気が付いたら競走馬に生まれ変わっていました。でも、競馬の知識は0なんです!

南辺万里

1章:トッコさん誕生

第1話 あれ? 私ってお馬さんになってる?

「はぁ、不味いなぁ、お父さん達は黙っているけど、相当ヤバいよね。私、無事に高校へ進めるのかなぁ」


 溜息を吐きながら桜花は牧場の柵に肘と顎を乗せて、ぼ~っと放牧地を眺めていた。


 桜花は繁殖用の肌馬が7頭の小さな牧場、北川牧場の一人娘。数年前にはGⅢを勝利した馬も生産した事のある、小規模牧場の跡取り娘であった。本人が望む望まないはともかくとして。


「今年は7頭みんな無事に生まれて来たから、すぐにどうこうは無いと思うけど、やっぱり去年が痛かったなぁ」


 昨年、は7頭のうち2頭が不受胎、1頭が死産と散々な年となった。


 種付けでは、その馬ごとに不受胎で費用が掛かるものと掛からないものがある。

 ただ、それなりの馬は不受胎でも費用は帰ってこないが、不幸中の幸いか北川牧場では其処迄良い血統の馬を種付けできる財力はなかった。


 しかし、不受胎という事は翌年の産駒がいない事となり、翌年の収入源である産駒が生まれない事を意味していた。


 そして仔馬が無事に生まれたとしても、その仔馬が無事に売れなければ破産街道まっしぐらの博打のようなというか、博打そのままの職業が小規模牧場である。


「サクラハキレイがそろそろ繁殖から引退になるし、他2頭も厳しいからなあ。出来ればどの馬も功労馬として余生を送らせてあげたいんだけどな」


 私の視線の先には18歳の繁殖牝馬、サクラハキレイがいる。なんとGⅢとはいえ、重賞勝ちの馬を2頭も送り出してくれた、我が牧場の大黒柱と言っても良い馬だ。


「サクラハキレイがいなければ、とっくにうちは潰れていたんじゃないかな?」


 サクラハキレイを見るたびに、そんな事を思う桜花である。


 その桜花の視線の先では、サクラハキレイの今年の産駒が母馬の傍らでのんびり牧草を食べている。のんびりしてるなあと桜花が思っていると、その仔馬が突然頭を上げて嘶く。


「ブヒヒ~~~~ン!」


 どちらかと言うと大人しい子馬が突然大きな声で嘶いた為、桜花もサクラハキレイもビックリした様子で仔馬を見つめる事となった。


「ん? どうしたのかな? トッコ、トッコ何かあった?」


 その幼駒は今年のサクラハキレイの産駒で、父はGⅡ1勝、GⅢを2勝、ただ残念ながらGⅠは2着が最高成績ではあったカミカゼムテキ。

 血統がサンデー系で有る事に期待して選んだ種牡馬で、幸いサクラハキレイと相性が良かったのか元気な仔馬を産んでくれている。

 しかも、このトッコの全姉は2頭ともGⅢを勝利してくれた。その為、今年生まれた産駒も牝馬であり、高値が付くことを家族全員に期待されている。


 ただ、生まれた頃から何処か走り方がぎこちなく、トッコトッコと走る事から普段北川牧場では付けない渾名、トッコと呼ばれていた。


 もっとも、期待しているというか、この子馬が高値で売れなければ真面目にヤバい、夜逃げを考えないとという所まできていても可笑しくない。


 桜花はそう思っていて、特にトッコのその不器用な走りに強く不安を持っていたりする。


「ブルルルル」


 桜花が見つめる先では、サクラキレイが仔馬と自分の周りを見回して、心配して仔馬の様子を見つめていた。そんなサクラハキレイの顔が真横に合って、まるで吃驚したかのように仔馬は硬直する。

 そして、また小さく嘶く様子を見る限りでは、何処か体調が悪い訳ではなさそうだ。


 それでも一応はと、桜花は父親を呼びに厩舎の方へ走って行くのだった。


◆◆◆◆


 モリモリと牧草を食べている時に、私はふと思ったのです。


「ブヒヒ~~~~ン!」(我思う故に我あり)


 うん、なぜ唐突にこんな事をと思ったのでしょうか。

 それはともかく、私って何で馬になっているの? 突然そんな疑問に襲われたのです。


 つい数分前までは、今の生活に疑問の欠片も思い浮かびませんでした。


 ただ、お母さんから授乳して貰って、最近は飼葉を食べれるようになって、牧場内をテッテケと走り回って、それだけで幸せだったのです。


「ブルルルル」(馬ですか、そうですか)


 恐らくはサラブレッドという競走馬の仔馬なのでしょう。


 周りを見て確認しようとしたら、真横に母馬の顔がドアップであってビックリしました。


 改めて思うのですが、馬の顔って大きいですね! というか馬ってこんなに大きいなんて今の今まで知りませんでした。


 あと、私は競馬は良く判りません。競馬新聞持っている女子高生って何かねぇですよね?


 だから競走馬の名前なんて全然知りません。そんな私でもサラブレッドが如何に過酷な運命を背負っているのかくらいは知っています。


 9割は殺処分なんですよね? 前にネットでそう言った小説を読みましたよ。


「ブヒヒ~~~ン」(死にたくないよ~)


 恐らく前世の記憶という物だと思うのですが、普通の女子高生だったような気がします。


 何となく? くらいに薄っすらとした記憶しか蘇って来ないのですが。自分が何で死んだのか、そもそも前世の自分の名前は何だったのか、そんな事すら思い出せません。


 ただそれで動揺するかと言うと、まったくこれっぽっちもそんな感情は湧いてこないですね。きっとそうなんだろうなで終わっちゃいます。


 勿論、馬肉は嫌ですけどね!


 でも、きっと転生チートとかあるから大丈夫ですよね?


 ほら、人間の根性とか、言葉が理解出来てすっごい大活躍とか。今の所、自分にそんな凄い力が眠っているような感覚は無いのですが、その僅かな希望に縋る事にしました。


 ありますよね転生チート? 無ければ流石に泣きますよ?


「うん、この子馬か」


 ん? 何か声がしたよ? 耳を立ててくるくるします。思いの外、遠くの音まで聞こえる優秀なお耳なので声の聞こえた先を見ると、そこにおじさんと女の子がこっちを見ているのに気が付きました。


「ブルルル?」(誰だろう?)


「キュイーン」


 隣の母馬が其方を見て嘶きますが、声の感じからして知っている人かな? 言われてみれば、おじさんの方は見覚えがあるような気がします。


「とくに大丈夫そうだな。トッコの様子が変だと聞いて吃驚したぞ」


「うん、平気そうだね。たださっきは本当に変な感じだったんだよ。突然嘶くし、サクラハキレイを見てビックリしてる感じだったし」


「ふむ、何か虫とかに驚いたか? そうなると歩行が心配だが、少し歩かせてみるか。母馬が動けばついて行くだろう。キレイ、キレイ~こっちこ~い」


 何か呼んでいるみたいだけれど、何となく私ではなく母馬を呼んでいる感じです。


 ただ、母馬はそちらをチラ見して、私を見てを繰り返しているだけで、動く気は無さそう?


「ブルルルン?」(呼んでるよ?)


「ブルッ!」


 仕方が無いわね、何かそんな感じで駆け足で走って行く母馬。ただ、少し進んでは立ち止まり、進んでは立ち止まりと私を見るので、私はトコトコと母馬を追いかける事にした。


トコトコトコ


タッタカタッタカ


トコトコトコ


 別に母馬に追い付かないといけない訳では無いので、私はのんびりと付いて行きます。ただ、何故かおじさん達は、私の方を凝視していますね。


 何なのでしょうか?


「何か変な走り方をするね、この子は」


「そうだな、馬らしからぬというか、不器用というか、今だけだとは思うが。ちょっと気にしておこう」


「ブルルルルン」(ん? 私の走り方変なの?)


 幸いにして、前世の記憶を取り戻したおかげで何を話しているのかが判ります。


 ただ、その会話は非常に不穏な内容です。私の今後に大きく影響してくるのです。


 走れない馬・・・売れ残り・・・お肉。


 不味いですよ。いえ、私のお肉がという訳では無く、私を取り巻く状況がです。


 さ、幸いにして今は同い年の子馬がタッタカタッタカ走っているのです。彼らを参考にして少しでも早く走れるように自己鍛錬しないとです!


 おじさん達が立ち去ったあと、私は牧場を駆けている馬たちの様子を観察します。


 トットコトットコ?


 何となくスキップみたいな感じなのかな? という事でお母さんを追いかけるのを止めて、スキップみたいにして走って見ました。


 違和感がすっごいですね。何と言いますか、これじゃない感が凄いです。


 体が思うように動かないと言いますか、関節が違う? まあ馬ですから当たり前でしょうか?


「ミュヒーーン」(お母さん、走り方を教えて?)


 私を心配して追いかけて来たお母さんに走り方を尋ねますが、首を傾げられちゃいました。


 何となくこの子何を言ってるの? って感じかな?


 馬という物は生まれながらにして走り方を知っているの? あれ? 昨日まではどうしていたっけ?


 色々と走り方を試していると、どうやら戻って来た女の子に見られていたようです。


「何か変な走り方してるけど、大丈夫かな? 遊んでいるだけ?」


 又もや心配させてしまったようです。


 普段から馬を見ている人達には、きっとすっごく変な馬に見えちゃうのかもしれません。

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