょっと後ろに下がりました。


「最内が膨らんでのIN狙いかな? 少し下がったね。それでも直線狙いに変わりは無いかな」


 ん? 良く判らないですが、確かに目の前のお馬さんはちょっと外に膨らみました。一番前の子ですか? それはもう思いっきり膨らんでますよ?


 そんな事を思っていると、私の外側を今度はスススっと上がって並びかけてくるお馬さんが見えました。


 どうやら手綱を扱いていますから、加速したみたいです。


「ベレディー、前2頭は膨らみ確定だから、内側を行くからね! 直線でスパートするよ!」


 鈴村さんの声に、私は内側を意識しながらスパートへの心の準備をします。


 その間にも、前の2頭は直線に大きく膨らみながら突入し、鞭が入りました。


 私は内側を締める感じで、小回りしながら直線に入ります。そこで首をポンポンと手鞭で叩かれて、頑張って一気に加速しました。スパート力がと言われた前走ですが、スプリンターさん達と比べれば遅いですが、それでも坂道育ちなのです!


「よし! 計算通り!」


 前2頭のうち、外側の馬がズリズリと後退していきます。

 でも、もう一頭が必死に粘るのです。私もジワジワと差を詰めていきますけど、ただ、いまだにゴールが良く判らないのです。だから必死に走りますよ。どこまで頑張れば良いのでしょう? 今回もゴールテープは無いのです。


 私の外側を並びかけて走っていたお馬さんは、グイっと外へと向かいましたね。前の2頭が思いっきり壁になってて、内側に行こうにも私がいましたから。 


 ジワジワと私は加速して、前を走っていたお馬さんをついに追い抜いたと思ったら、尚も首をトントンされます。


 え? まだ加速しろですよね? 首トントンの反対側の手では首の上げ下げを手伝ってくれていますが、改めて周りを横目で見ると内側と外側に行ったお馬さんが追い上げて来るのが判りました。


 うわ~~~ん! 前の馬ばっかり気にしてたよ~~!


 さらに後ろ足に力を入れて加速しますが、それこそジワジワと差が詰まってきている気がします。


 ただ、思う様に加速が出来ません。すでに限界加速ですよ!


 お肉は嫌~~~~! 馬肉は嫌~~~~! 絶対嫌~~~!


 まさに火事場の何とやらです。前なんか全然気にせず只管に左右の馬を見て、必死に脚を動かします。


 せっかくの美しい美馬女顔がすごい形相になっているかもしれませんが、今は気にしません。


 うわ~~ん、追い抜かされる~~~、ぎゃ~~~~~、心の中で絶叫をあげながら、それでも前に進みます。すると、またもや突然に鈴村さんが手綱を扱くのを止めて、綱を引きました。


「やったよ! ベレディー、偉い! 勝ったよ! 2連勝だよ!」


「ブヒヒン?」(え? 終わったの?)


 状況が掴めず、それでも手綱を引かれたので速度を落として停止します。


 心臓がバクバクしているのが判ります。


「勝ったんだよ! ベレディーありがとう!」


 首をトントンされて、ここで漸く状況が理解できてきました。


 思わずキョロキョロして周りの様子を確認すると、観客席から声援が聞こえて来ました。


 なんか罵声みたいなのも聞こえますが、気のせいでしょう。


 あまりにも両サイドから迫ってくるお馬さんに圧倒されて、レースが終わったと言われてもどこかポカンとした感じでふわふわしてます。


「よう! おめでとう! オープン勝ちなんて久々だろ」


「煩い! でもありがとう!」


 何か隣にお馬さんが来たなと思ったら、騎手の人が鈴村さんに声を掛けています。お友達かな?


「ブヒヒン」(あ、こんにちわ)


 私もお隣に来たお馬さんに声を掛けたんですが、まだレース後で気が立ってらっしゃるようで頭をブンブンされてます。あら、このお馬さんはさっきズルズル下がっていった方ですね。


 私はその後検量をされて、またもや表彰式です。


 検量していると、お隣の枠に入ったお馬さんが睨んできます。お馬さんだって負けたのは判るみたいですね。


「キュイイーン」(桜花ちゃんだ~)


「トッコ、やったね! おめでとう! デビューして2連勝何て凄いよ!」


 桜花ちゃんが大喜びで首に抱き着いてきます。


 私もヒンヒンと鳴いて桜花ちゃんと喜びを分かち合います。


 その後も、牧場のおじさんや、調教師のおじさんも満面の笑顔で私の首や頭を撫でてくれました。


 でも、それよりも桜花ちゃんがくれた氷砂糖が一番うれしかったですけどね!


「お父さん、これでサクラハキレイの当歳馬も値段上がるよね? こないだのセール出さなくて良かったね!」


 ん? 手綱を引かれて馬運車に向かっていると、何か桜花ちゃんと牧場のおじさんとの会話が聞こえてきました。ただ、私の事じゃないみたいなのでまあ関係ありませんよね。

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